意外と良いパパ(?)かも
大騒動から一夜明け、私はウールドリッジと赤ん坊を育てることになった。
生活するのは教員宿舎にある彼の部屋で、私は少ない荷物を手に赤子と一緒にウールドリッジの部屋へ入る。
(うわぁ)
背の高い両開きのドアを開ければ、そこはメゾネットタイプの部屋だった。ソファやキッチンも置かれ、学生寮に住む私の簡素な部屋とはまるで違う。だが、気になることがひとつ。
「教員の寮ってこんなに豪華なものなんですか?」
貴族の寮生の部屋でも、こんな広く豪華ではない。
不思議に思っていると、彼は「ん?」と首を傾げて「あぁ」と納得したように呟いた。
「魔法だ。この部屋の空間を広くしている。各教員こんなものだぞ?」
「そ、そうなんですか……」
それにしてもひとりで住むには広い部屋だ。
「部屋は階段を上がったところの一室を使ってくれ」
「わかりました。子どもの物はどこに置きましょうか?」
「それなら……」
(ん?)
ダークグリーンとウッドブラウンを貴重としたリビングに、白い木製の小さなベッドが置かれている。
この部屋には不似合いなそれはベビーベッドだった。ヤスリをよくかけられた感触はずっと触っていたくなるほど滑らかで、子供がつかまり立ちした時も怪我をする心配がなさそうだ。
「これ、ウールドリッジ先生が作ったんですか?」
「まあな。苦労した」
「それはそれは……」
魔法で作ったのだろうが、その時の光景を思い浮かべて苦笑いを浮かべる。赤ちゃんを迎えるための準備に思いついたのがベッドしかなかったのだろう。
「赤ん坊の物はベッドしかない。必要な物を買いに行くぞ」
「あ、はい!」
腕の中で指をしゃぶる赤子は、昨日に比べて安定しているように見えた。クリクリとした目でこちらを不思議そうに見ている。
「おでかけだって」
「んむ?」
「楽しみだねぇ」
何がなんだか理解していない表情。
なだらかなカーブを描く頬の輪郭を撫で、私とウールドリッジは赤ん坊用品を買うために町へ出ることにした。
学園の坂を下りてトラムに乗り込みやって来た王都の中心に広がる商業エリアは、休日ということもあってか活気づいている。多くの人が外の空気を楽しみ、店も賑わっていた。
城から見えた時は風情のある町だったが、意外にも町は発展しており、造りさえ見なければ元の世界となんら変わりはない。
少し驚いて、元の世界にあったアウトレットパークなんかを思い出した。
「あの、ベビー用品店ってあるですか?」
元の世界なら、子供用品を一箇所に集めてたショッピングモールなんかはあるが、この世界にはあるのだろうか? そもそも大型施設があるのかも分からない。
蜂蜜色の屋根が連なっていて、パッと見ても何の店かも判断しにくい。
私に出来ることと言ったら、赤ちゃんを落とさないようにしっかり抱き直すことくらいだ。
「調べたらあった。もう少ししたら着く」
(調べたんだ……)
傍から見ても、子持ちには見えない男は、街の女性から熱視線を送られている。赤子を抱いて横を歩く私なんて、他人にしか見えないだろう。
白いシャツに水色のスラックスと髪型はラフにセットしているが、今日も相変わらず彼の外見はいい男だった。
「ここだ」
ウールドリッジが指す店のショーウィンドウには、子どものビスクドールが可愛らしい服を着ている。間違いなく子供用品を扱っている店だった。
蜂蜜色に混じって水色の屋根をしている白い石造りの店に、私は「はあ〜」と感銘の息を吐く。まるで妖精が作ったような店だ。
「なにをしている? 入るぞ」
「あ、はい!」
彼は私が入るまで扉を押さえていた。ヒール役のような男が、当たり前のようにしている。ここでは普通なのだろうが、慣れていない私はなんだか照れくさくて、そそくさと彼の横を過ぎた。
(わあ……)
店は、ベビーから幼児までの品物を取り揃えていた。ピンクや水色に塗られた壁に、子供が触っても怪我をしないように手触りの良い白い棚が並んでいる。
ファンシーな店内を見て回っていると、ウールドリッジが少し居心地悪そうにしていた。
「どうしたんですか? まさか緊張してるんですか?」
私が指摘すれば、彼はムッと唇をへの字にしてた。
「違う。普段来ないから珍しいだけだ」
(珍しいねぇ……)
どう見ても、緊張している。
彼の珍しい表情を見て、私がクスっと笑うと、ウールドリッジは虚勢を知られたことに、羞恥したようだった。
「まあ、そんなことはいい。それより必要な物はなんだ?」
「えっとですね」
(哺乳瓶に寝具、消耗品は基本だけど、あったら良いのはオモチャとか着替え数点……あと抱っこ紐がいるかな)
歩き出す私の後を追って、彼は長い脚を前に出した。
高い場所にある物は取ってもらい、豊富な商品を吟味する私の見様見真似なのか、彼はジッと商品を見つめる。
(どっちが良いかな?)
