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隠し子疑惑

恒例になっていた昼休みの授業は、私の一日の楽しみになっていた。静かな図書館でウールドリッジの落ち着いた声を聞く。それは忙しい日常を送る私には、休憩の時間だ。

 しかし、今日は違った。


 ウールドリッジとの会話を楽しんでいたら、静かな図書館で大きく扉を開く扉が響く。

 図書館を利用していた生徒たちが、一斉にそちらを向き、司書は驚いた顔をしている。

 そこには、この学園の学園長が息を切らして立っていた。


「が、学園長! ここは図書室なのですから静かに……!」

「それどころではない!」


 高い三角の帽子にローブ。見るからに魔法使いの老人がズカズカと大股で歩いて、その姿は私たちの目の前に仁王立ちする。


「ウールドリッジ! いますぐ学園長室へ!!」


 いつも優しい微笑みを浮かべている学園長が怒りの表情でそこにいる。羽織っているローブの下にあるシャツには汗が滲んで、どれだけウールドリッジを探していたのかうかがえた。


(どうしたの?)


呆気にとられる周囲を慮る余裕もない様子の学園長に驚いたのは、ウールドリッジも同じだが、すぐに何かを察したのか表情が険しくなった。


「学園長、なにかありましたか?」

「いいから! とにかく学園長室へ来い!!」

「わかりました」


 学園長の剣幕な様子にも躊躇わず彼は席を立つと、私に「悪いが、この本を返却しといてくれ」と本を渡してきた。

 しかし、それを制止した学園長は、真に迫る表情で私を見つめる。


「ヨシノさんも来てください」

「え? 私もですか?」

「そうです! 早く早く!」


 図書館を出て、急ぎ足で廊下を歩く学園長。星の刺繍が施された青いローブがたなびく後ろ姿を早歩きでついていく。その足はドンドン早くなり、足の短い私はハアハアと息を切らしてしまった。


「学園長どうしたんでしょうか?」

「さあ? もしかしたら、また実験に失敗したのかもしれん」

「まさか」


 学園長は、結構なお年をした老人だ。長いヒゲに丸メガネ。いつも温厚で微笑みを絶やさないお人だが、未だ現役なのか、よく錬金術の実験に失敗することもある。それの後片付けをウールドリッジに頼むこともあるそうだ。


(私もお手伝いってことかな?)


 大きな回廊を早足で歩いてく大人三人は生徒には異様に映ったことだろう。視線が何事かと不安と戸惑いに揺れていた。


 この学園の中庭が見渡せる一等良い学園長室にたどり着く頃には、私は息絶え絶えになっており、その横にいるウールドリッジは何でもない顔をしていた。彼も早足だったはずなのに。


「待たせたな!」


 図書館と同じように急す勢いのまま、学園長室の扉をバンと開けば、中には各教科の教師たちが勢揃いしている。

 皆、表情が険しい。

 一体、なにが起こったのか。

 私は驚きながら、揃った教師たちの輪の中へ入っていく。


「どうしたんですか、皆さん集まって」


 ウールドリッジの言葉に、返事をする者はいない。

 それが不思議で、私たちは顔を見合わせて首を傾げた。

 その時、教師たちの後ろから泣き声がする。その声を、私はよく知っていた。


「あかちゃん……?」


 泣き声に振り向いた魔法史を担当するフローラ・ジャンネッリが、慌ててバスケットを持ち上げた。

 その中には、玉のような赤子が、顔を真っ赤にして泣いている。


「生徒が校門のところで渡されたらしくて……」

(生徒に赤子を渡すなんてどういうこと?)


 状況が読み込めない私は、呆気にとられる。それは全員同じなのか、戸惑うばかりだ。唯一なにか知っている学園長は、怒りで顔を真っ赤にしていた。


「あの、状況が全く読めないのですが?」


 この中でも平然としているウールドリッジは眉根を寄せるだけだ。私も同じだが、理由も説明されずにいることが不快そうだった。


「これを見ろ!」

「あぁ、はい」


 ウールドリッジに手渡されたメッセージカード。それを私も覗き込みギョッとした。

 そこには。

 ―エドワード、あなたの子です―


(え、エドワードって、ウールドリッジ先生のファーストネーム?!?!?!?)

