吉乃の日常
朝の空に日の出が登る頃、私の活動時間が始まる。
(うん! いい感じ!)
コトコトと煮ているのはコーンスープ。
昨日学園内にある農家から貰ったものを使っているので、甘みの強いコーンスープは寮生にも大好評だ。
(今日は洋食だから、食べる子も多いわね)
キッチンの隅には、食事をする寮生の名前が多く書いてある。昨夜スープのことを言ってあったからだろう。
(まさか寸胴を使う日が来るなんてね)
くすくすと苦笑して鍋をかき混ぜる。
「ヨシノさんおはよー!」
「はーい! おはよう」
「いい匂い〜!」
「もう完成するからね。食堂へ行ってて」
可愛らしい声が談話室からかかり、キッチンにひょっこりと顔を出す数人の寮生。
みんな自己流にアレンジして着こなすおしゃれな制服は、アラサーになった私には眩しいし、学生の頃の私なら羨ましく思っただろう。
「わたし、パン持っていくね!」
バスケットの中に詰められたバケットを嬉々として持っていく女性徒の頼もしいこと。始めは全部一人でしないと、と力が入っていたが、今では協力的な彼女たちにすっかり頼ってしまっている。
「いただきます!」
みんな一番に手を伸ばすのはコーンスープで、少し子供らしい味覚に思わず微笑んでしまう。
「ヨシノさん、なに笑ってるの?」
「ううん。なんでもない」
「ふふ」と可愛らしい子どもたちへの笑みを隠す。
三十分もすれば、寮生は登校の支度を始めていて、私は玄関へと足早に向かう。
玄関先にある大きな全身鏡の前は大渋滞。女の子の朝が騒がしいのはどこの世界でも同じらしい。
「あらあら、リボンが曲がってるわよ」
「ヨシノさ〜ん! 髪くずれちゃった」
「はいはい、直すからこっちへ来て」
ひとり、またひとりと慌ただしく玄関を出ていく寮生たちを見送れば、あれだけ騒がしかったエントランスはがらんとしていた。
(ふふ、嵐みたいね)
見に覚えのある朝の光景に、つい過去の自分と重ねてしまう。
「さて、あとは誰かしら?」
確かまだ食堂に来ていないのは――。
「吉乃さんおはよう!」
「おはよう真帆ちゃん」
階段を早足で下りてきた真帆が、にっこり笑顔でやってきた。
よく寝坊をすると言っていた彼女は、この世界でも腹時計は同じらしく、毎朝ギリギリになって部屋から出てくる。
「早くしないと遅刻しちゃうよ」
「えへへ、また寝坊しちゃった」
「もう、明日から起こしに行こうか?」
「そこまでしてもらったら、吉乃さんいないと生活できなくなっちゃう!」
「あらあら、それは困るわね」
「いい匂い」と香りに釣られるように食堂に入った真帆は、コーンスープを目にするとキラキラと瞳を輝かせた。けれど、ゆっくり食べている時間もない。
「ごひふぉうさまでひた!」
喉につっかえそうでハラハラする私。しかし真帆ちゃんはゴクリと嚥下して笑った。ほら、大丈夫でしょ? とでも言いたげだ。
「ほらほら、早く行かないと」
背中を押して玄関まで見送る。やはり真帆も全身鏡に己を映して服装をチェックしていた。
「真帆ちゃん、ブラシ忘れてるわよ」
「えへへ。うっかり」
「もう。ほら、こっちへ来て」
指通りの良い髪を魔法のブラシで梳かす。ひと撫でで寝癖はなくなるのだから、自分でやったほうが手早いだろうに。
そうして真帆を送り出して、やっと私も自分の仕事に戻ることが出来る。
家事を一通り終えたら、もう誰もいなくなった寮生住宅を抜けて、目に飛び込んでくるのは学園だ。
白い外壁に青い斜塔。周りを囲むような白い薔薇の植木。これが教育機関なんて思えない。
(今日もキレイね)
噴水が日に当たり、飛沫はガラス玉のように輝いている。少しひんやりとするのが気持ちいい。
(さてっと、今日のスケジュールは)
下げている小さなショルダーバッグに入れているメモ帳には、今日の予定がぎっちりと書かれている。
「今日も忙しそうね」
でも、意外と私はこの生活を悪く思っていなかったりするのだ。
毎朝の習慣になっている用務員室で仕事を受け取り、学園内の回廊を歩いていると、グラウンドから活気あふれる声が聞こえてきた。
(どこかのクラスが魔法実習してるのかしら?)
背の高いガラス窓から火の玉が飛んでいくのを見たことある私は、その時を思い出した。
(あまりに勢いがあるから隕石かと思ったのよね)
あの時の教師の怒鳴り声といったら、今思い出しただけでも生徒に同情してしまう。
今は授業中だから回廊に人気はないが、休憩時間になれば賑やかになる。特にランチ時は大混雑だ。
(青春よね〜)
箱庭の中で育っていく子どもたち。いつか卒業して立派な大人になるのだと思うと、今から涙が滲んでくる。
(卒園式を思い出してしまったわ)
私のスカートにしがみついて離れなかった園児との思い出が蘇り、ズッと鼻をすすった。
(あの子、元気かしら)
ツンとする鼻を押さえて、私は仕事に戻ろうとする、
すると――学園全体を包む鐘の音が鳴り、進んでいる隣にあった魔法学の教室から、生徒たちの溜息が聞こえた。
(お昼休みね)
溜息は悪い意味ではなく、解放の溜息。覚えのある感覚だ。
(さ、私も行かなくちゃ)
この回廊が騒がしくなる前に、私は仕事を一段落させて行かないと行けない場所があるのだから。