この子がいつまで学園にいるのか分からないので、購入する物には悩む。安さに惹かれているわけではないけれど、でも子どもの物の購入費には限りがあるから。
(質で選ぶか量で選ぶか……)
どうしようと頭を悩ませていると、隣にいたウールドリッジがミルク缶を私の前に差し出した。
「これが良いだろう」
「これですか? 結構高いですね」
「赤子に必要な栄養素が豊富で成分がいい。子供の物は質で選ぶべきだ」
目をパチクリとさせて、私は彼を見直した。どう頑張っても子煩悩には見えないウールドリッジが、実際は成分まで見るとは思わなかった。
目元が緩んでいく感覚を感じながら、私は缶を受け取る。
「そうですね」
「それと、外出時には液体ミルクもあるべきか?」
「ナイス着眼点ですよ、ウールドリッジ先生」
液体ミルク缶を数本カゴに入れ、次は抱っこ紐だ。
「これはなんだ? 他の抱っこ紐よりゴツいな」
「それはヒップシートと言って、赤ちゃんを安定させるんです。お母さんの腰にかかる負担が少ないですし、歩き始めた時の急な抱っこ要求にも楽に応えられます」
「では、これにしよう。色は何が良い?」
「えっと、じゃあブラウンかな」
「よし」
購入する商品が多くなっていく中、そのカゴを持つのはウールドリッジの役目に自然となっていた。
「あぶ、あぶう」
「これがいいのか?」
今まで大人しかった腕の中の赤ちゃんが、必死で手を伸ばしたのはオモチャだ。原色が強い色とりどりのオモチャは、本能的に子供の興味を引くのだろう。今日一番の反応だった。
「どっちにも興味があるみたいですね」
「なら、どちらも買おう。本も必要か……。読み聞かせは小さい頃から始めて損はない。俺の部屋には専門書しかないからな」
「あと、バイクや車、ファッション雑誌ですね?」
「……なぜ知っている?」
「ふふ、さっき部屋で見ました」
「くそ、片付けておくべきだったな」
大きなシェルフに綺麗に揃えて入れられていた難しい本の中、ソファに適当に置かれた雑誌を思い出す。ファッションは分かるが、乗り物が好きなんて子供みたいに思った。
しかし、後日見た雑誌の特集は総じて高価で、自分の乗り物好きの認識が甘かったことを思い直すことになる。子どもとは違いすぎる。
「必要なものは大体揃いましたね」
「持って帰るのが大変そうだ。意外と必需品が多いんだな」
「まあ、そうですね。これでも少ない方です」
「……そうか」
これ以上に? と顔に書いてある。
保育園の連絡事項を渡した時の、父親たちの表情を思い出した。
(一部の人を除いて、結構なお父さんたちが驚くのよね)
かくゆう私も、保育士の学校で習った時は覚えるのが大変だったことを思い出して、懐かしい気持ちになる。それから経験を重ねて、パッと思い出すようになった。そんな生活から離れて半年も経っていないのに、ずいぶんと昔のことみたいだ。
「さて、お会計に行きましょうか?」
「あぁ。……おい」
「はい? まだ買うものありましたか?」
「あれはいいのか?」
「あれ?」
ウールドリッジが指さしたのは、ベビーカー売り場だった。
「今のところ、抱っこで十分ですよ」
「いや、買おう」
「え?」
「通常でこの荷物だ。ある方が利便性が高い。それに君の負担も減るだろう」
「私の、負担?」
「あぁ。抱っこ紐では腰が痛くなるんだろう? 必要だ」