「はっ?!?!」


 それまで仏頂面だったウールドリッジの目が、これでもかというほど見開かれる。


「ウールドリッジ! どういうことだ!」

「いや、待ってください。私にもなにがなんだか!」


 メッセージカードの形がグシャリと歪む。それだけ混乱しているということだ。


「おまえ! 女性と関わるのは良いが、教育の場に持ち込むとは! なんてことだ!!」

(そういえば、ウールドリッジ先生ってプレイボーイだった)


 ならば、女性関係でいざこざのひとつやふたつあるだろうけど、まさか子供がいるなんて思わなかった。

 信じられないと若干の侮蔑を浮かべながら、必死で弁解する彼を見つめる。


「だから! 違います!!」

「わからんではないか! 血縁関係を知るのは魔法でも無理じゃぞ!」

(赤ちゃん?! なんでこんなところに!? いえ、それより)


 ジャンネッリの腕の中で、顔を真っ赤にさせて一際大きく泣いた赤ん坊を見ていられない。


(あぁもう! なんで誰も原因を調べようとしないの!)


 周りは赤ちゃんに困惑するばかりだ。

 大声で弁明するウールドリッジと、その彼を責める学園長。そして泣きわめく小さな子供。

 まさにカオスな状況の中、とうとう我慢できなくなった私はジャンネッタの腕から赤子を奪った。


「かしてください!」


 ジャンネッタは困惑するばかりで、私の行動に制限もかけない。

 私は、腕の中で泣く赤ん坊をジッと見つめる。


(首は座ってる。寝返りはわからないけど足がしっかりしてるから出来るかもしれない。生後4か月から半年ってところかしら? 髪の量からして女の子ね)


 突然の動きに余計に大声で泣きわめいた小さな子供。 身体の確認をして、縦抱きも出来る月齢であることを確かめた私は「よしよし」とお尻を一定の間隔で軽く叩く。

 すると、ひんやりとした温度が手の平に伝わり、ハッとした。


(オムツが冷たい。濡れて不快なのね)


 大凡の月齢と状態を把握した私は、乳児が入れられていたというバスケットの中を覗き込む。そこにはミルク瓶と数枚のオムツが入っていった。


「ですから! 私は知りません!!」

「じゃあ、この子はなんじゃ!」

(あぁ〜もう!)


 まだ言い合いしている二人に苛立った私は、思わず大声を出してしまう。


「静かにしてください! 大声で言い合うなんて、大人のすることですか!!」

「ふにゃあああ!」

「ごめんね〜。学園長! ソファ借りますよ!」


 学園長の返事も待たず、私は革張りのソファに赤ん坊を寝かせると、ロンパースを脱がす。オムツは膨れ上がり冷たくなっていた。


(お尻がかぶれちゃうじゃない!)


「あー!! あー!!」と涙を流して意思を伝える姿を早くなんとかしてあげたくて、ウールドリッジ先生たちに手を差し出した。


「おしり拭きください」

「おしり拭き?」

(おしり拭きも知らないの?!)


 周りのあわあわと慌てふためくばかりで、ようやく手渡さしてくれたのは、ロマンスグレーが似合いの初老の男性だった。


「バロン先生ありがとうございます」

「慣れていないが、息子がいたからな」

「すばらしいです!」


 おしり拭きの存在を知っているバロンは、少しでも育児に参加してきた父親なのだろう。それだけで、好感度が爆上がりだ。


「ふにゃあああぁ」

「気持ち悪かったね。もう大丈夫だよ。ほら、もう気持ちいいよ」


 仕事で培った必殺爆速オムツ替えを終えれば、赤子は「ひっくひっく」としゃくりを上げて泣き止んだ。


「よしよし、えらいね」


 形の良い頭を手で支えて、ゆっくりと揺らす。肩にかかる頬の柔らかさに、私の心まで柔らかくなっていくようだった。


(この重さと、この柔らかさ。あぁ〜可愛い〜!)


