魔法の杖を作りに行きます!
私たちは学園から城下町へ来ていた。休日のせいもあってか街は王都で暮らす人は勿論、冒険者や観光客で賑わっていた。
「わあ〜! すごい!」
前を歩く真帆が街の活気にワクワクとした声を上げ、その隣にいるマーガレットは苦笑した。
「マホ、この間来たじゃない」
「でもでも、やっぱりワクワクするよ!」
彼女らは休日だから制服ではなく私服に身を包んでいる。ふわりと風に翻るワンピースはお揃いで買ったものらしく、まるで双子のようで私は穏やかに微笑んだ。
「危機感がなりないな」
「そんなこと言わないでください。可愛いじゃないですか」
二人を眺めている私の隣を歩く男性。エドワード・ウールドリッジが言う。
(まさか先生が帯同してくれるなんて)
何故、彼が一緒にいるかと言うと、話は昨日に戻る。
「街に行く?」
「はい。楽しみです」
女子寮のキッチンにお茶を飲みに来たウールドリッジが明日の予定を聞いてきたので答えた。大人気なく嬉しくてニコニコしている私を眺め、なにがそんなに楽しいんだ? とばかりに彼の表情は疑問を受けべている。
「マーガレットちゃんのお家が商っているお店にも行くんですよ。どんなお店かしら」
紅茶を飲みながら明日の想像を楽しむ。実は寮生のプライベートを知るのは初めなことで、少し浮かれている。私の世界は学園と王宮だけという閉鎖的なものだから、この世界の普通の生活というものを知らないのだ。
(誘ってくれたマーガレットちゃんと真帆ちゃんに感謝しないと)
キッチンにひょっこりとやってきた彼女たちを思い出す。折角だから一緒に行こうと誘われ、私は二つ返事で誘いを受けた。
「あ、そういえば。先生はどうしてここに? なにか用事でしたか?」
いつも秘密基地でお茶をするのに、今日は珍しいことに女子寮に訪れた。もちろん正面玄関からではなくキッチンの勝手口から。なにせここは治外法権で、私のテリトリーなのだから許可を取った限られた来客は大歓迎。今のところガレスとウールドリッジだけお茶を飲みに来ている。
「それは…………」
それ以上は言葉がまだ形にならないのか、彼は黙った。そして持っているだけだったカップの中身に口をつけて、逡巡が終わったのかカチャリとソーサーに置いた。
「明日の用事は俺も帯同する」
「一緒に行くってことですか?」
「あぁ」
「折角の休日なのに、いいんですか?」
「…………折角の休日だからだ」
「私は平気ですけど、真帆ちゃんたちに聞かないと」
私の一存でウールドリッジが共に行くことを許可は出来ない。すると、彼はフッと意地の悪い笑みを浮かべた。
「なに、いくらでも言いくるめられる」
「あまり困らせないでくださいね?」
「分かっている」
(大丈夫かなあ)
しかし、私の不安とは別に彼女たちは快諾して、私は心配になって聞いた「本当に大丈夫? 休みの日まで先生と一緒なんて……」そう言えば、真帆たちはニッコリと笑って「勿論! こんな面白いことそうそうないもの!」なんて答えた。何が面白いのか私には分からないけれど、彼女たちが了承したなら私に依存はない。
こうして、真帆とマーガレット、そして私とウールドリッジの四人で街へ行くことになったのだ。
真帆たちと一緒に杖の素材を見つけたガレスは王宮から連絡があり来れず、とても残念がっていた。
そんなこんなで、四人で出かけることになったのだ。
用事以外で街へ来ることが滅多にない私は、二人を見守りながら騒がしい街を流し見る。果物や肉、野菜が新鮮でみずみずしい一級品が売られ、中にはアクセサリーや薬師までいる。行商が広げたクロスに並ぶ珍しい異国の物は、それだけで注目の的だ。
「街を見て回るのもいいけど、そろそろ行きましょ」
マーガレットがこちらに振り返ってきたので頷く。休日の街に圧されていたが、今日は目的があって来たのだった。
真帆が大切そうに持っている包みの中身は、失踪の原因となった杖の素材となる枝だ。けれど、今から向かう場所は工房じゃない。マーガレットの実家が経営する店だ。マーガレットはおしゃれな女の子で、薄紫の髪には常に細工が美しい髪飾りを付けていて、流行りに敏感な年頃らしさがある。
(この辺の市場にあるのかしら?)
私は、マーガレットの生家がどんな店なのか予想しながらウキウキと周りを見た。
(あの店かしら? それともあっちの?)
しかし、マーガレットは市場を流し見るだけで、どこにも足を止めない。そして真帆も迷いなくマーガレットについていく足取りは既に目的地を知っているようだった。
そして着いた先の建物に、私は唖然とする。
「ここがうちの店よ。ヨシノさんは初めてよね? ゆっくりしていって」
(ここが、マーガレットちゃんのご両親がやってる店?)
