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傲慢教師と保育士の等価交換

 私の昼休みは、決まって図書館へ行くことが習慣になっている。

 それは、この世界のことを知るためと、元の世界に帰る手がかりを探すためだ。


(えぇっと、歴史書はこのあたりかしら?)


 この学園の図書室には膨大な量の本が並んでいる。その中から目当ての本を探すのは一苦労だが、その手間をかけてでも探す価値はあった。


(あ、これかな? ……んっ)


 書棚の上にある本を取ろうと背伸びをするが、どうにも後少し届かない。


(脚立はどこだろう?)


 キョロキョロと見回すけれど、この書棚の列にはないみたいで、私は面倒くささから背伸びをして本を取ることを選んだ。

 プルプルと震える足が攣りそうだが、それでも手を伸ばす。


「もう、あと少しなのに!」


 あと数センチだけ、私に身長があればと嘆きながらも、賢明に踵を浮かす。けれど、その数センチが遠い。


「とれ、ない……!」


 手がしびれてきて「ふんぬ!」と最後の一息を込めた時、長い指先が目当ての本をひょいっと難なく取られた。


「これか?」

「え?」


 振り向けば、金糸の髪にアメジストのような瞳を持つウールドリッジが私の目当ての本を持っていた。


「あ、あぁそうです! ありがとうございます!」

「歴史書か……。そういえばおまえも異世界人だったな」

「えぇ、そうです」

「たしか、聖女と共にこちらの世界へ来たと聞いたが、姉かなにかか?」


 ウールドリッジは興味深そうに私をジッと見つめる。彼は普通なのかもしれないが、その瞳の強さは威圧に似た力を感じてしまう。


「違いますよ。私はなんというか……巻き込まれただけの、魔力も持たない凡人です」

「凡人……あまり聞きたくない言葉だな」


 嫌そうに呟くウールドリッジに、私は何がそんなに不快なのだろうと首を傾げる。だって、この世界は魔法使いを貴重としており、その才能ある者たちを特別視しているからだ。


「誰しも才能はある。なにも魔法を持つ者だけが特別じゃない」

(あ……)


 私は察した。

 この人は本当に教育者なのだ。私だって才能を持つ子供だとしても分け隔てなく接するのが当たり前だと思っている。それが、この世界に来て周りは魔力を持つ特別な人ばかりで、なにも持たない自分を卑下していたのだ。


「すいません」

「なにを謝っているんだ?」

「いえ、自分の浅慮さに嫌気がさしただけです。私も教育者なのに、ウールドリッジ先生に気付かされました」

(ダメだな、私)


 心の底から反省して溜息を吐く。

 そして、本を受け取ろうと手を伸ばした時、その本はひょいっと上に上げられてしまった。


「おまえも人に教える立場の職種なのか?」


 顔を見れば、驚いたように目を僅かに見開いている。そういえば、この世界で私は自分の職業を言っていなかった。聞かれたこともなかったし、主張することでもないからだ。


「はい、そうです」

「専攻はなにを?」

「教師ではなく、保育士です。小さな子供と関わってきました」

「ほう」


 「幼児か……」そう呟いた彼は興味深そうに頷く。


「もし良ければだが……」

「はい?」

「君が関わってきた子供の話を聞かせてくれ」

「はい??」

(聞き間違い? 私がこの人に今までの仕事を聞かせるの? なんのために?)


 ウールドリッジの言うことが理解できず、こちらが驚いて目を見開いてしまう。

 けれど、彼は引く気がないようだ。


「等価交換だ。俺も君にこの世界のことを教えてやろう」

(う、上から目線……!)


