やっぱり敵わない
(でも、お母さんの封印するってどうやるのかしら……?)
この性格は生来のものだろうし、そもそもお世話焼きという自覚もなかった私は、限定的にしないというものが難しかった。
「でも、やってみなくちゃ」
上手く出来るかは不安だし、どう思われるかも分からない。それでも、私は実行することにした。
まず、おもてなしを最小にしたり、口煩いことは言わない尋ねない。自分で考えうる限りのお世話をやめてみる。
そんな日が一週間は続けてみて、私は肩で息をしていた。
(む、難しいわ……!)
そう、私に世話を焼かないという行動は逆にフラストレーションが溜まることが判明したのだ。
(自分の性格が嫌になる……)
一人の女性として意識してほしいがための行動が、逆に私を追い詰めていく。
(お世話がしたい……!!!)
こんなこと思うなんて頭がおかしい。ウールドリッジの少しズレたクラバットを直したいし、乱れた髪を直したい。ここ最近の彼は世話のし甲斐があることばかりだ。どうして決心してから少し抜けている部分を出してくるのだろうか。
どんどん上がっていくお世話メーターを必死で抑え込んでいても、私はストレスで爆発しそうだった。
「おい、吉乃」
背後からかけられた声にドキリと胸が跳ねる。堅いのに甘い、囁かれると心臓が持たない声の主に振り返る。
「ウールドリッジ先生……」
「ここにいたのか」
「ッ!!」
今日も完璧に見えるウールドリッジの頬と服には煤がついている。身嗜みには常に気を使っている彼には珍しい姿で、私はポケットに入れていたハンカチを取り出そうとして止める。
本当は今すぐにでも拭き取りたい。汚れた理由を聞きたいし、笑みを浮かべたい。
(だ、だめよ! ここは大人の女性らしくしないと!)
疼く体にギュッと力を入れて私は「どうしたんですか?」とぎこちない表情を浮かべる。
「……ランチを一緒にどうだ?」
(ランチ!!)
行きたい。とても行きたい。でも、至近距離にいれば私は何かとお世話をしてしまう。それでは、今までの努力は水の泡だ。
「えっと、きょ、今日はちょっと……」
遠回しに断れば、ウールドリッジはムッと顔をしかめて、私ににじり寄った。
「昨日もそう言ったな? 昨日だけじゃない。その前も。ここ一週間はずっとそうだ。なにがあった?」
「あう、その、あの……」
言い訳に使いたい種が、喉の奥で悩ましく蜷局を巻いている。
カツン、と靴底を鳴らす度に、私の体は後ずさる。が、その鬼ごっこは、すぐに終わった。背中に壁が当たったのだ。ウールドリッジは終着点を定め、私をそこに追い詰めていた。
「今日は明確な理由がないと去らないぞ」
「う、」
迫力のある美しい顔が近づいて、私の顔に熱が溜まる。このところ彼を避けていたせいか、免疫が落ちていた。
「で?」
「っ……ズルい、です」
「ほう? 一週間袖にされていた俺が?」
そう言われてしまって「うぅ」と唸ってしまった。
「何が狡いのか、この一週間の態度の理由と一緒に聞こうじゃないか」
「ひえ」
ウールドリッジが微笑む。それは老若男女が振りかえる程のものだが、今の私には恐怖だ。だって後ろに般若が見える。
「行くぞ」
「い、一応聞きますが拒否権は?」
「そんなものを聞き入れると思うか?」
「思いません……」
こうして逃さないと掴まれた手首を引き摺られて、昼休みの植物園へと入った。
「で?」
「で? とは?」
「ここ最近のお前の態度に決まっているだろう」
秘密基地のソファに横並びで座られている。一瞬でもこの場を去ろうと雰囲気を出しただけでも逃さないと言われているみたいで、私はジッと見つめてくる視線に、何度目になるか分からない「うぅ」と吐き出す。
何も言わない私に、ウールドリッジは大きな溜息をついているが、もう良いとは投げ出さないところを見ると、理由を聞くまでは引かないのだろう。
(それに、先生を不快にさせてまで貫くなんて出来ない)
