前途多難な初仕事だぞ、やれやれ。
「銀貨二枚!?」
メイは目を丸くした。俺が見た中でも、今までで一番の食いつきだった。
「おや、不服かい? 一応言っておくけど、僕が居る限り危険は無いよ。だから適正報酬だと思うんだが。それじゃあ、うん。成果次第で五枚まで出そう。それで引き受けてくれないかな」
「ご、五枚?!」
あまりの条件に、思わずメイがふらついた。
もうこの辺にしてくれ。うちの子はこう見えて繊細なんだ。
「って、違う! 多すぎるって意味よ! まさかあなた、そんな上手い話でメイを騙してるんじゃないでしょうね?」
メイは俺を拾いあげ、疑わしそうにセレスを睨む。俺はちらりと寝床を見た。あの藁の中に隠されている貯金箱の中身を、俺は知っている。メイが一生懸命に貯めた銅貨を全部合わせても、鎌一本すら満足に買えない金額だ。
それを思えば、銀貨二枚というのはそれだけの大金らしい。
セレスは少し考えて、少し部屋を見まわし、それからまたメイを見た。
「そう……確かにここの暮らしでは銀貨は大金かも知れないね。ただ、それとこれとは別の話だよ。今回の件は、どう見てもそのスライムが深く関わっている。そしてスライムを頼るには、現状、君の助けがいる」
そこで一度言葉を切り、セレスは俺とメイを交互に見た。
「おや……? そう考えると、銀貨二枚は少し安すぎるかもしれないね。まあ細かい額は後で考えるとして……。どうせ国民の血税だ。もとは君たちの金なんだから気兼ねなく受け取ってくれたまえ」
「けつぜい?」
メイが首を傾げる。
やれやれ、とんでもないやつが来たもんだ。
だが、メイにとってはチャンスでもある。
今の話ぶりだとこいつは王国かどっかの役人で、そこそこ裁量権もあるらしい。報酬も有り難いが、ここで役に立って有力者とパイプを作っておくのは悪くない。
村の人間に同情で施しを受けるのとは全くの別物だ。メイが自分で誰かのために役に立って、その対価を得るのだ。この経験はデカい。
「銀貨、銀貨かぁ……」
メイは難しい顔で唸ってから、俺を持ち上げた。
「どう思う、ぷに太郎?」
いいんじゃないか。やりたいって、お前の顔に書いてあるからな。
「分かった、やる。いつまでもビクビクしたくないもの。ちゃんと役に立って、私とぷに太郎がやられた分をきっちりやり返してやるわ!」
メイは意気込んだ。まだ怖さもあるだろうが、恐怖よりも報酬が上回ったようだ。良い傾向だと思う。
「結構。早速今日から始めるとしよう」
セレスは満足そうに頷いた。
「ところで君たち、甘いものは好きかい? とりあえずおやつでも食べようか」
やれやれ。自由なやつだ。
*
セレスが契約書を準備している最中、メイは焼き菓子を夢中で頬張っていた。
「うーん、美味しー! こんな美味しいもの、メイ初めて食べたよ!!」
「本当は僕が食べるつもりで持ってきたんだが……。そんな目で見られたらしょうがないね、紅茶も飲むかい? 菓子によく合うよ」
セレスは荷物から金属製の水筒を取り出すと、カップを取って紅茶を注いだ。俺はこの村しか知らないので分からなかったが、思ったよりも文明は進んでいるのかも知れない。
メイの顔がさらに輝く。普段野草と硬いパンが主食のメイからしたら、食べたことのないご馳走だろう。また汁が出そうだぞ。
「スライム君も食べるかい?」
セレスはテーブルの焼き菓子を一つ取って俺に勧める。俺はその焼き菓子を受け取ると、そのままメイの前に置いた。悪いが、俺のものはメイのもの。メイのものもメイのものだぞ。どれ、もう一つ貰おうか。
「凄いなぁ……本当に君は彼女の事が好きなんだね。ふっ、ふひ」
俺がメイに渡す度、なぜかセレスも嬉しそうだ。だが、さっきまでの優しい眼差しはどこに行った。
そして彼女も食べながら、鞄から何枚かの紙を取り出した。ごわついた質の悪い紙に、見たことのない文字が書かれている。
「これが現地協力員の契約書だ。調査期間は三日。必要に応じて延長雇用って感じだね。危ない仕事はさせないつもりだけど、万一怪我したら治療費は上乗せするよ。時間は基本は終日だけど、夕方には切り上げたいね」
思ったよりちゃんとしている。利用するだけして、子供だからと報酬をうやむやにされる可能性も考えたが、一応契約まで交わすらしい。
むしろ、俺が前世で働いてた会社よりまともなんじゃないか。中世ナーロッパより倫理観終わってるとか、本当に終わってるな。やれやれ。
メイは菓子を食べる手を止め、机に置かれた紙をじっと見つめた。
「私、字が読めないわ」
「あー……そうか。なら一応、後で村長さんに確認して、ここに名前を書いてもらうと良いよ。内容は今読み上げたから分かるよね?」
「うん」
「後、血判といって、ここに血で判を押すんだ。針はあるけど、出来るかい? 怖かったら無理にしなくていいが」
ポーチから刺繍用の針を取り出すとメイに見せる。
「それくらい訳ないわ。借りるよ」
メイは差し出された細い針を受け取り、慎重に指先を刺した。
「……っ」
指先を押し出すと赤い血が膨らんだ。メイはそれを紙に押し付けて、赤い指の跡を残した。
「はい、これで良いでしょ。残りはぷに太郎にあげるね♡」
俺は身体を近づけて指先を包み込む。残った血を少し吸ってから、そのまま小さな傷口を塞いだ。
それを見てセレスが身を乗り出した。嫌な予感がする。
「へぇ……スライムの習性としては知っているが、こうして近くで見ると面白いね。メイ、私もやってみて良いかい?」
セレスはメイの返答を待たずに上着のポケットから小さなナイフを取り出した。そして、それを使って迷いなく人差し指を切る。
「ひっ!」
メイが小さく悲鳴を上げた。無理もない。
「ふふふ。ほら、吸ってくれ」
少し切っただけかと思いきや、勢いよく切った指から血が垂れるほど出てきた。
「ああ……スライムに指をおしゃぶりされるなんて、なんだか背徳的だね。興奮して切りすぎてしまったよ」
怖い。この身体じゃなければ鳥肌が間違いなく立っている。
「あれ、どうしたんだい? 早く吸ってくれないと、血が止まらないんだが」
戦慄して固まっていると、気を取り直したメイがそっと背中を押す。
「ぷに太郎。銀貨のためよ。我慢して」
くっ。雇用主には逆らえない。前世からの悲しい習性か。
仕方なくセレスの指先へ身体を伸ばす。
「おお、来たきた」
セレスの口元が見る見るうちに緩んでいく。
「ふふ……美味しいかい?」
やめろ。
「メイちゃんの前で君は今、他の女性の血を吸っているんだよ。それについてどう思うのかな? まあ、スライムにこの冒涜性は分からないと思うけどね。ふひっ、いやあ楽しいねぇ…… 来てよかったよ」
その楽しさは分からないが、取引先が喜んでくれてなによりだ。
メイは焼き菓子を齧りながら、しばらくセレスを眺めていた。
「よく分かんないけど、セレスってキモいわね。よく言われない?」
やれやれ。




