お忘れですか?このふたり28歳なんです。
杖を受け取った私たちは、街のカフェで休憩することにした。なにせ、ブレア商会や工房、待ち時間で散策したおかげで足が棒のようになっていたからだ。
やってきたのは最近流行りのカフェ。ピンクと白を基調とした店内は若い女の子達で賑わっている。売りはカラフルなケーキたちで、エメラルド色のホイップや、蛍光ピンクのアイシングなど、幼い少女たちの夢を詰め込んだような色合いだ。これには大人になった私だって興奮してしまう。
「可愛い~!」
「味も絶品みたいよ」
流行に聡いマーガレットの情報は常に女の子の琴線に触れるものばかりだ。私たちはショーケースの中に陳列されたケーキを眺めて、案内されたテーブルに着席すると、すぐに注文した。
「あたしは、チョコミントケーキとオレンジジュースお願いします!」
「どうしよっかな……あ、木苺のタルトと紅茶で」
「コーヒー」
「え? 先生ケーキ食べないんですか?」
「おまえたちで食べろ」
真帆もマーガレットもウールドリッジもさっさとオーダーを決めてしまって焦る。私はまだ目移りして決めかねているのに。
(ラズベリーとチョコレートのノワール可愛い。でもやっぱり定番のガトー・オ・フレーズも……! あ、レモンケーキもある!)
どれも美味しそうで可愛くて。候補は絞ってもそこから決められない。眉間に力を入れていたせいで険しい顔をしていたのだろうか、三人とスタッフの視線を感じる。あぁ早く決めなくては。
「どれで迷っている?」
「え? あ、このノワールとフレーズと、レモン……です」
「随分あるな」
「すいません」
縮こまっていく私。いい大人がケーキでこんなにも迷っているなんて子供っぽい。
しかし凹んでいる私の予想とは違い、メニューにスッと長い指が視界に登場した。
「フレーズとノワールを頼む。飲み物はどうする?」
「え? え?」
「飲み物だ」
「こ、紅茶で」
「かしこまりました~!」と明るい声でオーダーを取り去っていったスタッフにお礼を言う余裕もなく、隣に座るウールドリッジに顔を向けた。
「な、なんで……?」
「食べたかったんだろ?」
「そうですけど。でも先生が頼むことなかったのに」
あまりにも決断が遅いから痺れを切らしたのかもしれない。そんなことを考えて顔が真っ青になっていくのに、彼はあっけらかんと私の不安を取り去っていく。
「好きなものを我慢することはない」
「でも」
「過剰な摂取カロリーの分は運動すればいい」
「なんでそういう話になるんですか!」
もしかして私がカロリーを気にして迷っていると思ったのだろうか。一概に無いとは言えないけど……でもそこじゃない。
「過剰分は学園まで一緒に徒歩で帰ってやろう」
(また憎まれ口叩くんだから!)
「もう良いです」と視線を逸らせると、目の間に座っている真帆とマーガレットが肘杖をついて私たちを見ている。
「あ、退屈させちゃった?」
二人を置いておいてウールドリッジと話してしまったから、つまらなかったかもしれない。でも真帆たちは顔を見合わせるとニッコリと口角を上げた。
「ぜーんぜん」
「とっても楽しいわ」
「そ、そう? なら、良いんだけど……」
私とウールドリッジが話している間に二人で会話に花を咲かせてたんだろうか? それにしては静かだったけど。
「おまたせしました~」
「あ! ケーキ!」
「早速いただきましょ」
各々の前に置かれていくケーキたちはどれも美味しそうで。私の目の前に置かれたフレーズを彩るピンク色のホイップは柔らかそうで、どこか桜を思い起こさせる。そしてウールドリッジの前に置かれたノワール。チョコレートの艶と散らされた金粉が美しく、濃厚なチョコレートの香りが漂う。
「どれも美味しそう」
マーガレットたちは飲み物を一口含んで喉を潤すと、早々にケーキを頬張り始めた。私はというと、目の前に並んだ二つのケーキを交互に見つめてどうするか悩む。
(本当に二つ食べて良いのかしら?)