 けれど、この世界の人から何かを得ることは貴重な機会だ。

 なんだか気に入らないけれど、私は逡巡してから頷いた。


「わかりました。良いですよ」

「交渉成立だな」


 私たちは図書館の隅に移動し、小さな声で話し始めた。


「子供が最優先で見るのは発達心理学的に”安全かどうか”です。」

「親愛を抱かれるには表情の変化が柔らかい。つまり予測できる表情です」


 私は、当たり前だけど常に上手くは出来きないことを言う。

 目が回る忙しさでおざなりになる小さなことが、一番大事だと知ったのは保育士になって少ししてからだ。


「それは思春期に入っても必要なことか?」

「もちろんです。神経学的に、まず論理ではなく感覚の子がまだ多いですから」

「なるほど。俺には少しむずかしいな」

「え? ウールドリッジ先生は生徒に慕われていると思いますが?」

「まさか。厳しい自覚があるぶん、生徒から好かれているとは思わない。中には躾待ちの生徒はいるが……」

「躾って犬じゃないんだから」


 思わずクスクスと笑ってしまう。

 厳しいし、圧があるけれど、それは雰囲気だけなのかもしれない。私にかけてくる言葉を選んでいるし、声だってそこまで棘がない。


(意外。この人、生徒想いなのね)


 話していけば分かる。ウールドリッジは本当に教育に向き合っているのだ。


「女性の扱いは難しくないんだがな」

「あぁ聞きました。ウールドリッジ先生はモテるって」

「まあ、否定はしないな」


 ニヒルに笑う彼にはプレイボーイという言葉が似合う。人目を引くルックスに、色気のある低い声。この男に笑顔の一つでも見せられたら、どんな女性も落ちるだろう。


「でも自分で言います?」

「自信があるのは良いことだろ」

「それはそうですけど」


 「ふふふ」と笑い声を抑える。こんなにも自信に溢れている人は初めてだ。しかも虚栄ではなく事実で、元の世界では接点もない人種。


(変なの。なんだか友達ができた気分だわ)


 ウールドリッジは、真帆を特別扱いしない。それが私にとっては好印象で、同じ教育者として個人を尊重する共通認識がある。それはとても嬉しいことだ。


「次はウールドリッジ先生ですよ。この世界のこと、教えてください」

「俺の授業は厳しいぞ?」

「どんとこいです」


 ウールドリッジは笑いながら重厚な本の表紙を捲った。

 黒い手袋をした長い指が文字の羅列をなぞっていく。小さな所作にも気品があり、落ち着いた声は心地良い。


「まず、この世界には魔素が循環して生活を助けている」

「魔素ですか? でもガレスくんは瘴気を祓ってほしいと……。魔素と瘴気の違いってなんですか?」

「魔素は自然から発せられるマナだ。瘴気は魔素が汚れた状態。それを浄化出来るのは光魔法を使える者だけだ」

「瘴気が起こるとなにが起きるんですか?」

「わかりやすく言うと、魔物の凶暴化や自然への呪いになる」

「なるほど。光魔法が使えるのは真帆ちゃんだけ?」

「いや、光魔法を使える人間はいるが、その人数と魔力量はあまりに少ない」

「それで、真帆ちゃんが聖女に?」

「あぁ。聖女には膨大な魔力が宿っているからな」


 コクリと頷くウールドリッジは、私が理解できるように分かりやすく要点だけをまとめてくれている。彼の教師としての力量を感じさせた。

 そうして時間は経ち、気付けば昼休みが終了する鐘が鳴る。


(あ、終わっちゃった)


 もうすこし、この世界のことを知りたかったが、ウールドリッジにも授業がある。


「俺は次の授業があるから失礼する」

「はい。教えてくださってありがとうございました」

「あぁ。また同じ時間に来るといい」

「え?」

「そういう約束だろう?」


 「なんだ、この短時間でもう忘れたのか?」と言う彼に、私は驚く。てっきり今日だけのことだと思っていたからだ。

 呆気に取られている私に、呆れた溜息を吐きながら、彼はフッと笑った。


「ではな」


 ウールドリッジは私の返答も聞かず、さっさと図書室を出て行く。私はその後姿を見ていることしか出来なかった。


「あ、本!」


 読みたかった本は、ウールドリッジがさり気なく司書に返却しにいったらしい。机の上には何も残っていなかった。

 全然気付かなかった私は、彼のスマートさに呆然としてしまったのだった。

 

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