どうしてそんな風に私を呼ぶの?
「寮母、少し良いか?」
お昼休みの後、帰り支度をしている私に声をかけてきたのはウールドリッジだった。
「はい。なんですかウールドリッジ先生」
「シライシのことだ」
「……!!」
直感で察した。きっと真帆の失敗のことだ。
「場所を変えるぞ」
神妙な表情をウールドリッジに頷いて、私は彼の後をついていく。
相変わらず綺麗な植物園の風景も空気も、今はなにも感じない。ただ、目の前を歩く背中をジッと見つめるだけ。
植物園の秘密基地に着くまで、私たちは無言で、それはソファに座った後も同じだった。
「真帆ちゃん、どうですか?」
「……落ち込んでいたが、立ち直った」
「……っ! どうやったんですか?!」
あれだけ恐怖で泣いていた真帆に前を向かせる手腕に私は驚いた。私は慰めることも出来なかったから。
「なに、分析解析対策を相談しただけだ」
「え? それだけですか? 真帆ちゃん泣いてたんじゃ」
「泣いて魔力が安定するわけがないだろう」
「そ、そうですけど」
「慰めなんて精神を削って時間を無駄にするだけだ。トラウマは育つ前に刈り切る」
「刈り取るって……」
魔法で淹れた紅茶をすするウールドリッジ。
彼は事象に動揺せず、慰めもしない。だから、真帆は泣いている場合じゃないと切り替えられたのかもしれないと思った。
「ふふ」
「なんだ?」
「いえ、先生を頼って良かったって」
「やはりシライシに言ったのはおまえか」
「迷惑でしたか?」
「いや?」
「適切な人選だ」と不敵に笑う彼に私は微笑む。
(本当に良かった)
厳しいけれどウールドリッジが支持されるのが分かる。彼は人一倍生徒思いなのだ。
「そういえば寮母」
(あ、また)
「ハンドクリームはどうだった? ……おい聞いてるか?」
話題を変えた彼に、私は返事をしない。それを訝しんだウールドリッジがまた「おい」と呼んだ。
「私のなまえ、寮母じゃありません」
「知っている。それがどうした?」
「どうもこうもありませんよ。いい加減に寮母って呼ばないでください。私にはちゃんとなまえがあるんですから」
「……………」
ツンとそっぽを向いて彼の反応を無視する。すると、ウールドリッジはグッと喉を絞った声を絞り出した。
「……ヨシノ・タキザワだろう?」
「知ってるんじゃないですか!」
「当たり前だ。この学園の人間のなまえと顔は覚えている」
(それなのに寮母呼びなの!?)
余計に頬が膨らんでしまう。
顔に出た不機嫌さに、彼は戸惑ったようだった。
「自分がなまえを呼ばれないと嫌じゃないですか?」
「まあ、そうだな」
「謝ってください」
「は?!」
「謝ってください!」
ジト目で睨めつければ、彼は悪いと思ったのか「すまなかった」と素直に謝ってきた。
「でも、ヨシノ・タキザワって変な感じがします」
「変な感じ?」
「私の国ではファミリーネームが先で、ファーストネームは後なんです。あと、漢字ですね」
「カンジ……そういえばシライシも言っていたな」
「ふむ」と知的好奇心をくすぐられたのか、ウールドリッジは紙とペンを取り出してティーテーブルに置く。
「カンジで、お前のなまえはなんと書くんだ?」
「えっと、こうですね」
さらさらと紙に【滝沢吉乃】と書けば、彼はしげしげと感心したように見つめた。
「どういう意味を持つんだ?」
「え?」
「シライシから、なまえには意味があると教えられた」
ぱちぱちと目を瞬かせる。まさかそんなに興味を持ってくれているとは思わなかったので意外だ。
「えっと、【吉】は吉兆とか幸運ですね。【乃】は補足語なので。そうですね、あえていえば……即ち、とか、汝、とかですかね」
「即ち幸運」
「なんか変な感じですよね。んん〜、幸運の人みたいな?」
「幸運の人」
両親にも聞いたことがなかったので、意味はイマイチ知らない。でも私は自分のなまえを気に入っている。
「ヨシノ……吉乃か」
彼は紙に書かれた文字へと視線を落とた。
意味を咀嚼するように神妙に私のなまえを繰り返して納得したのか「ふむ」と頷く。
「……吉乃」
「はい」
なんでも呼ばれると不思議な感じがする。
ウールドリッジはもう一度「吉乃」と言葉にする。
「吉乃」
「なんですか?」
「……呼んでみただけだ」
フッと小さく笑って、私は思わず頬を染める。この世界の人に初めて私のなまえを呼ばれた。それがウールドリッジというのは少し変な感じでむず痒い。
「もう寮母って呼ばないでくださいね」
「それはわからん。癖づいてるからな」
「もう!」
これはまた寮母呼びだなと悟って、私はもう諦めることにした。




