第一章エピローグだぞ。やれやれ。
ゴブリンの姿が完全に見えなくなってから、俺はメイの元へ戻った。
まだ目を覚まさない。顔以外に外傷はない。しかし体は濡れて、呼吸も浅い。
どうする。ここで治療して起きるのを待つか? いやダメだ。男の血の跡が地面に残っている。雨が降っているとはいえ、メイなら気づきかねない。移動させるしかない。
雨から守って、怪我を見ながら、森の外まで運ぶ。やれやれ大変だな。だが、辛くはない。これが最後だ。
俺は体の一部を薄く伸ばしてメイの体に纏わり付かせる。一つは雨から保護して体温を奪わせないため。もう一つは滑りをよくして摩擦を減らすため。
「うにににに!」
そうして彼女を覆うと、持てる全ての力で引っ張る。体が重い。だが動く。ゆっくりとで良い。怪我人だ。脳が揺れているかもしれない。
頭を動かさないよう、そこだけはがっちり固定して、少し頭を高くして鼻の中に詰まっている血を掻き出す。雨と湿気のおかげか完全には固まっておらず、辛うじて呼吸が出来ていた。
もし間に合っていなかったら。雨が降っていなかったら。あのままゴブリンを殺していたら。振り返るとゾッとする。生き残ったのは運が良かった。それだけだ。
メイを傷つけないように注意を払いながら、少しずつ出口に進む。身体が少しずつ千切れるが、幸いにも雨の水分が千切れたところを補ってくれる。ただ自分の中の魔力、とでもいうのだろうか。魔物なのでそう呼ぶことにしよう。それだけはどうにもならない。少しずつだが千切れた身体と一緒に、霧散していくのを感じる。
死ねない。メイを森の外に届けるまではまだ死ねない。俺は今日散々見てきた。そのせいでなかなか大変な目にあったが、生き物はいざとなれば、しぶといのだ。
ズルズルと進む。初めて目覚めた時の洞窟に着いた。やれやれ、あの時は夢だと思ったぞ。思わぬ寄り道になったが、まあ第二の人生としては悪くなかった。
さらに進むと、メイと初めて会った場所に来た。ここでこいつと出会わなければ何も始まらなかった。やはり森は危険だった。出来ればもう入らないで欲しいが。やはり、ここではまだ死ねないな。やれやれ。
そしてようやく出口が見えた。すでに辺りは暗くなり、星も見えていた。綺麗な空だった。良かった。メイと見れなかったのが残念だ。
だが、やり切った。ちゃんと帰ってきたぞ。人間やればなんとかなるもんだな。自分を褒めてやりたいぞ。本当に良くやったな、やれやれ。
ふぅ……
ここまで来ればもう大丈夫だ。治癒もほぼ終わったし、思い残す事はない。やれやれ。
メイの顔を見る。
穏やかな寝顔だった。
思い返せば楽しいことばかりだった。踏まれたり投げつけられたりもしたが、誰かと寝たり、食事を一緒に食べたのはいつ以来だろうか。最初に出会えたのがこいつで良かった。
……そろそろか。もう形を保つのも難しい。
残った身体を寄せ集めて何とかまだ生きている状態だった。本当はメイが目を覚ますまで側に居たかったんだが、こればかりは仕方ない。まあ十分幸運だった。
短い間だったが楽しかったぞ、やれやれ。
本当はもっと一緒にいたいぞ、やれやれ。
泣くなよ。元気でな。
あぁ……意識が沈む。
次はやっぱり、人間がいいな。
*
ふわふわと意識が浮いていた。
なんかあったかくて気持ち良いぞ。
ふにふに触られて、ペロペロされている感じだ。くすぐったいぞ。
やれやれ、天国というのは不思議なところだな。
「んっ……チュッ……れろっ……ぷはっ、あむっ…」
…………
…………何だこれは。
「んんっ、ぷに太郎っ……あーっ、れろれろっ……あっ」
取り敢えずもう少し寝ておくか。やれやれ。
「ちょっと! 今起きたよね! 何でまた寝るの?!」
メイは俺を掴んでユッサユッサと身体を揺らす。やれやれ。聞きたいのはこっちだぞ。俺の身体で何をしてるんだ、このマセガキが。
優しさだぞやれやれ。だがバレたので仕方なく少し身体を揺らす。その瞬間、メイが勢いよく俺を抱きしめてきた。
「ぷに太郎、良かったぁ! 起きたあ!!!」
そう言われて初めて、メイを見る。メイの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「ぷに太郎……おかえり。あーんっ♡」
そしてなぜか口を当てて、俺の体に顔を埋める。メイの舌ベロが俺の身体を這うように撫ぜた。さっきのペロペロした感じはこれか。
しかし、その瞬間にすごい勢いで魔力が戻ってくるのを感じる。
ーーレベルアップしました。
そうか。よかったな。
「えへへ♡ ぷに太郎、またちょっと元気になったね♡ 分かるよ、ぷに太郎が元気になると、この辺がビクンビクンって脈打ってるの」
メイが俺の身体を触りながら教えてくれた。ほう。それは知らなかった。どうやら俺に自分の体液を与えて、助けてくれたらしい。
しかも、自分の口の中まで切って。血の味だろ。これ。
「……目が覚めたらぷに太郎が死にかけてて、本当にビックリしたんだから。でもえっちスライムだから……へへ♡ こうしてメイの唾とかあげたら、元気になるんじゃないかと思っ………っむーっ! んんっ………おっ、おぶ! ぷはあっ! ちょ、なななっ、何するのよおっ!!」
口の中に触手を突っ込んで、傷を治しただけだぞやれやれ。こんなに深く噛んで痕が残ったらどうするつもりだ。やれやれ。
「……ぷに太郎はやっぱり優しいね。きっとあれからずっと、私の事を守ってくれていたんだよね。ザコで、エッチなくせに……。だから……」
俺はメイの目元を触手で拭った。その先は言わなくて良いぞ、やれやれ。心配するな。もうお前を置いて、勝手に死んだりしないから。
そのままメイの手を取った。家に帰ろう。少しだけ手を引く。
「……ばか。ぷに太郎の席はここでしょ」
そうだった。俺はピョンと跳んでメイの肩に乗る。彼女はそれを見てクスクス笑いながら俺の頭を撫でた。
「じゃあお家に帰りましょ。私の可愛いペットさん」
やれやれ。ペットになった覚えはないんだがな。




