だから夫婦じゃないです!!
魔法の杖が完成するまで街を散策することにした私たちがやってきたのは、魔法を取り扱った店が並ぶ通りだった。
「わあ! これ全部魔法の店ですか?」
「あぁ、そうだ。必要なものは大体ここで調達する」
石畳の地面に煉瓦造の店は外国の景色で、日本育ちの私には魔法がかかっているように見える。見ているだけでワクワクする光景は何もかもが新鮮で。
こんなじっくり堪能出来る時間は中々ない。私は店先のディスプレイを興味津々に覗き込む。
「そんなに珍しいか?」
「はい。まるでおとぎ話のようです」
「吉乃の世界では違うのか?」
ウールドリッジが問いかけてきた。最近の彼は私の世界に興味が出てきたのか、よく質問してくる。
「世界っていうか、私の国ですね。今は鉄筋とか泥を固めたコンクリートと木材が多いですよ。地震の多い国ですから、煉瓦造は危険ですね」
「そうか。こちらは地震がないからな。自然は少ないか?」
「都市によりますけど、田舎は今でも自然豊かですよ」
「なるほど」
自分の世界に興味を抱いてくれていることが嬉しくて、私が「ふふ」と笑えば、彼は首を傾げる。なにがそんなに面白いのかと言いたげだ。
「私の国の話を知りたいと思ってくれるのが嬉しくて」
「まあ、吉乃の国のことだからな。知っておきたい」
「え……」
ウールドリッジの返答に私はドキリと心臓が跳ねる。ただの知識欲だと思っていたのに。
「ま、また冗談を……」
「なぜ冗談だと思う?」
「えっ、だって……」
言葉が吃ってその次が形にならない。だって、そんなこと言われてしまっては、まるで彼が――。
(そんなことあるわけない)
浮かんだ思い上がりを霧散させて、ふと目についた店に「あれ?」と呟く。視線の先には、いつか訪れた古書店がひっそりと建っていた。
(そういえば、古書通りもこの辺だったっけ)
魔法通りと古書通りは石造りの小さなトンネルの先と隣接していたようだ。
私の視線の先に気付いたウールドリッジは「あの店が気になるのか?」と聞いてきた。
「あ、来たことがあって」
「行ってみるか? 丁度、俺も探している本がある」
「そうなんですか? それじゃあ行きましょう」
カランと小さく鳴ったウェルカムベルが私たちを迎え入れてくれた。以前来店した時と同じように静かな空間に古い本が並んでおり、独特の雰囲気に感銘の溜息が小さく出る。ここは不思議な居心地の良さがある。
カウンターを見れば、この間の店主がひっそりと本を読みながら座っていて、私は店主のところまでまっすぐ向かった。
「こんにちは」
挨拶をすれば、本から視線を上げた店主が丸メガネをカチャリと上げて「おやおや」と口ひげを動かした。
「いつかのお嬢さんじゃないか」
「その節はありがとうございました」
「はは、いいんだよ。出せたのは飴玉ひとつだ」
上品に微笑んだ店主に、私も同じ表情をした。あの時の蜂蜜味の飴玉はどこか懐かしく優しい味がした。頭痛が酷い時にもらった厚意は忘れられない。
「いいえ、そんなことありません。あの時の私には本当に嬉しかったので」
「それは良かった。……それで、前に所望していた本は見つかったかい?」
異世界への本を見つけるなんて無謀なことだと理解した私は、店主の質問に頭を振る。
「そうかい。役に立てなくて申し訳ないね」
「とんでもないです。今日は他の本も見てみますね」
「なにかあったら声をかけてくれ」
「はい」
挨拶を終えた私は書庫に並んだ背表紙を流し見る。なにか私でも理解できる本はないだろうかと思っていると。
(そういえば先生は?)
すっかり忘れていた存在に私はハッとする。ほっとくなんて申し訳ないことをした。
きょろきょろと辺りを見回して別の棚へと顔を出せば――。
(あ、いた)
高い場所にある本でも取れてしまう長身は脚立いらずだ。その彼は気になった本があったのか、ページを開いてジッと読み込んでいる。吟味している瞳は強い眼差しで文字を追っていた。その真剣な表情に声をかけるのを躊躇う。
(あんなに探してるんだもの、邪魔しちゃ悪いわね)
そう思うのに、彼から目を離せない。少し伏し目がちな紫の瞳は長い睫毛が影をつくり、その色を深めている。本を支える大きな手には相変わらず手袋で覆われているが、それがとても色っぽく見えて。
彼を見ると、触れた場所や見つめられた瞬間を思い出してむず痒くなった。
(私、なんでこんな気持ちに……)
元の世界では、恋人に世話を焼きすぎて、母親みたいだ。と言われて別れを告げられることが多かった。過去を遡っても何の意味もないのに、その不安が心に嫌な陰りを落とす。
(先生には何も関係ないのに)
どうしてウールドリッジを見ていると過去の恋愛を思い出して怖くなるんだろう。
(なんで……?)
