大事な友達、らしい。
村長の家を訪ねてから一週間が経つ頃には、村のほぼ全員が俺を認知していた。
「おはようぷに太郎」
「あっ、ぷに太郎だ!」
田舎は話が広まるのが早いとは聞いていたが、数十人程度の集落はその比ではないのだろう。
俺は出来る限り愛想を振り撒いて、可愛いスライムを演じた。俺が好かれれば好かれるほど、飼い主であるメイも好意的に見られる事が分かっていたからだ。
他の住民の暮らしぶりが段々と分かってくると、メイの立場がその中でもかなり特殊である事がよく分かった。
みんな直接は言わなくとも、十歳やそこいらの少女が、親もおらず貧しい村で一人暮らししているという状況に心を痛めている。
だから、俺という口実を使って、メイの様子を見に来たり、食べ物を差し入れしたりする人もちらほらいた。
実際、これはかなり助かった。メイの食生活改善の第一歩として、俺が俺自身を利用する。
きっかけは村長だったが、ここまでは俺の計算通りだった。
ただ、一つだけ見落としていた誤算があった。
「ぷに太郎、水汲みに行ってくるからちゃんとお留守番しててね」
更に一週間が経った頃。ある日から、メイは俺を連れて外出しなくなった。
理由は分かっている。メイ自身が俺が見せ物になる事も、自分が同情的に見られたり、施しを受ける事も望んでいないのだ。
最初の数日は誇らしげに芸を披露したり、俺がどんなに優秀なのか、また自分がどれほど俺に好かれているかなど、話の中心で楽しそうにしていた。
ただそれもほんの数日。引っ切りなしに人が訪ねてきたり、散歩の途中で俺を他人に抱かせたり、そういう小さな事が重なって、少し疲れてしまったのだろう。
もちろん、ぷに太郎フィーバーはそう長くは続かない。既に住人もそれなりに飽きてきてはいるが、メイの中ではそれが継続するかどうかより、自分が多少なり同情的に見られていたと気付いた事が辛かったようだ。
俺の考え方が間違っていた。もっと、メイの気持ちを考えるべきだった。
やれやれ。
そういうわけで俺は今一人、ご主人の水汲みが終わるのを待っている。
振り返れば振り返るほど、バカな事をしたものだ。
調子に乗っていた。あの一件からいつの間にか、メイには俺がいないとダメだと思っていた。俺と出会うずっと前から、あいつは一人で立派にやっていたというのに。
バカバカバカバカ、俺は馬鹿だ。
せめてもの償いに掃除でもするか。台所のカビを取って、包丁や鎌を研ぐ。ベッドのノミを食べて、身体でシーツも洗う。
そうすれば健気なペットに心を打たれたご主人様が、「ぷに太郎、ごめんね!」と言って、笑いながら許してくれるかもしれん。
我ながら最低だな。
そもそも、そういう話じゃないだろ。まったく何を言ってるんだ、俺は。
もっと根本的な話だ。メイは今でもちゃんとしてる。頭も良い。性格……はともかく、器量も良いし、生きていく要領だって心得ている。ただ五年先、十年先、スライムの寿命だって分からない以上、もっと自分の人生を選べる生き方をして、幸せになって欲しい。
そしたら俺も晴れて自由の身だ。それだけの話だ。
「ぷに太郎、ただいま」
メイが戻ってきた。手には、今日の体を拭くための小さな桶。前世なら手を洗うにも心許ない量の水。
ただ一言、俺に「体を洗って」と言ってくれれば済む話なのに。流石にもう分かっているだろう。そんなボロ布と水で拭くより、ずっと綺麗にするぞ、やれやれ。
何で言ってくれないんだ。もっと賢く生きてくれ。便利そうだから連れて帰ったんだろ。なら、ちゃんと使えよ。やれやれ。
「ど、どうしたの!? ぷに太郎!?」
あれ?
気が付けば、俺の体が溶けていた。いや、違う。なんか汗みたいな液体が身体から染み出している。気持ち悪い。
メイが俺に駆け寄って、屈む。その拍子に膝が擦りむけた。それでも気にせず、俺を抱きしめてくれた。
「ぷに太郎、ごめんね……!!」
違うだろ。そこは、いつもみたいに「きもーい」だろ。何で泣くんだよ。解釈違いだぞ、やれやれ。
嘘だ。俺の方こそごめん。
傷付けて、ごめん。謝らせて、ごめん。
どうしたらもっとお前の役に立てるんだ。
何でも言って良いんだぞ。ただ俺が、お前の役に立ちたいんだから。
もっと我儘を言って、俺を困らせてくれよ。
やれやれ……
気付けば無意識に膝の傷に触れていた。
表面の汚れを洗って、傷口を消毒し、粘液で保護する。理屈は分からないが、この程度なら数分で治せる。
「ぷに太郎……」
――レベルアップしました。
ほらな。メイに触れているだけでレベルが上がるんだ。多分この力は全部、お前の役に立ちたくて生まれた力なんだ。使わないのは勿体ないぞ。やれやれ。
「ぷに太郎、もしかして私の身体、洗いたいの?」
ゆっくりと身体を上下に揺らした。メイはゆっくりと俺を撫でた。
「本当、しょうがない子ね……。頼んでないのにこうやって怪我も治しちゃうし、お掃除もするし、私の髪だって整えちゃうんだから。そんなに私のこと好きなの? バカだなぁ……」
メイは俺を抱えて立ち上がると、そのまま寝床まで運び、仰向けになった。
「じゃあ、特別に洗わせてあげる。でも、やりたくなかったらしなくて良いのよ? ぷに太郎は私の道具じゃなくて……大事な友達なんだから」
ゆっくりとメイの胸の上に乗る。服越しに心臓の音が伝わってくる。いつもより鼓動が速い。身体も強張って、少しだけ緊張してるようだった。
「ドキドキしてるの、分かる? 変だよね、別に怖いわけじゃないのに。……ううん、嘘。ちょっとだけ、怖い。だから優しくしてね、ぷに太郎」
それはそうだ。スライムじゃなくても自分の身体を他人に委ねるのは怖いに決まっている。俺は安心させるため、メイの頬にくっ付いた。メイは少し笑うと、手を触れた。もう、怖がってはいないようだった。
「ふふ、心配性ね。いっつも勝手に世話を焼くくせに、こういう時だけ本当ざぁこ、なんだから。でももう大丈夫。ほら来て、ぷに太郎」
俺は洗った。今まで出来なかった分も含めて、気持ちを伝えるように。そしてメイもまた、俺の気持ちを確かめるように。
その日の彼女の寝顔は、とても幸せそうだった。




