心の叫び
私が瘴気で倒れたことは、学園中に広まった。防衛魔法をかけていた学園に瘴気がわずかでも入っていたのは生徒に恐怖感を与え、学内の雰囲気は不穏だ。
寮で過ごす生徒たちは一人になるのが怖いのか、談話室に集まることが増えて、それでもいつもの騒がしさはない。
(私のせいよね……)
魔力がなく耐性もない私が瘴気に倒れたから、こうなってしまったのだ。どうにか雰囲気を明るくしようにも、責任感を感じてしまってうまくできない。
「吉乃さん……」
「真帆ちゃん」
「大丈夫?」
労わる真帆は、そっと私に触れる。その温かさはまるで春風のように優しく、鬱屈した雰囲気を払うようだった。自分も恐怖があるだろうに、人を気遣えるこの子は聖女として確かな素質を宿している。
「えぇ、大丈夫」
「……そっか」
最近の真帆は忙しそうだ。授業を受ける頻度は下がり、よくガレスと共に王城や教会へ行っている。そして帰ってくる時は疲労を滲ませながら元気いっぱいの笑顔を見せてくれるのだ。
(今では私の方が心配されるようになっちゃったな)
成長著しい真帆に元気付けられている私は、今も彼女の笑顔に自然と笑みが浮かんだ。
「ありがとう真帆ちゃん。いつまでも沈んでるばかりじゃダメよね」
落ち込んでいた顔を上げて、私はお菓子を作ることにした。小さなことから寮生の気を晴らそうとしたのだった。
*
学園の外回廊で仕事をしている空を見上げる。今日もどんよりとした重い曇りが広がっている。もう何日も太陽を見ていない。どうやら瘴気の影響のようで、昼間でも学園だけではなく街でも街灯が点りっぱなしということだ。聖女としての真帆の風当たりも強くなっているらしい。とんでもない八つ当たりだと憤りが湧く。それを庇っているのがウールドリッジと王家だという話だ。
(瘴気が払えなければ、元の世界へ帰る手立てを見つけることもできない)
目的が瘴気を払うことが第一なので、それが解消されなければ真帆は元の世界に帰れない。私も調べているが、見つけても真帆が一緒でなければ帰る気は起こらない。彼女を一人置いていくわけがないのだから。
(とりあえず、この仕事を終わらせなきゃ)
今は目の前のやることを片付けてしまおう。私は早足でその場を去ろうとした。
その時、遠くで叫び声が響いた。
「きゃああああああ!!!!」
耳を劈く悲鳴に私は背筋が震えた。この学園で叫び声が轟くなんて今までにないことだ。
(場所は実習エリアだわ!!)
もし生徒たちに何かあったらとんでもないことだ。そこへ行って何ができるかはわからない。けれど無視することはできない。
私は駆け出す。息が上がって胸が張りそうになっても、足がもつれそうになっても、大人が子供を守らなくて誰が守るというのだろう。私を突き動かすのは責任感だった。
「っは、っはあ」
やっとの思いで到着した実習場は地獄のようだった。防衛魔法を突き破ってやってきた瘴気はおどろおどろしく、黒い霧がじわじわと足元から植物のように湧き上がって生徒や教師の足に絡みついている。
「いやあああ!」
「うわあああああ!」
そこかしこで叫び声を上げている大勢の生徒たちは涙を流し家族の名前を言い、取り込まれる寸前だ。
「み、みんな! 固まって! 避難する人はこっちに!!」
私が辿ってきた道は瘴気がなかった。教室棟はまだ安心だろう。自分の中で一番の大きな声で叫んでも、近くの生徒しか聞こえなかったようで数人しか集まらない。
「寮母さん!!」
「学園の中へ!!!」
実習場にいたのは一年生で、彼らはまだ魔力コントロールを学んでいる最中だった。魔力出力がコントロールでき、教師の補助ができる生徒も助けに来ているが、それよりも瘴気が場を支配する方が早い。
「先生……!?」
視線の先にはウールドリッジがいた。防衛魔法に秀でた彼は誰よりも前線にいる。紫に発光する魔法陣が大きく展開され、幾重にも重なった魔法は一枚一枚の侵食するように破られていく。その度に新しい魔法陣を出現させている。
「吉乃か?! なぜここにいる?!」
「それより生徒を避難させます!! 私は私の出来ることを!」
「あぁ、わかった……!!」
ブゥンと一際大きい魔法陣を描きながら、攻撃魔法も同時に展開させている彼の負担は大きそうだ。滑らかな頬は切り傷で血を流し、スーツは埃だらけで、手袋は破れてきている。その隙間から見える肌は火傷のように真っ赤になっていた。
「落ち着いて! 冷静に避難するのよ!!!」
「はい!!!」
私は誘導しながらも、ちらりとウールドリッジを見る。教師陣も防衛魔法を展開するが、やはりウールドリッジのように突出している人間は多くなく、最後の砦は彼になっていた。
「ぐっ……!!」
這い寄ってきた瘴気が空中で塊になり、目の前には魔獣の象った黒い瘴気が一枚、また一枚と魔法陣を破っていく。ガラスが砕けるような音をさせるたびに、ウールドリッジの表情は険しくなっていく。
「待って」
「よし、の……! 早くお前も……!」
「……いや……」
押されている。靴跡が直線を描いて強固な魔法陣が残り一枚になってしまう。魔力の限界は明らかで、あと一度咆哮が来てしまえば犠牲になるのはウールドリッジだった。
「先生……!」
私は駆け出した。赤い光線が彼に向かって放たれる。もうなにも考えられなかった。無意識に駆け出した私を止める声も耳には届かない。
「ダメェぇぇ!!!!!」
膝をついた彼の肩口に指先をかけて抱き引き寄せる。その時、ズシン! と地に押し付けるような圧力と轟音に、私は目を瞑った。
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