胸をモヤが支配されていく。でも、怖いのにウールドリッジからは目が離させない。見つめるほど不安になっていくのに。
その時、本に落とされていた瞳がゆっくりと私を見つめた。すると彼は小さく唇を動かす。
「どうした?」
その動作だけで、胸がドキリと大きく動いた。こちらを見る紫が引力を宿したように、私はススっと隣に立つ。
「な、なにかありましたか?」
「あぁ。ここは種類が豊富だ。中々のお目にかかれない物もあった」
「購入するんですか?」
「そうする」
「こんなに……?」
ウールドリッジの腕の中にあるのは数冊の本。だが、その厚みは中々のものだ。
「これでも熟考した結果だ」
「そうなんですか。先生は勉強家ですね」
「ふむ、勉強家か。本を読むことは知識を得る他に、作者の頭の中を覗き込むようなものだからな、勉強とは思ったことがない。他人の思考の末に出来上がったものを見るほど面白いことはないからな」
(せ、性格が悪い)
そういえば、この人はこういう人間だったというのを忘れていた。
「じゃあ、ウールドリッジ先生がいつか本を書いたら読みますね。先生の頭の中を覗き見します」
「おい、やめろ」
「恋愛小説でもなければ良いじゃないですか」
「……恋、か……」
「どうしました?」
(なんで私をジッと見つめるんだろう?)
でも彼の視界に入ってると思うと恥ずかしくなってきて、私は顔を逸らした。
「そ、それじゃあ、行きましょうか? そろそろ真帆ちゃんたちと合流もしないといけませんし!」
「――そうだな」
私とウールドリッジはカウンターへ向かう。あんなに分厚く重い本を難なく持つ彼の力に少しだけ驚いた。細身に見えて力があるのだ。そういえば私を抱きとめた時もよろめくこともなかった。あの時の胸の厚さと感触が頭の中で蘇り、耳殻に熱が集まってくる。
(もう、本当になんなの?)
制御不能な自分の心と体の現象に戸惑いながら、カウンターに向き合う彼の背中にギュッと目を瞑る。これ以上見ていたら、本当にどうにかなってしまいそうだ。
「はい、ありがとね」
「ここの店にある本は店主の好みか?」
「ん? まあ反映はされているだろうね」
「そうか、いい趣味をしている」
「はは、ありがとうね」
店談笑を始めたウールドリッジの背後にいた私に気付いた店主は「おや」と丸眼鏡をカチャリと音させた。
「君の連れだったのかい?」
「あ、はい」
「ほうほう、お似合いだね」
「おに……?!」
「夫婦かと思ったよ」
「ふ、夫婦じゃありません!」
今日はなんだかウールドリッジとの間柄を勘違いされる日なのだろうか? 本当は違うと否定したいのに言葉に詰まる。
「ははは、そう照れないで。彼女、とてもいい子でしょう?」
(な、なんてことを聞くの?!)
尋ねられたウールドリッジの表情を、私は見れない。けれど反応は気になって怖さと知りたさが競り合っている。
「――あぁ。興味深い対象だ。もっと知りたくなる」
(それって、どういう意味?)
もしかして、ウールドリッジが先程言った、頭の中を覗く興味心という意味だろうか。
(小説とか書いて無くてよかった)
ふう、と要らぬ心配に汗をかいていると会計が終わったらしい。店内の時計を見れば、そろそろ工房に向かっても良い頃合いだ。
「それじゃ、ありがとうございました」
「あぁ、お嬢さん待ってくれ」
まさか呼び止められると思っていなかった私は驚いた後に、また飴玉だろうかと振り向く。そうしたら店主が差し出したのは飴玉ではなく一冊の本だった。
表紙にはエプロンワンピースを着た金髪の女の子と白いウサギが描かれている。タイトルの縁は金箔で彩られているピンク色の薄い本だ。随分年季の入った物なのか色褪せている。
「これは?」
「絵本だよ。過去に存在したアリスという聖女の本さ」
「聖女?」
「聖女アリスは別世界から召喚されたされたと言われている。君の希望しているものじゃないが、なにか引っかかる物かもしれないと思ったね。取っておいたんだ」
手触りは生地が荒れてて、でも不思議と惹かれる。
「ありがとうございます!」
もしかしたら、ここに元の世界に戻る手がかかりがあるかもしれないと湧き立つ喜びに頬が上へと引っ張られる。
「あ、はいこれね。飴玉。二人で食べなさい」
「ふふ、この飴玉美味しくて好きです」
「それは良かった」
私は絵本を買うと大切に胸に抱いた。喜ぶ私の隣を歩くウールドリッジはなにかを考えているようで口数が少ない。
「どうしたんですか?」
「――帰りたいのか?」
「それは、そうですけど……」
「そうか」
(どうしたんだろ?)
「その本、読み終わったら貸してもらえるか?」
「絵本に興味があるんですか?」
「まあ、そういうことにしてくれ」
美麗な男が絵本を読んでいる姿を私は想像して、なんでも絵になるものだなあと思った。
そういえばエリカの時も絵本を読んでいあげていた。理想の父娘の姿がそこにあって、あの時の私は微笑ましく思っていたのに、そこには私に入ることが出来ない領域だったのだと考えると、今更少しだけ寂しい。
「さあ、真帆ちゃんたちのところへ行きましょう」
浮かんだ寂しさを、抱いた絵本で抑え込んで私は前を向いた。




