反省文をキッチンで
食堂とキッチンを繋ぐ入口の騒がしさに、私は足を向けた。そこには多数の寮生が覗き込んでおり、みんな一様に色めき立っている。
「こーら、みんな帰りなさい」
「えぇ〜」
「だってぇ」
抗議の声を上げる寮生はここから動きたくないようで一歩も引かない。困ったものだと、どう対処しようか考えていた時、私の後ろから声がかけられた。女子寮にはいない低くて爽やかな耳にスッと入る声に、寮生は一際ざわりと騒がしくなる。
「すまない。今日はウールドリッジ先生からの所要なんだ。君たちの園に世話になってしまうが、終わったらすぐに出ていく。それまで協力してくれないのだろうか?」
自然と背筋が伸びる凛とした男の子は微笑を浮かべて寮生に尋ねれば、彼女たちはコクコクと言葉を忘れたように頷いた。
「さあさあ、みんな自分に時間を使いなさい」
「は、はい」
「それでは失礼します……!」
私には抗議したのに、彼だと大人しく引き下がる。年上としての威厳がないのだろうか? と少々落ち込みながら、私は彼らに振り返った。
キッチンの大きな作業台には真帆とマーガレット、最後にガレスが背の高い椅子に腰を掛けた。
「騒がしくしてすまない」
「さっすが王子さま〜」
「この気軽さ、本当に真帆は凄いわね」
呆れているマーガレットなど気にしない真帆はガレスに笑いかける。
「三人とも、お茶のおかわりは?」
「いただきます」
三人の前にはプリントが五枚広がっていて、片手にペンを持っている。
「それにしても、ウールドリッジ先生厳しいよ〜!」
「仕方ないわよ。このくらいで済んだことのほうが奇跡だもの」
「ははは」
真帆が嘆くと、マーガレットは溜息をついた。ガレスは苦笑している。
「そもそも反省文で五枚って多くない……?」
「まあ、そこはウールドリッジ先生だから」
ガレスが言っていた所要。それは失踪騒動について課せられた彼らへの罰だった。
真帆は苦戦していて、マーガレットは文章を考えている。ガレスはスラスラとペンを走らせ三者三様の取り組み方に、私はフッと笑った。
紅茶を入れ終えると、三人にお茶を出す。集中力を切らさないよう適温にして、けれどリラックス出来るように香り高く。私から出来る少しだけの手助けは、紅茶に口を付けた三人の表情を見るに成功しているようだ。
「それにしてもガレス殿下まで反省文なんてね。ウールドリッジ先生も容赦ないわ」
「そこが彼のいいところだよ」
マーガレットの溜息に、ガレスは笑う。反省文を書かされているのにどこか嬉しそうなのは、彼にとってウールドリッジは学生の一人として扱ってくれるからかもしれない。
(ウールドリッジ先生はそういうの気にしないところが良いのよね)
不敬かもしれないけれど、反省文ひとつの出来事に彼が子供らしくなることが、私にも嬉しいことだった。
「クッキー食べる?」
でも、やっぱりついつい甘やかしてしまう私はダメなのかもしれない。だってクッキーの一言で三人の表情が僅かに緩むのが可愛くて。
(ウールドリッジ先生に見られたら怒られちゃうかも)
不機嫌に眉をひそませながら『甘やかすな』と没収されそうになるのは目に見えている。でも、今ここに彼はいない。だから、ちょっとだけ。
クッキーを口にしながら数十分。一番最初に反省文を終えたのは予想通りガレスだった。
「終わったよ」
「え! 早い!!」
「さすがとしか言えないわ」
五枚びっしり書かれた文字は読むのが大変そうだ。私と真帆、マーガレットは「どれどれ」と興味本位で覗き見る。綺麗な字の羅列は上品で内容も卒がない……内容?
「これは、反省文というより……」
「報告書ね?」
「あらまぁ」
彼が書き上げたものは反省文とは言えなかった。失踪の起因から分析と解明、そして改善点が書かれたものは、マーガレットが言うように報告書だ。
「だめ、ですか?」
「う〜ん。私が知ってる反省文ではないかしら」
「そうですか。……反省文とは難しいですね」
「書き直しだな」と予備の用紙を取り出して悩み始める。最初にスラスラと書いていたのが嘘のように、今はペンがぴたりと止まっていた。もしかしたら、一番苦戦するのはガレスかもしれない。
すると、真帆がガレスにグッと近づいた。
「あたしが書き方教えてあげる。こういうの得意だから!」
得意とは? と真帆を覗いた私たちは時が止まった。
「まさか真帆ちゃん……」
「えへへ。元の世界でよく書いてたから」
「得意げにすることじゃないわよ」
それでも笑っている真帆をぽかんと見つめるガレスは突然吹き出した。
「はっははは!」
涙が出るほど面白かったらしい。ガレスにとって真帆のような人は初めてなのかもしれない。
「っふ、マホといると初めて経験することばかりだよ」
「それってどういう意味?!」
「いや、楽しいなと思ってね」
真帆の前だとガレスはただの少年になってしまう。それは彼にとってウールドリッジの次に貴重な存在なのかもしれない。
(あらあら?)
肩を寄せ合って笑う二人を、私とマーガレットが顔を見合わせる。どうやら考えていることは同じらしい。
(なんだか二人の距離が近くなっているわね)
邪推は良くないけれど、私は真帆とガレスが近づくそういう未来もあるかもしれないと思った。




