表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/52

Rain


 いつからだっただろう。彼女から目が離せなくなったのは。


 今日、本当は吉乃を誘って街へ来るはずだった。用事は特になかったが、あまり学園から出ない彼女の良い気分転換になると思ったからだ。だが、その計画は吉乃からシライシたちと杖の工房に行くことで予定変更になった。別に、どうしても今日が良いというわけでもなかったが、ついてきてしまった。

 下りた街を珍しそうにきょろきょろとする様子は、好奇心で目を輝かせる子供みたいで、それに笑いが零れそうになったのは秘密だ。


 滝沢吉乃という女は不思議な人間で、今まで見てきた人間となんら変わりない存在だったが、一緒に過ごす内に、その存在感は大きくなっていた。どこが好ましいかと言われれば言語化は難しい。ただ、笑っていたら見ていたいし、涙を流していたら守りたいと思う。


『ウールドリッジ先生。ヨシノさんって飾り気がないと思いません?』


 さきほど立ち寄ったブレア商会で囁きかけてきたマーガレット・ブレアに、俺は眉を顰めた。それがどうしたと思ったのだ。


『ヨシノさん、職業柄アクセサリーを付けなかったみたいですけど、今はその心配はないですよね?』

『なにが言いたい?』


 ブレアはニヤニヤと目を細めながら、なにかを企んでいる様子だった。


『私的には、もう少し女性を楽しんでほしいなって』


 視線の先には吉乃が興味深そうに商人の話を聞いている。目の前には銀細工のアクセサリーのようだった。そうだ、女性は宝飾品が好きだったな。


『ブレア』

『は〜い?』


 商品を見つめている吉乃の横顔は思わず魅入ってしまう。


『宝飾品を見せろ』

『まいどありがとうございます〜』


さすが商家の娘だ。商機は逃さない。俺はブレアに唆されることにした。


 そして胸内ポケットに入っている小箱をいつ渡そうかまごついていたらもう帰路につく時間になってしまった。

 さきほどのカフェで言った通り、ブレアとシライシと別れた後、吉乃と俺は過剰摂取カロリー分、歩いて帰ることにした。まあ、これは計画通りだった。吉乃は大人なので、思慮深く意思もしっかり持っている。だが、理論的に畳み掛けると頷いてしまう弱点があった。


(悪人のようだって? 俺は意地が悪いらしいから範疇内だ)


 身長差があるため吉乃の表情は分からない。見えるのはつむじくらいで、しかし飽きずに見ていられる。おかしな話だ、たかがつむじなのに少し愛らしいと思えてしまう。変態か。


「あ、」


 吉乃がなにかに気付いたように呟く。また何か見つけたのだろうか。彼女は俺にとって当たり前の物を珍しいらしく、しかしその着眼点は中々のもので新鮮に感じることが多い。今回もそうなのだろうと思っていたのだが、ポツリと肌に当たった冷たいものに、彼女の言いたいことが分かった。


「先生、雨が降ってきましたよ」

「あぁ、そのようだな」


 細やかな雨粒だ。どうせすぐ止むと予測していたのだが、次の瞬間には強風と共にバケツをひっくり返したような雨に見舞われた。夕立だ。


「せ、先生! あそこで雨宿りしましょう!!」

「急ぐな。転ぶぞ」


 大した効力もないのに手で傘を作ってクローズしている店のパティオパラソルに逃げ込む。服は濡れて台無しだ。この服は気に入っていたが、帰宅したらクリーニング行きだなと諦念の息を吐く。


「止みませんね」

「まだ降ってきたばかりだ。時間がかかるだろうな」


 吉乃の髪は濡れてぺたんとボリュームを失くしている。乱れたこめかみの髪が頬に貼り付いて、それが少し色っぽく見えるのは俺が不埒な目で彼女を見ているせいだろう。そしてちょっとしたからかいを思いついて、俺は彼女の頬に触れて髪をどかした。途端、飛び退きそうなほど体を揺らした吉乃がバッとこちらに顔を向ける。