フォークを持ったは良いが、おろおろとしてチラリとウールドリッジを見れば、彼は私をジッと眺めている。
「な、なんですか?」
「食べないのか?」
「本当に食べちゃいますよ?」
「だから良いと言っている」
うぅと唸って私は腹を括った。注文してしまった以上料金は発生するし、残すなんてそんなこと出来ない。
(いざ!!)
ゴクリと喉を鳴らしてフォークでノワールケーキの欠片をすくい上げ、パクリと一口。途端に広がるチョコレートの甘さとバタークリームの濃厚さ、そしてラズベリーの甘酸っぱさに「う~ん」と顔が緩まってしまう。
「すごく美味しいです」
「フッ、幸せそうに食べるな」
まるで珍獣にでも見えてるんだろうなと思っていたのに、彼の声はとても穏やかでドキリとした。
「だって、とても美味しいんです。先生も食べますか?」
「俺はいい」
「そんなこと言わずに」
「自分の罪悪感を背負わせようとするな」
「さっき過剰分は一緒に歩いて消化してくれるって言いましたよね? だったら食べないと損です」
グイグイとフォークに刺さったケーキをウールドリッジに押し付ければ、彼は鬱陶しそうにしていた顔をこちらに向けた。
「わかったから、そう押し付けるな。服が汚れる」
渋々といった風にフォークに口をつけるためにウールドリッジの端正な顔が近づいてくる。嫌そうに眉毛を歪めながら、カロリーから目を背けるように目を伏せ、その密度のある睫毛は長い影を落とす。
「これでいいか?」
チョコレートがついた唇を拭う仕草一つすら優雅で。私は満足になって食事を続けようと、ケーキのなくなったフォークを見てハッとした。
(これって、あーんってしちゃった?)
子供たちに食事の補助をすることに慣れていたせいで、無意識にやってしまったことに気付いて、カアっと顔が赤くなる。こんな絶世の美男になんてことをしてしまったのか。
(こんな混雑している店だもの、誰も気に留めてないよね?)
流石に恥ずかしすぎると、周りを見たら想像は大外れ。私たちは店内中の視線を集めていた。
(いい大人同士が、あーん、なんて気持ち悪かったわよね? あぁごめんなさい)
お嬢さんたちの優雅なティータイムを邪魔してしまって、私はカフェから逃げ出したくなったけど、引き止めるのは残されたケーキたちで。
(き、気付いてないふりしよう)
しかし、店内中に気付かれてしまったのだ。それはもちろん目の前の二人だって同じで。
「真帆ちゃん? マーガレットちゃん? 大丈夫?」
二人はあんぐりと口を開けていて同時に締めると顔を見合わせる。
「大丈夫だよ~?」
「そうそう、続きをどうぞ?」
からかっているのが目に見えて明らかで、私は「もう!」と怒った。唯一の味方だと思っていたのに、続きを促してくるなんて。
「なんだ? もう食べさせてはくれないのか?」
「た、食べさせません! 自分で食べてください!」
「そうか。それは残念だな」
「なにが残念なんですか!?」
彼は私をからかうことを生きがいにでもしているんだろうか。もうこちらは心臓が持たないほど混乱していてキャパオーバーだ。
「摂取カロリーが気になるなら、いつでも食べてやるぞ?」
「いいえ! 大丈夫です!」
私は「フン!」とそっぽを向いて、ニヤニヤと意地悪く笑うウールドリッジから逃げるようにケーキを食べ進めた。もう彼と一緒にケーキを食べに来るのはお断りだ。
しかし、やはり歳のせいか後半にはお腹がいっぱいになり、私は恥を忍んでウールドリッジの口へとフォークを進めるはめになるのだった。




