もし、私が魔法使いなら
真帆ちゃんたちに合流した私たちは杖を受け取りに店へやって来た。扉を開ければ、晴天の光を吸い込むんだように薄暗い店内に舞う埃がキラキラと光っている。数時間前に来たというのに、やっぱりどこか浮世離れしていて不思議な空間だ。
「こんにちは」
真帆が店内に響く挨拶をすれば、工房から顔を出したロジーが「はいはい」と笑顔でやってきた。
「もう出来てるわよ」
「やったあ!」
自分の杖の完成を待ちきれないと言わんばかりに輝く表情に、ロジーはクスクスと笑った。
「持ってくるわね」
そう言って、ロジーはカウンター裏のシェルフに置いていた木材の一箱を取る。長方形の箱は白く磨かれ手触りが良さそうだ。
「さあ、これが貴方の杖よ」
ロジーが、真帆へそっと箱の中身を見せた。
まるで精巧に作られた一級品の楽器のように不思議な美しさを放つ杖に「わぁ」と真帆から感銘の溜息が漏れ出る。
「触ってもいいですか?」
「もちろん。貴方の杖だもの」
真帆はそっと杖に手を伸ばし、しばし時を忘れて眺める。するとロジーが「魔力を込めてみて」と言い、真帆は戸惑いながら杖に魔力を流した。
アリアーヌから出来た白い杖は魔力を流すと、散りばめられた魔石に光が宿り、若葉の色をしたそれは先端にたどり着くと、花が咲くように魔力の粒子がふわりと光の軌跡を描く。
「凄く、キレイ……」
「あぁ。上出来だな」
私の小さな声に、隣にいたウールドリッジは満足げに囁いた。
「真帆ちゃん、これで魔法を怖がらなくなりますか?」
「それはシライシ次第だが。……いや、きっと上手くいくだろう」
思い出すのは、魔法が怖いと泣いていた彼女。でも自分で杖の素材を探し求めた時点で、きっと克服しているとは思う。それでも心配してしまうのは私の性で、そして否定せずに隣に立って大丈夫だと言ってくれるのがウールドリッジだ。
彼の言葉は、誰よりも何よりも不思議と私の中にスッと入ってくる。この人が言うのだから大丈夫だと思わせてくれる。
「見ろ、シライシの顔を」
「あ……」
真帆の表情は見たことないものだった。嬉しさよりも感激よりも、もっと底にある感情が現れている。
「あれは魔法使いとして実感と覚悟をした表情だ。杖を持った者は似たような顔をする。ただひとつ、自分だけの相棒を持ったようなものだからな」
「なるほど……」
「これからは、あの杖を振る度に責任が伴う。その重さを感じているんだろう」
ウールドリッジに言われると、確かに真帆の顔の表現にしっくりとくる。真帆は杖を愛おしそうに指で撫でている。まるで杖に挨拶をしているみたいだ。
「杖はどうだい?」
「あ、」
工房からやって来たアダムは汚れた手を拭いながら店内へやってきた。先程より疲れを滲ませながらも達成感に溢れているのは、真帆の杖を丹念に作り終えたからだろう。アダムにとって真帆の杖は傑作と言っても良い出来栄えなのかもしれない。
しかし、そんなアダムに挨拶もせず彼をぼんやりと見つめている真帆に、マーガレットが不思議に思って声をかけた。
「マホ? どうしたの?」
マーガレットの声にハッとした真帆は「ありがとうございます」とお礼を言う。そして。
「この杖を、ずっと――ううん。一生、大事にします」
窓から入る日差しが瞳を更に美しく輝かせ、少しの緊張と高揚が混じり合った声色。真帆の決意を宿した言葉にアダムは「そいつは良かった」と頷いた。
「その杖はワシの傑作と言っても過言ではない。だが、気に入ってもらえたらこれ以上の幸福はないよ」
真帆の真摯な瞳に頬をほころばせるアダムは、幸せそうに言った。二人の間に流れるやり取りを見ていた私は安堵と共に顔が曇る。
「どうした?」
私が纏う空気の変化を察したのか、ウールドリッジは窺うような声色で囁く。
「いえ、ただ……」
「ただ?」
思ったことをオブラートに包ませずに言っても良いのだろうかと躊躇うが、彼の表情が無言の圧力をかけてくる。これは言わないと離してもらえないやつだ。
「——羨ましいなと」
「羨ましい?」
「はい。魔法が使えることが羨ましいです。魔力を持たない私が魔法を使うことなんて一生出来ませんから……」
「それは、そうだな」
こんなこと言葉にしたって虚しいだけだ。でも近くで魔法使いの楽しさや感動を見る度、私はみっともなく羨ましさを感じてしまう。
「私には、魔法を使えた瞬間に湧き上がる感情を知ることはないんだなって」
心の声を吐き出したのに、スッキリはしない。むしろ言葉にしてしまったことで虚しさを感じてしまった。けれど暴いたくせにウールドリッジは「そうか」と呟き、そして「どんな魔法を使ってみたいんだ?」と問いかけてきた。私は少し考えて。
「――わかりません。使えた時の感情を知りたいです」
魔法を使えた時、どんな気持ちなんだろうと想像するけれど、でもそれは結局私には手に入れることのできない夢だ。考えるだけ無駄なことなのだと知っている。
「先生」
「なんだ?」
彼に他意はないのだろうけど、少しだけ傷ついたのは事実で。でもそれを口に出せるほど私は素直ではないから。
「あまり意地悪を言わないでください」
諦念を笑顔で抑え込んだ。
夏の間ですが、私生活が多忙になりますので、「聖女の付き添いですが、恋をしてもよろしいでしょうか?」は更新一時停滞します




