VS 魔眼の魔女セレスティア①
セレスは本気だ。
というか、そもそも引き下がる理由がない。
王国直轄の村から正式に依頼され、仕事を果たしにきたのに、村娘のペットのスライムが一匹反対している。理由も不明。この、恐らく中世レベルの文明社会において、むしろすぐ殺さないのは温情だろう。
だから、本気で楯突けば殺される危険もある。俺が殺されればメイが悲しむ。セレスを、そして社会を恨むかもしれない。だから俺も殺されるわけにはいかない。
だが、ゴブリンがいなければあの時、メイも俺も無事では済まなかった。そしてゴブリンは俺も、メイも殺さなかった。
だから死ぬつもりはないが、デカい貸しがあるんでな。せめて時間稼ぎくらいはさせてもらうぞやれやれ。
俺はゴブリンの巣穴を背に、セレスの前に躍り出た。
「しゃおらーっ! こいおらぁー!」
「……なるほど。どうやらお互いに譲る気はないようだね。と、いっても良いのかい? はっきり言って勝負になるとは思えないんだけど……」
「ぷに太郎! セレス! どっちもやめて!」
さて、焦って勢いで飛び出たは良いものの、軽率だったな。秒で殺される前に、逃げるぞ、やれやれ。
俺はクルリとセレスに背を向け、巣穴の方に一目散にダッシュした。セレスが呆然としてる間に避難誘導するぞ!
⭐︎
「逃げた……まったく、何がしたかったんだい彼は……」
ぎゅむっ
ぷに太郎を追いかけがてら、巣穴に向かうセレス。その背中をメイが後ろから引き止めようと、必死で捕まえていた。
「ぷに太郎行って! あなたのやりたい事をやるのよ!」
「……やれやれ。まったく君たちの絆には本当に胸が熱くなるよ。僕も、個人的にはこんな依頼ほっぽり出して、三人でティータイムといきたいんだけど」
セレスが片手の指先を軽く持ち上げる。するとメイの足元から旋風が渦巻き、セレスの腰辺りまで少女の小さな身体が宙に舞った。
「きゃっ、なに! くっそー! 降ろしなさいよ!」
「ふふ、可愛い抵抗だったね。ちゃんと捕まってるんだよ、落っこちないようにね」
メイを風で浮かせたまま、セレスはゆっくりと、しかし確実に歩みを進める。この勇敢な少女が心の底から信頼する、あの優秀なスライムは、一体これからどんなドラマを見せてくれるのか。
自分の仕事は遂行する。だが、それはそれとして、この小さな勇者達の活躍も見てみたい。そんな相反する気持ちを抑えつけるかのように、セレスは自分の口元に手を当てた。
⭐︎
思った通りだ。
セレスはすぐには追ってこない。そりゃそうだ。その気になればいつでも追いつけるし、そこからでも魔法で殺せるんだから。
でも、セレスは俺は殺さない。少なくともメイの前ではやらないはずだ。
取り敢えずあいつがいないか、巣穴を確かめないと。
「おーいゴブリン! いるか?! 俺だ、あの時のスライムだ!」
巣穴に向かいながら、あらん限りの声を張り上げてゴブリンを呼ぶ。何度も何度も。
返事はない。
良かった、どうやら外出中らしい。
後はあいつが戻ってくる前に巣穴から適当な遺留品を回収してセレスに渡し、セレス接敵する前に、ゴブリンを見つけて事情を話す。後は適当に逃げるか隠れるかしてもらえれば、俺の勝ちだ。
セレスには悪いが、60点の仕事でも定時までに終わらせるやつが優秀な社会人ってやつだ。人生の先輩として、今回は君に勉強してもらうぞ。やれやれ。
だが猶予はない。巣穴の入り口まで来て振り返ると、メイがセレスを引き止めようとしているのが見えた。最高だぜ、相棒。
「やれやれ。留守のところ悪いが邪魔するぞ」
「ウルサイ、ヤツダ」
「ぎゃあーーっ!」
居るじゃねえか! 居るなら返事くらいしろよ!
思ったよりずっと浅い洞穴だった。ゴブリンはその奥で座り込んで、何かの肉を食べていた。洋ゲーではゴブリンは群れで住んでいて巣に宝を溜め込むとかが定番のはずだが、こいつは独りで、巣穴の中にも宝はなかった。
「居るなら返事しろ、心臓止まるかと思ったぞ!」
「ナンノ、ヨウダ」
「ああ、そうだ、悪いが時間がないんだ。落ち着いてよく聞けよ、今すぐここから離れろ。すぐにここにお前を討伐しに魔術師が来るんだ。バケモノみたいに強いやつ。俺はお前を逃しに来たんだ。大丈夫、今すぐ動けばまだ何とかなる。俺が時間を稼ぐ。その隙にお前は……って、メシ食ってんじゃねぇよ! 人の話聞いてんのか!」
「カエレ」
「なあ、おい。頼むよ。マジなんだ。分かるだろ? お前に死んで欲しくないんだ、だから頼むよ! 俺のいう事を聞いて、今すぐ逃げてくれって!」
そう言った瞬間、俺目掛けて石が飛んできた。当然ぶつかっても、痛みはない。
そうだ、こいつは投擲が得意だったな。いや、今はそんな事どうでもいい。
「おい、お前聞いてんーー」
「カッテナ、ヤツダ」
ゴブリンは口からぶっと骨を吐き出し、それから静かに立ち上がった。
右手はダラんと垂れたまま、ペタペタと濡れた薬草らしき葉が貼り付けてある。
太い木の枝に尖った石を巻き付けただけの手斧を手に取った。
「オレタチガ、ナニヲシタ」
「ナゼ、ニゲル」
そうだった。こいつはそういう奴だって、何となく分かってただろ。
その瞬間、腹は決まった。
仕方ない。
どのみち、こうなる予感はしていた。
セレスには悪いが今回は0点で帰ってもらおうか。