マーケットの露天や、商業施設の建物とは規模が違う。オレンジの外壁に青い屋根。縁取るタイルにはマーガレットの花模様が描かれた豪華な一棟が丸々店だというのだから、開いた口が塞がらない。
「さあ、どうぞ」
大きな両開きの扉を開ければ、そこは先程のマーケットとは違う盛況さだった。
「せ、先生…マーガレットちゃんのご両親は何者なんですか……?」
呆然とする私に、ウールドリッジは小首を傾げた。
「ブレアは、この国で一際大きい商家の娘だ。知らなかったのか?」
「こんなに大きいお店とは知りませんでした……」
「ブレア商会は諸外国にも支店がある。輸入される物は逸品で相当な目利きがある。ブレアはその中でも能力が抜きん出ているな」
「そうなんですか。流行に敏感だというのは知っていましたけど」
毎日違う髪飾りに、制服のアレンジ。その姿は学園内でも一際目立っていて、常に女の子がオシャレの相談に来ていることしか知らなかった。
「そもそもこの国の流行はブレアが作っていると言っても過言ではない。アイツは自分が広告塔だと自覚がある。貴族ですらアイツのセンスには信頼を置いてるからな」
「それって、すごいですね」
「なにより、アイツ自体が商魂たくましい」
「あの強かさには管を巻くな」とぼやいた。
「だから、ブレアちゃんは工房の前にお家に寄ったんですね?」
ブレア商会に来たことには理由がある。杖を作る前に魔石を手に入れることだ。
基本的に、杖は高級木材と職人の腕があれば一級品が作れるが、そこに魔石を加えると、魔力を溜められ少ないエネルギーで使用する事ができる。魔法の省エネ。
「先生にも魔石がついてますか?」
「俺のか? あぁ勿論」
ウールドリッジが杖を取り出してくれて、しげしげと見つめる。
淡いグリージョ・トールトラ色に細身の杖は、一見木材には見えないほど丁寧にヤスリをかけられている。持ち手にはアメジストが埋め込まれて上品だ。
「この金の輪っかは?」
「これか?」
ウールドリッジの杖には三つの金の輪が配置されていた。これも魔力を調整するものなのかと思いきや、予想もつかない答えが返ってくる。
「伸縮機構だ。教鞭に使っている」
「なるほど」
スーツの内ポケットに入る十五センチほどの短さが、見慣れた長さにの杖になる。
(魔法の杖って、もっと魔法使いのおじいさんが使うようなものだと思ってた)
まさか自在に伸縮されるなんて。思ったよりも、この世界の杖は構造は使用者の理想が反映できるらしい。
「真帆ちゃんはどんな魔石にするのかしら?」
「ブレア商会には上等な魔石が揃っているからな。どれを選んでも効力を発揮するだろう。あとは、個人の趣味だな」
「先生もこだわりが?」
「あたりまえだ」
キッパリハッキリ答えた彼に促されて、私は店を見て回った。
「魔石ってキレイですね。街の魔道具も魔石が使われているって」
「そのとおりだ。グレードが高い物が使われている。低い魔石はアクセサリーに加工されることが殆どだ」
「そうなんですね」
魔石は光を屈折させてきらめく。宝石とは違う輝きに、私はしばしば魅入っていた。
「吉乃さん!」
「真帆ちゃん、決まった?」
「はい!!」
真帆が輝かんばかりの笑顔で戻ってきた。ベルベットの小さな袋に入っている魔石を大切そうに持っている。どんな魔石を選んだかは杖が出来てからのお楽しみと言われ、私は「ふふふ」と笑った。まるで母親の誕生日プレゼントを内緒で作る女の子みたいだ。
「決まったなら工房に行くぞ。加工には時間がかかるからな」
「はーい!」
マーガレットの両親に挨拶を終え、私たちはブレア商会を出ると、次は工房がある場所に向かった。
(どんな杖になるのかしら?)
まだ見ぬ真帆の杖を想像しながら、私は隣を歩くウールドリッジに笑いかける。
「ドキドキしますね」
「そうだな。自分だけの杖を作った時を思い出す」
「その時の先生、見たかったな」
「時間を戻せたなら連れて行ってやりたい」
「え?」
「俺が杖を作った時に、おまえが居合わせれば面白いことになりそうだ」
「なんですか、面白いことって!」
何が楽しいのか、ウールドリッジは想像してクツクツと笑う。その想像が全く共有できないので、私は半目で彼を見上げた。
(私も魔法が使えたら、自分の杖が出来るのにな)
持たぬものを欲しがるのは虚しいことだが、でも考えてしまう。もし魔法が使えたら、私は何に使うんだろうか。
(そうね、まずは――)
この隣の男を驚かせる魔法を使いたい。そんなことを思った。