 久しぶりの感覚にふわふわとした気分になっていると、バロンが羨ましそうに見ている。この人は子供好きみたい。


「さて、子供も落ち着いたことですが……。ウールドリッジ先生」

「な、なんだ?」

「約一年前に関係を持った女性に心当たりは?」


 質問に、ウールドリッジはビクリと肩を揺らして、視線をぎこちなく彷徨わせる。


(心当たりアリなわけね)


 私のジト目に慌てて、ウールドリッジは「しかし」と反論した。


「確かにあるが……」

「避妊はしましたか?」

「ひ?!」


 彼は私の質問に、目をひん剥いて仰天しているようだ。


「女性が、そんな」

「関係ありません。したんですか? してないんですか?」

「……した。……マナーだろう」

「そうですか……。でも百%というわけでもないですね」

「避妊してもコンドームの不備があったかもしれません。劣化や傷が出来てたり。考えたくないですが、故意的に穴を開けられていた可能性もあります」


 正しいコンドームをしたセックスで妊娠する可能性は、二%程度だが、もし不備があった場合は十五%に跳ね上がる。


(つまり、この子がウールドリッジ先生の子じゃない可能性はゼロではないわね)


 よく見ると、同じ紫の瞳。どこか面影があるようにも見えてくる。

 パッチリくりくりの目に、赤ちゃん特有の子猫のような髪の毛。正直、何時間でも見ていられる。


(うぅ〜〜可愛い〜〜!!)

「本当におまえの子じゃないじゃな?」

「そう思っています」

「なるほど」


 二人はいくらかクールダウンしたのか、事実確認を一旦終えると、今度は別の問題が浮上した。


「それで、この子をどうしようかのう」

(はっ! そうよ、問題はそこよね)


 誰が面倒を見るのか。この学園にベビーシッターがいるわけないし、かと言って仕事のある教師が一日中見ているわけにもいかない。


(乳児院に預けるのが最適なのかもしれないけど……)


 腕の中にいるふにゃふにゃの赤ん坊を見ると切なくなる。

 大人の都合で、こんなにも不安になって、初対面の私にも縋り付くように小さな手で服を掴んでいる。


「ふう……。まだ捨てられた確証があるわけでもない。ここはウールドリッジが見るべきではないかのう」

「お、私ですか?!」

「当たり前じゃ! 本当におまえの子かもしれんじゃろ!」


 ぐう、と喉を鳴らすウールドリッジ。

 仕事はあっても、器用な彼なら大丈夫じゃないだろうか。そうであってほしい。


(よかったね)

「それでじゃな……」


 安心したのも束の間、学園長が長いヒゲを撫でて私を見た。


「ヨシノさん。君、小さい子を見るのが得意みたいだ」

「え? えぇ。元の世界では保育士だったので……」


 私の言葉に「ほほう」と感心した学園長は、ウールドリッジと私を交互に見たと思えば、大きく頷いた。


「ウールドリッジ、ヨシノさんと共に赤ん坊を見なさい。この子の親が迎えに来るまで、二人で育児するのじゃ」

「えぇぇ?!」


 彼と私の声が重なる。いきなり育児しろなんて心の準備も出来ていないのに任されるなんて、動揺するに決まっている。


「これは学園長命令じゃ! ヨシノさんは寮母じゃが、暫くはウールドリッジの部屋で生活しなさい」

「えぇぇ?!」


 声が更に重なる。

 周りの教師たちに助けを求めても、みんな頷くだけで助け舟を出してくれる気は微塵もないようだった。

 それに学園長命令と言われれば、ウールドリッジは従うしかない。

 彼のすがるような視線が私に注がれ、大きな溜息を吐いて頷いた。


「……わかりました。この子を育てます」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 学園長は、問題解決! と言わんばかりに笑顔が戻る。その反対に、私とウールドリッジは諦念に肩を落とした。

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