「髪が貼り付いていたから除けただけだ」

「あ、あぁそうなんですね……! ごめんなさいびっくりして」

「いや? 俺の方こそ声をかけるべきだったな」


 顔を赤らめた吉乃はどうすれば良いのか分からないみたいだ。表情を読み取らせないようにしているが、その仕草は効力を持たない。可愛らしいものだと思っていると、彼女の肩口に目が行く。


(透けている)


 今日の彼女はシャツワンピースだったせいか、雨の浸透が早かったようで、下着の線がくっきりと浮かんでいた。これは胸部の方も濡れている可能性が高いと踏んだ俺は、来ていた上着を吉乃に差し出す。


「これを着ておけ」

「大丈夫です、寒くないし」

「通報されても知らんぞ」

「通報? ……っあ!?」


 吉乃は自分の胸元に視線を下ろしてようやく自分の状態を把握したのか、顔から火が出るのではと疑念が浮かぶほど真っ赤になった。そして差し出した上着をそそくさと肩にかけた。


(素直に厚意を受け取っておけば良いものを……)


 普通の女性なら喜んで受け取るだろうに、慎み深いのも考えものだと小さく息をつく。それが聞こえたのか、吉乃は「気をつけます」と呟いたが、欲しい言葉はそれではない。


「謝罪はいらん」

「えっと、ありがとうございます」


 小さく微笑んで、それの言葉が聞きたかったと頷く。吉乃からは謝罪より感謝されたい。こう言うと傲慢だが、あいにく俺はそのとおりだ。


 フン、と鼻を鳴らして空を見ていると、街灯が目に入った。吉乃も同じだったのか「もう少しで点きますね」と言った。現在の時刻は十六時だ。十七時から点灯する灯りは、まだその姿を見せないのだが。


 パチパチ


「あら? 電池切れですかね?」


 電球の中心が火花ように散った。街灯の光源は魔石で出来ている。魔石はグレードの低いものは宿っている魔力も、その魔力の許容量も微々たるものだ。だから使い捨てる人間が多い。しかしインフラで使用されるものは高グレード。切れることは殆どないはず。


「こういうこともあるですね」

「………………」


 僅かに違和感を感じる。だが、すぐに着手する現象ではないだろうと結論付けて、視線を逸らした。



「……雨、止みませんねぇ」

「そうだな」


 ここでネタばらしだが、俺は雨だろうと槍だろうと防ぐことが出来る。なにせ防御魔法の教員だ。そうでなくても、魔法師なら朝飯前というもの。対象物の周りに魔法を張れば良いだけなのだから。

 なのに、行動に移さないのは、ひとえに吉乃と細やかな時間も共にしたいからだ。ティーンのような考え方で青臭いと思うだろうが、誰かに好意を抱くとはこういうものだ。自分で言ってて愚かだと思った。そう思っていたら隣から「あ!」となにかに気付いたような声が発せられる。


「先生小雨になってきました!」


 空を見れば、灰色の雨雲の隙間から陽の光が差し込んでいた。夕立の終わりは呆気ない。熱された煉瓦の匂いが無重力を得たように辺りに漂っている。水たまりは靴が汚れるだろう。これ以上のクリーニングは面倒だ。


「これで帰れますね」

「そうだな……じゃあ……」

「さあ行きましょう!」

「は?」


 魔法を張ろうとした時、手を掴まれて外へと引っ張られる。俺の「おい!」と静止する言葉も聞かずに、彼女が進む先の景色が近づいてくる。


「まだ降ってるぞ!」

「これくらいなら大丈夫ですよ!」


 華奢な手に、太い手首が掴まれる。どこにそんな力があるのか、それとも俺が振り払うことが出来ないのか。それはどちらでもあって、吉乃の少し冷えた体温が、湿気た不快な空気には気持ちが良くて。


「先生、見てください。虹がかかってますよ」


 彼女の一言に太陽の方を見れば、確かに七色の橋がかかっていた。随分とくっきりとした虹彩だ。


「虹の麓には宝物があるって聞いたことがあります」

「宝か?」

「はい。なんでも自分にとって大事なものらしいです」

「そうか……」


 こちらに満面の笑みを向ける彼女の後ろには虹がかかっている。それは切れ目の位置。そうして、それが自身にとっての麓であり、その麓にいる者を見て、目を細めた。

 もう、水溜りで汚れた靴なんて気にならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