背中を押されて
休日の午後、私はキッチンでぼんやりと過ごしていた。考えることは、ウールドリッジとのことだ。
(私に触れられるの、嫌だったのね)
先日の温室のことだ。彼の手に触れようとして振り払われた。あれは拒絶だ。
(……私、思い上がっていたのかも)
出会いは最悪だったが、今ではこの世界で一番信用していて、恋心を抱いてしまった相手。芽生えた感情が否定されたようで、大人気なく落ち込む。
(これをくれたのも、意味はなかったのかもしれない。自惚れてほしいなんて……。きっと揶揄ったんだわ……)
テーブルに置いた髪飾りは室内でもきらりと光って、菫色の石を見る度に彼を思い出してしまう。これをくれた時の表情や言葉の柔らかさ。思い出すだけでときめいてしまうのに、そのすぐ後には拒絶する彼が頭に過ぎって、テーブルに突っ伏した。
(……どうしよう……。もう顔を合わせられない)
好きな人にあんな風にされたら、私でも傷つく。次に顔を見せるときに笑える自信がまるでなかった。
「はあ」
「わ! すごい溜息!」
「ま、真帆ちゃん? それにマーガレットちゃんも」
キッチンで落ち込んでいた私を驚いたように見つめる二人は、どうしたどうしたと椅子に腰を下ろした。
「あ、何か飲む?」
癖で尋ねれば、二人は「自分たちでやるよ」と言ってくれて、正直助かった。今は周りを気遣っている余裕はなかったから。
マーガレットが手に取った紅茶にハッとする。それはウールドリッジと私が気に入っている銘柄だった。こんなふとした時でも彼を思い出して落ち込む。
「本当にどうしたの?」
「吉乃さん何か悩みがあるなら言って」
「二人とも……」
好奇心だとしても嬉しい。私はこの世界で相談するのはいつもウールドリッジで、同じ年頃の女性とも友人といえる人物はいない。年下だけれど、しっかりしているマーガレットと、人に寄り添える真帆になら話せると思った。
「あのね……」
そして私は先日のことを話し始めた。
「……ということなの」
私の感情を隠したこと以外は素直に洗いざらい二人に伝えた。良い大人が、こんなことでショックを受けているなんて知ったら情けないと思われるのではないかと落ち込んでいたら、意外にも彼女たちは真剣に考えてくれたようだ。
「それってさ、吉乃さんだから嫌だったんだじゃないかな?」
「やっぱり……」
「いや、違う違う!」
「ヨシノさんだから知られたくなかったのかもよ?」
「私だから?」
グスと鼻を啜りながら、マーガレットの言葉に顔をあげる。真帆も言葉選びを間違えたと思ったのか、マーガレットに同意している。
「触れられたくない秘密。周りに何を思われても良いけど、ヨシノさんには思われたくない……」
「つまり……」
「吉乃さんは特別ってことかも」
真帆の顔が近づき、その真剣な顔に目をパチパチと瞬かせる。
(嫌われてないってこと?)
ただの可能性だけれど、それだけでも私の心は救われる。ポッと灯った胸を温める光は目の前を明るくし、私に無限の勇気を与えてくれた。
(悩んでいるだけじゃダメだ。話したい。あなたに会いたい)
拒絶したのは条件反射だったのかもしれない。でもそうなるには理由があるのだ。訳もなく人を邪険にするような人ではないことを、私は知っていたはずなのに。きっと、傷ついているのは彼も同じで、弁解も聞かずに去ってしまったのは私のミスだった。
(謝りたい)
眉間に皺が刻まれ、すぐにでも走って会いに行きたい。今までの私なら、堂々巡りで行動を起こさなかった。でも、もう違う。
「私、会いに行ってくる。ちゃんと謝らなきゃ」
ガタリと椅子から立ち上がり、エプロンを脱いで支度を始める。目の前には口をつけていないカップが置いてあって、気付け薬のように一気に飲み干した。
「ご馳走様!」
「片付けはやっとくね」
「ありがとう!」
「行ってらっしゃい」
二人に背中を押されて、私は勝手口の扉を開けた。
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