プレゼント
気の済むまでウールドリッジの世話をした私は爽快な気持ちで満たされていた。
ふぅ、と満足の息を吐き、紅茶に舌鼓を打っているとウールドリッジが「そうだ」と立ち上がった。
「次の授業ですか?」
時計を見れば昼休みが、もう終わるところだった。私はこの後の仕事にはまだ時間があったので、もう少し休ませてもらってから後にしようと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
「これを」
「なんですか? これ」
手渡された手のひらサイズのそれは、茶色の薄紙に包まれている。簡素な包みなのに、中が見えないくらい厳重だ。
私は疑問に思いながらカサカサと音をさせて開封していく。すると、現れたのは銀細工の髪留めだった。菱形の中に銀の蔦が曲線を描き小さな花が彫刻されている。
「わぁ」
そして菱形の角と真ん中に嵌め込まれた薄紫色の美しい石が輝く繊細なそれを持つ手が少し震える。
「ど、どうしたんですかこれ?」
「買った」
「それは分かっているんですが。……えっと、私に?」
恐る恐る尋ねると、ウールドリッジはムッとした顔をして「そうだが?」と答えた。
「俺がお前に頼んで誰か別の女にプレゼントを贈るとでも?」
「いえ、先生なら誰かを使うより自分で渡すと思います」
「よく分かってるじゃないか」
つまり、これは間違いなく私への贈り物ということで……。
カァと全ての血液が沸騰しそうなほど熱され、全身が真っ赤に入っていく感覚がした。髪留めを包む手が震える。
「一体いつ買ったんですか?」
「ん? シライシの杖を作った時にな。ブレア商会に立ち寄った時だ」
「全然気づきませんでした」
あの日はずっと隣に居たはずなのに、わずかな隙間で選んで購入するなんて。ウールドリッジは素早い。でもそれは即決したということで、効率というか、迷いのない選択は彼らしい。
「本当はすぐに渡すつもりだったんだが、誰かさんが俺から逃げるんでな」
「そ、それはすいません」
つまり、いつでも渡せるように肌身離さず持っていてくれたのだろうか。
私はもう一度髪飾りをジッと見つめる。光を当てると銀細工がキラキラ輝き、石は眩く紫の色の濃度を変える。
「綺麗……先生の瞳みたい」
「え?」
「この石、先生の目の色に似てます」
「……それは、気づかなかったな」
「ふふ。こんなに素敵なもの貰ってもいいんですか?」
「だから、そう言っている。つけてみろ」
ウールドリッジの言葉に頷いて、私は髪飾りを髪につけようとするのだが、あまりに高価そうなのと、彼からのプレゼントということもあり緊張で上手くできない。
モタモタしている私を見兼ねて、ウールドリッジが「貸してみろ」と髪飾りを持っていく。その時に触れた指先の熱が伝わらないか心配になって彼の顔も見れない。
私がどうやっても上手く付けられらなかった髪留めは、彼の手によって簡単に付けられ、頭にわずかな重みが足された。
「……どうですか?」
髪を結っている部分を飾っているだろう銀細工は自分では見られない。でも彼が私を想って選んでくれたのだ、きっと満足いってくれているはず。
「あの?」
「……似合っている」
「本当ですか?」
「あぁ、思った以上だ」
銀細工から髪を優しい手つきで撫でられ、胸の高鳴りが頂点に達しそうになる。
嬉しそうに目元を綻ばせるウールドリッジの満たされたような表情に、キュウと恋心が圧縮されたように絞られ苦しい。なんて顔をするのだろうか。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「そうしてくれ」
「本当に、嬉しいです。アクセサリーなんていつぶりかしら……」
仕事柄、子供が怪我しないようにアクセサリー類は禁止になっていたので、デートでつけるくらいの頻度だった。でも、ずっとデートからも遠く離れていたので、こうやって自分を飾るというのは本当に久しぶりだった。
「吉乃」
「はい?」
飛び上がりたいくらいの嬉しさを抑えていたら、フッと顔に柔らかい感触が触れる。
「あ、」
ウールドリッジの指が、私の頬から顎までをツーッと撫でる。ゾクゾクした感覚に甘い吐息が溢れる。唇の弾力を確かめるように、ふに、と押されて震える。何かを予感させる空気に、喉がゴクリと鳴った。
「せ、せんせい……」
彼が薄く唇を開けたのを見て、私はギュッと目を瞑った。恋心を自覚してすぐにこんな展開が待っているなんて誰が想像しただろうか。
しかし、思っていた感触は、唇ではなく額に降りた。
「…………え?」
チュッと音をさせて離れていく熱に戸惑う。
「……あ、の、」
「……いや、すまん」
何に対しての謝罪なのか、分からない。でも期待を崩されたとは思わなかった。むしろ、顔を赤くして目を逸らすウールドリッジを見てしまうと何も言えなくなってしまう。そんな可愛い表情もできるのかと。
「いえ! 私こそ!」
「吉乃は謝る必要ないだろう」
「あ、えっと、それもそうですね!!」
「あははは」と笑って誤魔化すことしかできない。不発に終わったこの気まずい空気をどうしよう。
「もう! こんなこと他の人にはしちゃダメですよ! びっくりしちゃいますから!」
極度の緊張状態になると、どうやら私は饒舌になるらしい。でも自分が思考する前に言葉が口から出てしまうので、当然いらないことも言ってしまう。
「勘違いしちゃう人だっているんですから」
「……勘違い?」
「そうですよ、だからダメです」
「ほう、なるほど」
「な、なんですか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるウールドリッジに、私は嫌な予感がした。この顔をする時の彼は、相手を揶揄うポイントをみつけた時だ。
「いや? なんでもないが?」
「絶対嘘じゃないですか」
「俺は何も言っていない」
「表情がもう言ってます」
これは追求したら墓穴を掘ると思って黙ることにした。すると彼はその姿の私でも面白いのか、ずっと見てくる。
「揶揄いすぎたか?」
「気づきました?」
ジロリと睨め付けても、ウールドリッジはちっとも気にしていない様子だ。
「だが、自惚れては欲しい」
「え?」
「俺は簡単に贈り物をする男じゃないからな。こいつを貰うくらいは好かれているということだ」
ツンツンと指で弾かれる髪飾りに、私は「あ、」と声が漏れる。そしてじんわりと広がる温かさと共に、コクリと頷く。
「それくらいは分かってます」
「なら、いい」
額のキスの意味は謎のままにした方が良いのかもしれない。彼の本心を知りたいがために空回るより、今この喜びを素直に受け入れようと、そう思った。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマに追加、評価を頂けたら嬉しいです。
よろしくお願いします!




