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子育て最難関ですが、おまかせあれ

 子育てで大変なことはいくつもあるが、多くの母親が嘆くのが夜泣きだ。

 夢見が悪い。お腹が空いた。オムツが濡れている。

 生後半年は経っているエリカだが、未だその名残はあり、私とウールドリッジは交代制で夜泣きの相手をしている。

 私が提案すれば、彼は「そちらの方が共倒れにならず済むな」と合意した。

 そして、今夜の当直は私だった。


「ふにゃあああ」

「あらぁ、エリカちゃんどうしたの?」


 リビングのソファで眠っていた私は、眠気眼を擦りベビーベッドで泣くエリカに尋ねる。尋ねたところで、まだ言葉が喋れないけれど、それでも声をかけることに意義がある。


「オムツかな? ミルクかな? ……どちらも違うみたいね」


 元気に泣くエリカを抱いて、ゆっくりと腰のあたりをリズムよく叩く。

 ポンポンと叩いて体温を感じさせれば、いつもはすぐに泣き止むのに、今夜は少し手強そうだ。


「ママが恋しくなっちゃったのかな……?」


 もうエリカがこの学園に預けられてから二週間は経っている。

 その間に、親からの連絡は一切ない。何度も憤怒しそうになるが、その姿をエリカには見せなかった。怒りは伝播する。特に感受性の豊かな時期は。


「今日は泣きたい気分なのかな? いっぱい泣いていいよ」


 一際大きく泣いて「あらあら」と口にする。


(でもウールドリッジ先生も寝ているし、あまり大きな声も……)


 ウールドリッジには大切な授業がある。私の雑用とは比べ物にならないほどの責任を彼は背負っているのだから、夜泣きの対応は全て私がやる方がいいのかもしれない。


(でも、これからもエリカちゃんを育てるためには、慣れてもらわないと)


 ゆらゆらと揺らしても、エリカは一向に泣き止まず、顔は真っ赤になっている。全身で不安を訴え、助けを求めている姿は痛ましくて、私は涙が出そうになった。


「ママに迎えに来てほしいよね」


 結局、育てていても私はただの保育士だ。お母さんの存在には到底敵わない。


(私に出来ることは、ママが迎えに来るまで、エリカちゃんを守ること)


 ふう、と息を吐いて、エリカの頭に頬を寄せて歌を口ずさむ。


「静かな夜に、貴方の優しい声が聞こえる。あの時感じた思いが溢れてくる」


 歌が上手いわけでもない。でも歌は時に言葉よりも伝わることを知っている。保育士のときは鼻歌だけだったけど、今は歌うことが最適解のような気がした。


 緑の壁にはめ込まれた本が背を並べ、小さな明かりを落とす部屋中を歩きながら小さく歌っていると、カタンとリビングに音がやってくる。


「まだ泣き止まないか?」


 ウールドリッジだった。

 エリカを刺激しないように、小声で聞いてくる。


「まだ、ですね」


 返事をすると彼はキッチンへ向かい、少し経ってマグカップを手にやってきた。


「俺が代わりに抱くから、飲むといい」

「素敵な提案ですけど、今離すと余計に泣くと思います。お気持ちだけで」

「そうか」

「もう少しかかりそうですが、もう休んでください」

「…………」


 そう言うと、彼はマグカップをリビングのテーブルに置く。明日も早いのだから、睡眠はしっかり取ってほしい。彼がこの場を離れることに少し安心する。共倒れと言った彼の言葉は正にその通りで、だからこそ眠ってほしいのだ。


(少しだけ、寂しさはあるけど。世の親御さんはこんな孤独を感じているのね)


 改めて知る親の偉大さに、私が今まで見てきた健やかな子供たちは、親御さんの想像を超えた愛を受け取ってきたのだと知る。


(保育士の仕事は、所詮手助けでしかないんだわ)


 それでも、私は自分の仕事に誇りを持っている。短い時間を楽しめるように、学びを多くするために全力を尽くす。異世界に来たってそれは変わらない。


(よし、私が出来ることをやろう)


 そう決意を新たにエリカに向かいあっていると、リビングから部屋に戻ったと思っていたウールドリッジが、毛布を持って帰ってきた。


「どうしたんですか?」

「今夜はここで眠る」

「え?」

「おまえの歌が存外良くてな。続きを歌ってくれ」

「わ、私の歌ですか? そんなに上手くないんですけど」

「構わん」

(こっちは構うんですけど)


 どうやら彼は梃子でも動かないようだ。

 まだ「ふえん、ふえん」と泣くエリカを「よしよし」とあやして、私は唇を小さく開けた。

 しばらくすればエリカの泣き声は小さくなっていき、健やかな寝息が聞こえ始める。

 エリカの呼吸に合わせてゆらゆらと揺らしながら、深い赤色のカーテンがかかる隙間から大窓の外を見た。

 まるで衣を羽織ったような薄い満月が、エリカを照らして夢の中へ誘ってくれているようだった。

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