そもそも、私の態度はウールドリッジに世話焼きと思われたくないからだ。それは一人の女生として意識して欲しいことが動機で、しかしそれによって彼に嫌な印象を持たれてしまえば元も子もない。
「……お、」
「お?」
「お母さんと、思われたくなくて……」
「は?」
ウールドリッジの間抜けな声に私はビクリと肩を跳ねさせる。やはり稚拙な理由だったと言ったことに後悔する。
「その、私すごく世話焼きだから……」
「否定はしない」
「うっ。それで、その……」
貴方にお母さんと思われたくない。
そんな事を口にしてしまえば、気持ちがバレてしまうのではないかと焦ったが、もう言い出してしまったことは仕方ない。言葉選びをひとつ間違えてしまえば、矛盾を指摘されてしまう。
「わた、し。今までの恋人から、母親みたいで萎えるとフラレてきて……。それが、いやで……。せ、先生を不快にさせたかったわけじゃないんです……」
少しの沈黙に耐えきれなくなって、私はギュッと瞑っていた目を薄っすらと開けて、恐る恐るウールドリッジを見た。
「そうか。俺に愛想を尽かしたわけではないんだな?」
「そんなことありえません! 先生はカッコよくて、努力家で、少し意地悪なところもありますけど優しいし……」
誤解を懸命に解かすためにウールドリッジの良いところを挙げ連ねる。
「あぁ、もういい。腹がいっぱいだ」
「まだご飯食べてませんよ?」
「そういうことではない」
テーブルの上に置かれたサンドイッチを見て首を傾げた私に、彼は「なんだ」と小さく呟く。
「それで、俺はその過去の男たちと同じだと?」
急に棘がある言い方になり、その棘に胸を刺される。
「だ、だって……」
「言っておくが、俺の母親は吉乃みたいに優しくない」
「え?」
「お前を母親みたいだと振った男たちは、総じて母親が恋しくて泣くだろうな」
「どれだけ厳しいんですか?」
「あれは相当なスパルタだ」
思い出すだけで嫌なのか、げんなりとした様子のウールドリッジは「だから」と私を見つめる。
「優しいママに甘ったれたマザコン男と、俺を同列にするな」
本気で不快だと顔に書いてあるウールドリッジに私は反省した。よくよく考えれば、彼が過去の恋人たちと同じだと思ったことが間違いだったのだ。
(この人は、人の良いところを見つけるのが得意だった)
それがウィークポイントだ思い込んでいた私と反対の見方をしてくれるから、私は彼を好きになったのだった。
「それで? 俺を見てなんとも思わないか?」
「へっ!?」
どういう意味だろうかと焦ったけれど、彼は煤で汚れた頬を指さす。
「最近お前の気を引こうとしていたんだが?」
「ッ!! ずっと気付いてたんですか?!」
「当たり前だろう」
「あぁ! もう!! お世話させてください!!」
ここのところ彼の身だしなみが少しだけ乱れていたのは、私の反応を見ていたのだと気付いたら、もう我慢できなかった。ポケットからハンカチを取り出して、煤を拭うと綺麗になった頬にスッキリした。
「ずっと気になってたんです! そういうのやめてください!」
「お前が俺を避けるのが悪い」
「そうですけど!」
服の埃もササッと払えば、ウールドリッジは満足げだった。私はそれまで我慢していたお世話を気の済むまでやる。
「ネクタイも緩んでいるし、ハンカチは角が揃っていないし! ほら、ココも! ココもです!」
いつでも完璧な彼だからこそ、その乱れは私の注意を引いた。最後に束から迷子になっていた髪の房を整え終えると、そのまま手を取られる。
「お前の好みになったか?」
紫の瞳が柔らかく細くなって、私は観念して「もう」と呟いた。
「とっても素敵ですよ」
「なら良い」
手の平を親指で撫でられた私は高鳴りの中に安心感も滲んで、手袋越しに触れる熱に、私の熱も伝わっていてほしいと思った。
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