夜空からの手紙
真帆とマーガレット、それにガレスの失踪が一段落した夜。もう誰もが眠りについている頃に、私はようやく安堵の息を吐けた。
(疲れた。この世界に来てから一番疲れかもしれない)
ようやく寝間着に着替えられたゆるやかな気持ち。部屋には静寂が訪れ物音ひとつしないことが、逆に心地よい。
(それにしても、帰ってきてよかった)
三人は夕食を食べ終えた後、ウールドリッジに怒られた。怒鳴ることもせず、淡々と言葉を並べる。まるで尋問のようだったことを思い出し、フッと体の力を抜いた。
(先生がいてくれると安心する)
滂沱の涙を流す私に心配するでもなく、現状を把握しようとする彼の冷静さ。優しくはないその対応が私を冷静にさせ引き戻してくれた。
(それに……)
三人を見送ったあとに触れた温もり。この世界に来て初めた感じた安心感に私は寄りかかり、あの心地よさを私は忘れない。
(先生に謝らなきゃ。あんなに泣いてしまって恥ずかしいわ。……それに)
「私、先生に抱きしめられたのよね……?」
夜の冷えた空気から私を守るように抱きしめてくれた体温を思い出して、じわじわと恥ずかしさが後になって頬に現れた。
(いい大人がわんわん泣いて……。先生、私のことどう思ったのかしら?)
もしかしたらマイナスの感情を抱かせてしまったかもしれない。そう考えると、何故か取り繕う言葉を探し始めてしまう。
(そんなことしたら、また「だからどうした?」なんて言われるかも)
腕を組んでふんぞり返る彼が容易に想像できた私は(でも、それがウールドリッジ先生ね)とほどいた髪の柔らかさを手で整えた。
(あら?)
ベッドに腰をかけた私は、フッと部屋の空間を見る。いつもの景色の中に、埃より少しだけ大きな灯火が空気の流れに乗るように漂っている。そして糸のように続く輝きの行き止まりに視線をやると、窓の外に続いていた。
(なにかしら?)
不思議な感じに引き寄せられて窓に近づけば――。
「蝶?」
月光に照らされた小さな羽。本来の活動時間を考えればおかしな状況に、私は窓を開ける。小さく音をさせたので、逃げるだろうかと思っていたのに蝶はその場から離れない。
(あれ?)
既視感を感じて、ハッとする。
(先生の蝶に似てる)
秘密基地まで誘った青い蝶にそっくり……いや一致する蝶は生き物のようでそうでない。
ヒラヒラと私に近寄ってきた青い蝶は小さな鱗粉を光らせた。そして、その鱗粉が驚いたことに文字を形成していく。
まるでタイピングのように現れたそれに、私は驚いた。
「文字だわ」
不思議なことに文字は発光して夜空を背に浮かんでいた。私は流れるような光を見つめて描き出されたそれを読んだ。
『もう遅い。よく眠るように』と書かれている。愛想もなにもないメッセージに、私は送り主が誰だかすぐに分かった。
「ウールドリッジ先生らしいわ」
ただの言葉の羅列からにじみ出る優しさに、私はフッと微笑を浮かべる。明日にでも会いに行こうと思っていると、三匹いる内の一匹の蝶が私の指先に止まり姿を変えた。
細長く指先にフィットする感触はよく知っている。
「ペン?」
そして、もう一匹が円を描くように鱗粉をまとめると、小さな渦の塊が出来上がった。まるでインクだ。
(返事が書けるのかしら?)
半信半疑で、鱗粉で形付けられたペンを光の渦に浸して空中に円を描けば、それはグリッターみたいに光を凝縮した絵になった。
(本当に書ける……!)
そして最後の一匹が微細な光の糸を縫うように飛ぶ。
(ここに書けばいいのかしら?)
恐る恐るペン先を滑らせれば、確かに私の筆跡となって浮かんだ。
(えっと、とりあえずお礼を書いて……)
慣れないので少し時間がかかったが満足だ。
二つの光は蝶の姿に戻り、私が書いた文字はスッと消えた。そして仕事を終えた蝶は夜の空へと舞い上がる。その輝きが小さくなるまで見送り、私は窓に腕をつけると夜空へと微笑む。
「まるで手紙みたい」
郵便配達員が蝶とは随分とロマンチックで、私はおとぎ話のような心地をしばらく味わった。




