夫婦じゃないです!
やって来た杖の店に、私と真帆は感銘の声を上げた。
「すご〜い!」
「圧巻ね」
壁にかけられた杖の数々。数えるのも億劫になるほどに所蔵された杖たちは、持ち主を待っているように感じる。
「これ全部が魔法の杖?」
「そうだ。一般的には、ここの杖達を選ぶ」
「こんなにあると数日はかかりそうですね」
無限にありそうな杖の中から自分だけの相棒を見つけるのは骨が折れそうだが、そこに迷いはないらしい。
「あらまあ、ウールドリッジ先生じゃないですか」
「久しぶりだな。ロジー」
店の奥から顔を出した細身の老女はウールドリッジを見るなり「あらあらあら」と急いで出てきた。
「どうしたんです? なにか不具合でもありました?」
心配そうに眉を下げたロジーと呼ばれた女性だが、ウールドリッジが首を振ると安心したように胸を撫で下ろす。
「いつも通りだ。調子がいい」
「それは良かった」
(先生の杖も、ここで生まれたのね)
いつも彼が持っている杖の生まれ故郷だと思うと、心に温かいものが染み渡る。多分、ウールドリッジの一端を知れたからだろう。
「今日はどうしました? まさか……!」
ロジーは、ウールドリッジの隣にいた私を見て何かを察したように、大声が出てしまいそうな口を抑えるように手で覆う。
「ウールドリッジ先生! とうとうご結婚に?!」
「え?」
「素敵な女性じゃないですか! 先生の隣にいるのが当たり前のような方ですよ! あぁなんて素晴らしいことなんでしょう!!」
「あの、えっと」
「アダム! アダム! こっちへ来てちょうだい!! ウールドリッジ先生が奥様を連れて来てくださったわ!」
私とウールドリッジが夫婦だと勘違いしたロジーは喜びの喫驚を上げて店の奥へと引っ込んでしまった。
「……勘違いしてますけど、どうしましょう」
マシンガンのように言葉を並べていたロジーに否定の隙も与えられなかったことに呆然とする。勘違いさせたままで良いのかと隣にいるウールドリッジを見上げれば、彼と視線がかち合った。
「いっそ、夫婦にでもなるか?」
「な、なに言ってるんですか!!!!」
「冗談だ」
「もう!!」
からかわれているのは分かっているが、それでも言葉にされると不整脈に鼓動が乱高下する。
(ウールドリッジ先生が夫なんて……。そんなの……)
例えば……と、想像して顔に火がついたように熱くなった。
(いやいや! 先生は意地悪だし、プレイボーイだし! ……でも頼りになって、意外と優しくて……魔法使いとしても教師としても優秀で、容姿なんて国宝級だし……私なんて……)
「不釣り合いだわ……」と呟けば、ウールドリッジが「なにがだ?」と顔を覗き込んできて、私は心臓が飛び上がった。
「な、なんでもありません!!」
「なんでもない訳がないだろうが。今ここで自白魔法をかけてもいいんだぞ?」
「うぅ……。わ、私とウールドリッジ先生が夫婦なんて似合わないと……思って……」
尻すぼみになっていった最後の言葉が、ウールドリッジに聞こえるか分からなかった。むしろ聞こえなかった方が有難いのに、彼には聞き取れたらしい。
「なぜそう思う?」
「え? だって、先生は凄い人だから……」
「……吉乃には俺がそう見えているのか。いいことを聞いた」
「事実じゃないですか」
「否定はせん」
「ほらあ」
「ただ、俺はラベルで女性を選ぶ男じゃない」
「そんなの分かってます!」
「…………………絶対にわかってないな」
「はあ」と盛大な溜息を吐かれて私はムッとした。なにが分かっていないというのだろうか。一応、私だってウールドリッジのことは理解しているつもりなのに。
「ほらほら、早く早く!」
店の奥からやってきたロジーが連れ立ってきたのは、ロジーと同じくらいの齢である男性。あれがアダムだろう。
手を拭いながらやって来たアダムはウールドリッジの隣に立つ私を見て掛けていた丸メガネの奥の瞳を大きくした。
「なんと! ウールドリッジ先生の奥方ですか?」
アダムは何度もメガネを掛けたり外したりして、目の前の光景が事実であるかを確かめている。それを見たウールドリッジはニンマリと笑った。
「そうだ。妻の吉乃という」
「違いますっっっ!!」
(本当に意地悪!)
私の精一杯の否定に二人は見るからにがっかりしていた。
「ロジー、お前の早とちりじゃないか」
「だってアダム、あんなにもお似合いじゃない。勘違いもしちゃうわ」
「え、なんかごめんなさい?」
肩を落とした二人に何故か謝らないといけない気がした。そもそもからかうウールドリッジが悪いというのに。
「ジョークはこの辺にして。今日は生徒の杖を作りに来た」
「忘れられたかと思いました〜」
杖を見ていたはずの二人が笑顔でひょっこり現れた。一体どこから私たちの会話を聞いていたのか、あからさまにからかいの笑みを浮かべている。全方位から注目を浴びて外に飛び出したいくらいだ。
「ほうほう。ウールドリッジ先生の生徒さんですか。どうやら素材を持ってきてくれたようだ」
「はい。これが素材で、こっちの魔石を埋め込んで欲しくて」
真帆が恐る恐る杖の素材と、先程ブレア商会で購入した魔石を見せる。するとアダムは目を細めてしげしげと見つめ、感心したように「これは凄い!」と店に声を響かせる。
「アリアーヌじゃないか!」
「お前たち、そんな物を手に入れていたのか……」
感激しているアダムと呆れているウールドリッジの対象的な態度に、ただの木材にしか見えない私には、その理由がさっぱり分からない。
「アリアーヌは珍しい木だよ。見つかることは稀で、その木には神聖な力が宿っているなんてことも言われているね」
「そんな希少なものが学園内にあったなんて……」
「灯台下暗しというやつか」
「学園長に報告だな」とぼやいているウールドリッジの態度に真帆はハラハラしているみたいだ。これ以上のお叱りは避けたいのだろう。折角反省文を書いたのに、さらに罰が増えては堪らないと言いたげだ。
「アリアーヌは中々加工が難しいが、やってみよう。腕が鳴るわい」
「ありがとうございます!!」
「良かったね」
「うん!」
全身で喜びを表現する真帆は楽しみでたまらないと言った風で、アダムの手を握ってブンブンと振っている。
(自分だけの杖が出来るんだもの、はしゃぐのも頷けるわ)
今から完成を楽しみにしている真帆の後ろ姿に笑みを浮かべる。私もどんな杖が作られるのか楽しみになってきた。
「それじゃあ、数時間待ってくれ。それまでは街を見て回っておいで」
「はーい!」
「いい返事だ」
杖を作るにはやはり時間がかかるようで、私たちは杖が出来るまで周りを見ることにする。
魔法のかかった店を出れば、夢から覚めたような不思議な感覚がした。




