特技・爆速オムツ交換
赤ちゃんの物を買って帰宅した私たちは「そういえば」と言った。
「赤ちゃんの名前は?」
「学園長から渡されたカードにはエリカと書いてあった」
「エリカちゃん……可愛い名前ですね」
ベビーベッドでお昼寝中のエリカは、ふくふくの頬をムニャムニャ動かしている。
(あぁんもう! なんて可愛いの!)
むちむちのあんよに、子猫のようなふわふわのブラウンの髪。頬は薔薇色に色付いて、小さな唇は桜色だ。
「この世の宝……!!」
「は?」
「いえ。独り言です」
コホン、と咳払いをする。
眠っているだけで私の心を幸せで満たすのは子どもたちだけだ。なんて可愛らしいのだろう。
「眠って一時間くらいか……コーヒーを淹れるから飲め」
「ありがとうございます。あ、できればミルクを入れてもらえると嬉しいです」
「ブラックは苦手か?」
「苦手というか……甘く出来るなら甘いほうがいいじゃないですか」
「つまり苦手だということだろ?」
「うぅ……」
ニヤリと口角を上げた彼は、なんだかふてぶてしい。けれど、その表情も素敵なのだから、男前というのは本当にズルいものだ。
ウールドリッジが淹れたコーヒーを飲みながらホッとしたのも束の間。ベビーベッドで眠っていたエリカが泣き声を上げた。
「ふにゃあ、ふにゃあ」
「もう起きたのか」
「ミルクですかね? そろそろ時間だから。私はミルクを作ってくるので、ウールドリッジ先生は抱っこしてあげてください」
「抱っこだと?! 俺がか?!」
「そうですよ。パパなんだからしっかりしてくださいね」
「だからっ! 父親ではない!!」
「はいはい」
「話を聞け!」
「はいはい」
私はさっさとキッチンへと歩き、煮沸消毒しておいたミルク瓶に粉ミルクを入れた。人肌に温めて手首で温度を確認する。
(うん、いい感じだわ)
出来上がったミルクを持ってリビングへ行けば、ベビーベッドの前で佇んでいたのはウールドリッジだった。
「先生、抱っこしなきゃ」
「……ど、どうすればいい?」
「どうって」
「性別は同じでも、乳幼児を抱いたことはないぞ」
(それ、意味が違うんじゃないかしら……)
たぶん、彼は混乱している。言わなくていいことを口にしてしまうぐらいには。
「ほら、エリカちゃんミルクだよ」
頭に手を差し入れて、そっと抱き起こす。
筋肉がまだ未発達特有のふにゃふにゃ感に、それでもずっしりとした命の重み。
「ウールドリッジ先生、ソファに座ってください。抱っこの仕方を教えますね」
「……おまえがミルクを上げたほうが効率がいいんじゃないか?」
「抱っこすれば、そんなこと言わなくなりますよ?」
「どうだか」
「ほらほら」
渋々ソファに腰を掛けた彼に、私はまず腕の位置を教える。
「こうやって、腕を交差させて……で、頭とお尻を支えるんです」
「こう、か?」
「そうそう」
形作られた腕の中に、エリカを入れると、その小さな体はすっぽりと収まった。
「これで大丈夫なのか? 本当だな? 本当に大丈夫なんだな?」
「お、落ち着いてください」
(すごく怖がっているわね)
ウールドリッジの眉間に物凄いシワが刻まれている。相当怖いのだろう。確かに、私も初めて赤子を抱いた時は同じ反応をした。それだけ乳幼児というのは繊細なのだ。
「安定してきましたね。じゃあミルクあげましょう」
「わ、わかった」
彼は恐る恐る大きな手で哺乳瓶を持ち、エリカの口元に当てた。
「……! 飲んだ……」
「飲みましたねぇ」
「んく、んく」
チュパチュパと音をさせてエリカは与えられたミルクを懸命に飲んでいる。その姿は生命の強さを感じさせた。
「……頼りないものだな」
「ふふ、そんな事言う人初めてですよ」
そう言いながら、ウールドリッジは腕の形を変えない。ずっと支えて与えている。慣れない子育てに翻弄される彼は、少し面白い。
「今、面白いと思っただろう?」
「なんのことでしょう?」
(なんでバレたのかしら)
取り繕うけど、彼が私をジト目で見るから、肩を竦めて見せる。
腕の中にいるエリカは、大きな瞳で父親であるウールドリッジを見て、不思議そうにしていた。まるで、パパどうしたの? とでも言いたげに。
「んぱあ、んむ、んん」
ミルクを飲むと、エリカの顔が真っ赤になっていく。小さな手をギュッと拳に変え、口をへの字にしている。
「おい、なにか変だぞ」
困惑するウールドリッジとは反対に、私は「あぁ」と察した。
「うんちですね」
「うん……?!」
「そりゃ人間ですもの。排泄くらいしますよ」
「いや、分かってはいるが! しかしだな!」
焦っていても、腕を離すことも出来ない彼の挙動は不審だった。どうしようどうしようとエリカと私を交互に見ている。
(面白いから、少し放ってこうかしら?)
意地悪な考えが頭を巡ったが、ウールドリッジの姿があまりにも可哀想になってきたので、エリカを受け取る。腕になんだか温かい温度。
「ウールドリッジ先生、今度はオムツ替えをしますか?」
そう言った私に、彼は疲れ切った顔をする。
「できれば今度にしたい……」
「分かりました」
新米パパの彼がなんだかおかしくて、私はクスクスと笑いながら、エリカのおむつを変え始めるのだった。