「でも、結構高価なものですよ?」
「構わん。君にも赤ん坊にもその方がいい」
(今の発言は、ちょっとときめくわね……)
赤ちゃんだけなら分かる。通気性や姿勢の安定にベビーカーはそれなりに必要だ。中には抱っこだけがいい子もいるが、今抱いているこの子がどちらのタイプかも分からない。
自分が乳児を育てる仕事をしてきたから、負担があることも知っている。その大変さを思い出して、解消を優先してくれたことが、私は嬉しかった。
(世のお母さんたちが言っていたことが分かるわ)
大変さを共有して気にかけてもらえるのは、こんなにも嬉しいことなのか。
「結婚するなら、ウールドリッジ先生みたいな人がいいですね」
「な、なにを言っている……?!」
「だってそうじゃないですか。こんなに優しいパパは中々いませんよ」
「パパ……」
「さ、ベビーカーを見ましょう」
「あ、あぁ」
意気揚々に向かって、吟味する。
最新のものから、貴族が使うのかクラシカルな乳母車まであり、しげしげと感心した。
これは男性には不得意な場面だろうと思っていたのだが。
「タイヤは一輪がいいな。駆動が違う。軽量のものは重心がズレるが、今後のことを考えれば一考の余地はあるだろう」
車輪が付いているものは、彼の得意分野だったのだ。
私以上に知り尽くしているウールドリッジは、通気性にクッションの柔らかさまで確認し、本気で考えていた。
「あの、このクラシカルな乳母車は?」
「却下だ。そんな見てくれだけの物は必要ない。それとも、こういうのが良いのか? 外見も必要か?」
「いえ! とんでもないです!! 機能性重視で!!」
意外すぎて限界まで目を見開いてしまいそうだ。
しかし、その真剣な瞳を見つめていると私は微笑ましくて、この人は本当に良い父親になると、私は将来のお嫁さんを羨ましく思う。それは周りにいる母親たちも同じなのか、こんな人が旦那さんで良いなと思っているのだろう、微笑ましい視線が送られていた。
選んだのは、一輪で車高が平均より高いベビーカー。
地熱から高さを取り、安定感もある。長く吟味した結果の商品だった。
「よし、これでいいな」
「十分だと思います」
ウールドリッジは最低限の荷物をベビーカーの荷台に乗せると、後は宅配を頼む。
その時――
「あぁ、これは持って帰る」
「畏まりました」
彼が宅配に頼らず選んだものは、手の平サイズのオモチャだった。
「退屈しないように必要だろう」
(ホント、良いパパね)
ベビーカーに寝かされた赤ちゃんは、そのオモチャを受け取りキャッキャッと喜んでいる。相当気に入ったのだろう。笑顔が眩しい。
(か、可愛すぎる……!!)
ぷにぷにの頬を風船のようにパツパツにして笑う乳児ほど可愛いものはない。デレデレしていると、呆れたように彼は苦笑した。
「さあ、あまり外にいても負担になるだろう。そろそろ帰るか」
「はい! あ、お昼ゴハンどうしましょう?」
午前中に入店したはずなのに、時間は既にランチ時を過ぎている。
子どものものを選ぶことがこんなにも楽しいとは思わず、少し羽目を外しすぎたかもしれない。
「ふむ。この近くに評判のパン屋がある。そこでテイクアウトして学園で食べるのはどうだ?」
「パン! ウールドリッジ先生が言うなら間違いないですね!」
「まあな。舌には自信がある」
得意げに笑う彼に、私は心が柔らかくなるのを感じた。




