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魔法の夜


 赤くなったウールドリッジの顔を見たい私と、見せたくない彼の攻防は少しして落ち着いた。彼の咳払いがきっかけだ。


「それでだな、今夜呼び出したのは……」

(あ、そうだった)

「忘れていたという顔だな」

「先生の赤面のインパクトでつい」

「忘れろ」


 ここで言い返しては話が進まない。私は諦めて彼の話を聞くことにした。


「……昼間、魔法を使いたいと言っていただろう」

「言いましたね……」


 急に工房での一幕を思い出させられて、私の心はシュンと萎む。わざわざ蒸し返すことないのに。


「魔法を使える、と言ったらどうする?」

「え?」

「と言っても、擬似的な体験になるが」


 擬似的という具体的には想像が困難な状態だが、もし使えるのだとしたら、それは私にとって夢のような体験でしかない。胸に広がる高揚に年甲斐もなく前のめりになる。


「た、体験してみたいです……!」

「はは、素直だな」

「だって……!」


 まるで子供に戻ったように、私は湧き立つ好奇心を抑えることが困難になってきた。脳内を過る幼い頃の憧れ、そしてこの世界に来てからの羨望。魔法とは未知の世界であり、誰もが一度は夢を見るものだ。


「落ち着け。時間はある。……こっちへ来い」

「は、はい」


 しかし、いざ魔法が使えるとなると、少しだけ恐怖もあった。それは真帆のことだ。彼女は膨大な魔力を有しているせいかコントロールが利かないことが多い。それに巻き込まれたことがある私は、その力の恐ろしさも知っている。


 私の手を取ったウールドリッジとソファから立ち上がる。そうして彼の杖を持たされた。滑らかな手触りだが、グリップのところがより滑りやすい。それはウールドリッジが使い込んでいる証で。途端に、彼と共にした杖との時間の長さを思い馳せ、目を細めてしまう。


「しっかり持ったな?」

「は、はい!」


 杖を落とさないように持つと緊張がピークに達した。これから何が起こるのか不明瞭な少し先の未来に鼓動の強さは力強くなっていく。

 すると、杖を持つ手に添えられた黒い皮の手袋が見えた。ウールドリッジの大きな手に、私の手が包みこまれている。


「落ち着け。そんなに緊張しなくても大丈夫だ」


 低くくて安心する声は、私の緊張をほぐそうと優しく耳元で囁く。そして逞しい腕が私の腹部へ周って抱きしめられる形になった。背中がピッタリと彼の胸へくっつき、スーツとは違う柔らかな感触にドキリとしてしまう。


「安心しろ。俺の魔力が暴走することなんて有り得ない」


 キュッと抱きしめられる腕に力を込められ、それは息と共に不安を外へと押し出す。


(そうだ、この人がいれば大丈夫)


 彼の胸が上下するタイミングに合わせて呼吸をすると力が抜けた。


「俺の言葉に続け。いいな?」

「はい」


 安心と高揚が合わさった心は、体の力を抜かせて、ウールドリッジの言葉に集中出来る。


「――星屑よ集え。光を成し、その姿を見せろ」

「ほ、星屑よ集え。光を成し、その姿を見せろ」

「――モナーク・アポストル――」

「モナーク・アポストル――」


 ウールドリッジの呪文に続き、動きに合わせて小さく杖を振れば、杖の先から光が溢れた。そして溢れた力は雫のように零れ、それは重力がないように舞い上がる。


「わ、わあ……!」


 目に映るのは、部屋に溢れる大きな青い蝶たち。その中には赤紫色の小さな蝶も混ざっている。


「使い魔を呼び出す魔法だ」

「綺麗……」


 星の光を浴びてその輝きを増す蝶たちは、ダンスを踊るように部屋を自由に飛び回る。


(魔法なのは知っていたけど、先生の使い魔だったのね)


 ヒラヒラと翻る花弁のような蝶たちを、私は夢中で眺めた。


「それで、感想は?」

「……夢みたいです……」

「それは良かった」


 ウールドリッジの力を借りたので、私自身の魔法ではないけど、この感動はずっと忘れないと確信が持てる。星空を背に羽ばたく蝶たち。軽いはずの杖の重さ。そして重ねられた手の温もり。


「ウールドリッジ先生、ありがとうございます」

「吉乃が楽しめたなら、俺も言うことはない」

「本当に、綺麗……。現実とは思えない」


 魔法師たちはいつもこんな感動の中にいるのだ。日常で慣れてしまうのかもしれないが、初めて魔法を使えた時の感情は心に残り続けているはずで。それには、このウールドリッジも含まれていると思うと、私の心は暖かくなって。同じ感情の中に入れたのだと、嬉しくなった。


「また使いたくなったら言え。おまえのためなら、いつでも魔法をつかってやる」


 顔だけ振り向けば、彼は微笑んでいた。その瞳は柔らかく、この美しい光景の中で一番に輝いていて。 


(どうしよう)


 先程の赤面を見た時とは違う。私を見つめる微笑みは初めてではないのに、それなのに目を離せない。

 寄せては返す穏やかな波が砂浜の色を変えるように、私の感情は彼へと吸い込まれていく。染み込んでいく生ぬるさと心地よさ。


(私……)


 本当はどこかで気付いていた。でも気の所為だと思っていた。その方が楽だったから。でも、もう彼を見つめるように目が離せない。


(私、ウールドリッジ先生が好き――)


 もう、誤魔化せない。

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