薄れていく意識
学園から帰宅している私は、ふと空を見て「あら?」と呟く。
「雨が降りそう」
灰色をした空を見上げて、少しムッとする。
ここ最近の天気は不安定で雲の流れが早い。今朝はやっと晴れだと思っていたのに、正午を過ぎたらもう厚い雲が空を覆っていた。
別に洗濯物を干しているわけでもないけれど、やっぱりこんなに天気が悪いと気分が下がると言うものだ。
「早く買い物しないと」
寄宿舎のすぐそばにある売店に速足で向かい扉を開ければ、女店主が「いらっしゃい」と声をかけてくれて、私は「こんにちは」と応えて店内を見回す。日用品から食材まで揃っているこの店は賑やかで、今も数人の学生が談笑しながら品物を吟味していた。
「曇りってきたね」
「そうなの。朝は晴れていたのに」
「嫌だねぇ。憂鬱になるよ」
この世界に来て、こんなに天気が不安定なのは初めてだ。元々なのかと聞いたらそうでもなく、珍しいらしい。珍しいならすぐに回復するだろうと思っていたら連日だ。流石に気分は下がる。
「でも明日は一日晴れって予報だから、今日までの我慢よ」
「ははは、そうだね」
寮生も気分が落ち込んでいるようで溜息をよく聞く。食欲も落ちている気がするし、少しでも明るくなるようにしたいのが寮母というものだ。本日の夕飯はちょっとだけ豪勢にする予定だ。
「今日は随分と買うね。一緒に運ぼうか?」
「ううん。このくらい平気よ」
いつもより多めの食材は手で持てないので箱に入れてもらった。それを抱えて扉を開けてもらって店を出る。空を見れば、やっぱり曇りで、それも少し灰色が濃くなっている。雨が降りそうだ。
(ここのところ空気も悪いし、明日は予報通り晴れになったらいいんだけど)
そう、空気が悪い。なんだかモヤっと澱んでいるようで、おかしな話だが、息をするたびに空気を奪われているような。そんな不快さなのだ。それに体もどんどん重くなっていっている。
(やっぱり手伝ってもらえればよかったかも……)
ずっしりと腕にかかる重量は一歩歩くたび重くなっていくのに後悔し始めていると。
「吉乃? その荷物はどうした?」
「あ、ウールドリッジ先生」
通りがかりに出会したウールドリッジは私が抱えている荷物を見て驚いた顔をしている。
「こんな重いものを持つな。かせ」
ひょいっと簡単に奪われ、軽々と持つ彼にときめいてしまう。こんなことで我ながらちょろいなと思いつつ、慮ってもらえる事実に高鳴ってしまう。
「ありがとうございます」
「あぁ。これは寮までで良いのか?」
「はい」
「随分な量だな」
信じられないという顔だが、寮生の食事だ。こんなものだろう。これが男子学生だったら全然足りないけど。
「最近、寮生たちの元気がないから、食事だけでも楽しんでもらいたいんです」
「さすが寮母様だな」
「揶揄わないでください」
むう、と頬を膨らませるとウールドリッジは「褒めているんだ」と言う。どうしてこの人は素直に言えないんだろう。
「先生は大丈夫ですか? この天気で気分が落ち込んだりしてませんか? 私は最近疲れやすいみたいで」
「疲れやすい?」
「そうなんです。体が重くて……気圧の変化ですかね?」
元の世界では気圧に負けたことはないのだが、どうにもだるい。
「いつからだ?」
「え?」
「いつから、その症状が出ている?」
「な、なんですか? そんなに真剣に」
私を見つめる彼の瞳は強く、何かを窺うようで思わずたじろいでしまう。視線だけで動きを止めさせてしまう真剣さに、私は「えぇと」とここ数日を思い出す。
(あれ?)
そこで違和感を感じる。徐々に悪くなっていたが、それは曇りが少し始まる前だ。
私の答えを聞いて深く逡巡しているウールドリッジは眉根を寄せて「まさか」と呟いた。
「吉乃」
「はい? ……っあ、れ?」
重い体が足元からぐらりとふらつく。まるで足を何かに掴まれたように動かずに地面に力を吸い取られている。
「吉乃!!」
崩れていく私の体を、荷物を投げ出して支えたウールドリッジ。ガァン! と食材を入れた木箱が悲鳴をあげて、足元に野菜たちが転がる。
「なんだか……力が……」
直感でこれはおかしいと悟る。疲労からではなく明らかにこの瞬間に何かを吸い取られている。酷く眠く、手足に力が入らない。
「吉乃しっかりしろ!」
瞼が重くなって開けているのも難しく、私に向かって名前を呼ぶウールドリッジの焦った表情が霞んでいく。
そうして、視界は暗くなっていった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマに追加、評価を頂けたら嬉しいです。
よろしくお願いします。




