新米パパ(?)の授業風景
エリカを預かって五日経った。
その間、私たちの仕事が減るわけではない。私はいくらか融通が利くが、それでもウールドリッジに頼まなければならないこともある。
今日は、そんな日だった。
(えっと、草むしり終わって、教材の配布終わって……うん! もう無いわね!)
雑用を終えた私が校内を早足で過ぎながら向かうのは、教室だ。
今、ウールドリッジは授業の最中でエリカも一緒にいる。
「……失礼しまーす」
後ろの扉からこっそり中に入れば、教壇に目当ての人物が腕の中にいた。
(わ……!)
驚いたことに、ウールドリッジはエリカを抱きながら教鞭をとっていたのだ。ベビーカーで寝かせていると思っていた私は、想像もしていなかった姿にびっくりした。
ウールドリッジの腕の中にいるエリカは、買ってもらったおもちゃを口に入れて吸っている。その姿に、私は「あぁ」とあまりの可愛さに崩れ落ちそうになった。
(ロンパースに包まれた小さいあんよ! ヘッドドレスも付けられているなんてお姫様じゃない! なんて、なんて可愛いの……!!)
胸をキュンキュンさせて、その姿を目に焼き付けている私の様子に気付く者はいない。
ペンを走らせる音と、テキストをまくる音が音楽のようで、その中に響く彼の声は、まるで指揮者のようだった。
「〜であるから、おい! そこ! 寝るな!!」
「……すいませんっ!」
「俺の声は眠気を誘うほど良いか?」
「いえ! そんなことは!! ないこともないけどないです!」
ポンポンと肩に杖を当てるウールドリッジは、ひどくお冠のようでこめかみに青筋が浮いている。
「おまえには特別なプレゼントを用意しよう。あとで俺の研究室に来い」
「は、はい〜〜」
プレゼントとは気前が良いと思っていたのだが、生徒たちの小声が聞こえた。
「おまえ、プレゼントって絶対に問題集だぞ」
「ミスった……。ウールドリッジの授業で寝るなんて……」
(そういえば、真帆ちゃんがウールドリッジ先生は厳しいって言ってたわね。こういうことね)
他の教員も厳しいが、ウールドリッジは輪をかけているらしい。
居眠りをしてしまった生徒の肩はがっくり落ち込んでいる。
そういえば、最近エリカの世話ばかりで真帆に会っていない。
まだこの学園に来てから数ヶ月くらいだ。明るい真帆なら友人もできて大丈夫だろうと思うが、やはり気になる。
(あ、いた)
真ん中の席に座っている真帆は、きちんと授業を受けていた。
授業参観のように見ると彼女の顔は真剣だ。聖女としての教養を身に着け始めているのだろう。その姿は誇らしくある。
(でも、なんだか暗いような……?)
気のせいだろうか?
一心不乱に文字を追ってペンを動かす真帆に、私は少しの違和感を感じた。
「さあ、続けるぞ」
気を取り直したウールドリッジは、黒板に魔法で文字を描いていく。私が真帆から視線を外し、その姿を見ていると教室には似合わない可愛い声が響いた。
「ふにゃあ、ふにゃああ」
エリカだ。
時計を見れば、そろそろお腹が空く頃。乳児の体内時計はズレない。
「あぁ、ミルクの時間か」
彼は腕の中のエリカをあやしながら、時計を見る。そして「ふむ」と頷き、育児グッズが入ったカバンを魔法で漁っている。
便利だなあなんて思っていたら――。
「あ」
パチリと目が合った。
彼の瞳がぱちくりと瞬く。その表情が珍しかったウールドリッジの視線の先である私に、生徒が一斉に振り返った。
「え、寮母さん?」
「なんで寮母さんが?」
大勢の視線に晒されて居た堪れなくなった私は、ざわつく教室の階段を下りてウールドリッジに駆け寄る。
「雑用が終わったので、バトンタッチしに来ました」
ひそひそ声で言うと、彼は「はあ」と溜息をついてエリカを私に渡してきた。
「助かった」
「いえいえ」
エリカは私に会えたことが嬉しいのか、キャッキャッと喜んでいる。空腹は一時的に忘れたらしいが、すぐに戻るだろう。
しかし、私は液体ミルクを用意していたので抜かりはない。今すぐにミルクを与えることは可能だ。
「ウールドリッジ先生?」
私とエリカを交互に見て、なにか思いついたのか一人で頷いた。
「授業を聞いていくか?」
「え?」
突然のことで呆気にとられる私の顔が面白かったのか、彼はフッと笑う。
「冗談だ」
(この人は……!)
「エリカを頼む」
「おまかせを。お父さん」
「……!!」
わざとらしく言えば、ひくりと口角を震わせる。
「では授業頑張って」
「………」
エリカを抱いて、私はさっさと教室を出た。その後ろで教室内は騒がしくなり「ウールドリッジと寮母さんが?!」「いつの間に?!」「あの、赤ちゃんってそういうこと?!」と叫び声が聞こえる。
想像以上の騒ぎに、私は少し罪悪感を覚えながら、廊下を歩く。
(想定外の反応だけど、まあ仕方ない)
「うにゃあ、ふにゃあ」
「あ、お腹すいたの思い出した? ミルク飲もうね」
私はエリカにミルクをあげるべく、外の芝生まで歩いた。




