お互いの道へ
あれから、私は二日ほど医務室で過ごすことになった。
というのも、心の限界だけではなく、疲労も溜まっていたから。それを進言したのはウールドリッジで、私はなにからなにまで彼の世話になってしまった。
なんだか入院みたいだけれど、そういえばこの世界へ来てから休息というものを取っていなかったことに今更気付いて、医務室の先生の言葉もあり私はその間のんびりと過ごした。
しかし。
(休暇でもないのに休むっていうのも慣れないものなのよね)
連休というものにあまり慣れていないせいか、一日休んだらウズウズしてしまった。
寮生はちゃんとご飯を食べているか、夜ふかししていないか。
(もう立派な寮母さんね、私も)
そう苦笑して、今朝私は寮へ帰ってきた。
(もうすぐお昼寝。なにを作ろうかしら?)
私が休んでいる間、寮生たちは学内のラウンジで食事をしていたらしい。
(学食には及ばないけど、お詫び代わりに頑張らなきゃね)
いつものエプロンを身に着けて腕まくりする。
キッチンに立つのは二日ぶりだというのに、もう何週間も不在だったかのようだ。少しだけ、初めてこのキッチンへやって来た時に似ている違和感がなんだかむず痒い。
(パントリーに調味料が……)
勝手口の横にあるパントリーへ行こうと踵を返したところ、背後から声をかけられる。
「……吉乃さん」
「真帆、ちゃん」
キッチンの入口。こっそりと隠れるように顔を半分だけ見せる真帆は、こちらを不安そうに見つめている。
(どう、接するべきなのかしら……)
きっと、後ろめたさがあるのはお互いで。でもこの状況は逃げられないことだった。
(でも、とりあえずは会話が出来るように整えないと)
「真帆ちゃん、お茶飲む?」
怯える真帆に、私は笑いかけた。
返事はないけれど、私はパントリーに茶葉の入った缶を取りに行く。真帆が美味しいと言ったお気に入りの銘柄だ。
「ちょっと、待ってね」
「――吉乃さん」
ぎゅ。
背中に真帆が縋り付いてきた。
「真帆ちゃん」
「そのまま聞いて――」
制止してきた声はどこか弱々しくて、でもハッキリと私にかけられる。決意の声だ。
「……ごめんなさい。いっぱい負担かけてたよね? あたし自分のことばかりで、吉乃さんに甘えてた。本当なら巻き込んじゃったあたしが、吉乃さんを守らなきゃいけないのに。……吉乃さん、あたしのこと嫌いになったよね……?」
震える声が、手が、私の心を揺さぶる。
(そんなこと、ないのに)
「あたしね、吉乃さんのこと好き。支えてくれてたからじゃない。本当に好きなの」
「真帆ちゃん……。私も、真帆ちゃんに甘えてた」
「吉乃さん?」
「真帆ちゃんを守ってる気になってた。でも、違うの。真帆ちゃんが私を受け入れてくれていたから安心してた」
(でもそれは)
「お互い支えるんじゃなくて甘えてた」
「うん……」
私と真帆ちゃん。違ったようで同じ。
「でも、それは不健全なことだから」
「だから、これからはお互いの道を探そう。そして応援するの」
「うん……!」
ウールドリッジの『自立しろ』という言葉。今なら分かる。私と真帆ちゃんの歪んだ関係を、彼は見抜いていたのだ。
「真帆ちゃん、私はこれからも真帆ちゃんに甘えて過保護な部分が出ちゃうかもしれない。その時は怒ってね」
「私も、頑張る」
「でも」と真帆は呟く。
「たまに、甘えてもいい?」
か細く耳にかけられた声に、私は思わず振り返った。
「もちろん!」
「っ……! 吉乃さん、大好き!」
飛びついてきた真帆を受け止めて、私は彼女の形の良い頭に触れて撫でる。もう、この髪を梳かすことはないのかもしれない。少し切なくて、鼻の奥がツンとした。
(でも、あの頃のことは、ずっと覚えてるの)
私に甘えてくれた。寄りかかってくれた。
不健全だったけれど、私は確かに真帆に救われた。
(魔法がなくたって、真帆ちゃんは誰かを救える)
全身でギュッと抱きしめて、この温もりから離れる寂しさを思いながら、それでも私の心は真帆を未来へ送り出す。
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