吉乃4
体を包む力強い引力が私を引きずり込んだ。そうして次に感じたのは柔らかく温かい感触。
(瞼が、重い……)
目が半分も開けられなくて、私は瞼にかかる光に目を細める。
「起きたか?」
「え……?」
(ウールドリッジ先生? どうしてここに? そもそもここはどこ……?)
ぼんやりした頭で、動きが鈍いながら焦点を当てる。ぼやける視界に捉えた彼の表情は少しだけ疲れているようで。
段々と自分の状況を理解していく。
横たわっているのはベッドで、目の前にはウールドリッジが座っていた。
(あ……? あれ?)
フラッシュを焚いたように脳内が意識を失う前の出来事を流す。
「わたし……!!っあ!」
ほぼ条件反射で起き上がった私の頭を突く痛み。目眩によろけた体を支えたのはウールドリッジだった。その手の温もりを私は知っている。
「ここは……?」
「医務室だ」
「医務室……」
天蓋カーテンの中に白いシーツの包まれたベッド。カーテンの向こうから差す光はなく、時間はとうに夕方を過ぎている。
「何故黙っていた」
「…………」
温度のない言葉に、私はうつむく。なんと言い訳すればいいのかわからない。
「黙っていてはわからん」
冷たいのに返事は待ってくれる。彼なりに気遣ってくれているのを察したが、それでも口をつぐむ。
そんな私に「はあ」と大きな溜息を吐いたウールドリッジは、支えていた私の肩を離して腕を組んだ。
「シライシが来たぞ」
「……っ! まさか真帆ちゃんに言ったんですか?!」
それまでぼんやりと重かった意識が覚醒し、私は彼に食って掛かった。
「黙っていても解決にならんだろう」
「それでも……! 私、言わないでって!!」
なにより避けたかった真帆への言葉。まさか反故されるとは思っていなかったので、指の先から冷えていく。
(真帆ちゃん、どんな顔していたの……?)
「……っ、」
心の中で蓋をしていたのに、それを暴かれたうえに勝手に伝えられた。これ以上の絶望はない。
「……真帆ちゃんに何を言ったんですか……」
本当は聞くのが怖い。
恐怖で震える体を隠そうと腕で包むけれど、少しだって収まらなくて。
「……シライシにはおまえの現状を伝えた」
「そんな……」
「遅かれ早かれ限界が来ていた事だ。引き伸ばしたところでなにか変わるのか?」
「それは……」
ウールドリッジの言葉が胸に刺さる。
確かに、彼の言うとおりだった。体に不調を来すほど思い詰めていた。いつかは限界が来る。それが今日だっただけのこと。
「でも……まだ……」
真帆と一緒にいたかった。
彼女はウールドリッジから私のことを聞いてなんて思ったのだろう。
青い顔をして、自分のせいと思い詰めたかもしれない。
『吉乃さん、そんなに無理してたんですか?』
『私はもう大丈夫だから、吉乃さん自由になってください』
申し訳なさそうに顔を俯かせ、でも周りに支えてくれる人たちがいるから平気と笑うんだ。
(そしたら、ほんとうに……)
この学園と真帆に別れを告げなければいけない。
涙が滲む。体が硬直してからまた震え出して、目の前が暗くなっていく。気を失ったまま目覚めなければ良かったと考えるくらいに、私の心はガラスみたいにひび割れそうだった。
「おまえがシライシを信用していないことがよくわかった」
「っ! いきなりなんですか?! 私のなにが分かるんですか?!」
絶望から激昂へ。体が感情について行けず、震えているのに奥歯を痛いほど噛む。指先は冷たいけれど、頬は熱されたようだ。
「わたしはっ、わたしっは、」
けれど言葉が出ない。悲しみと怒りを持て余して、ただ短い息を繰り返すだけ。
「シライシは、おまえを心配して医務室に駆け込んできた」
こちらの感情など意にも介さないウールドリッジは、まるで記憶を事実として淡々と話し始める。
「それはそれは凄かったぞ。おまえの名前を呼んで、死に際の人間に縋り付くようだった」
「実際は気を失っただけなのにな」と付け足す彼は呆れているようだった。
「あまりにも幼いのでな、言ってやった」
「なんて……?」
「自立しろと。あと、これからはおまえも支えてやれと」
「真帆ちゃんは、まだ子供なんですよ?」
「それが信用していない証拠だ」
眉根を歪めて、ウールドリッジは続けた。
「子供だろうがシライシは、もう十六だ。信じて手を離してやるのも教育だろうが」
そのとおりだ。ぐうの音も出ない私は、言葉に詰まる。
「それでも、おまえはシライシをいつまでも甘やかすのか?」
甘やかしている自覚はなかった。ただ真帆を支えたかった。
「このまま甘やかすのか、それとも手を離すか。おまえが選ぶのはどちらだ」
彼の冷たい目が私を刺す。
(分かってる。このままで良いはずがない。真帆ちゃんのためにも、私のためにも……手を離すべきだ)
でも、そうしたら。
「……私は、もう必要ありませんね……」
真帆の成長は本当に嬉しい。弾けるような喜びと胸に広がるあたたかさ。それを、もう感じることは出来ないのだ。
「どうしてそうなる」
「え? だって……」
「シライシが自立することが、おまえの生活に直結する理由はないだろう」
「で、でも」
突然踏み込んだ言葉に戸惑ってしまう。私は真帆の元を離れる決意をしたのを、聡い彼に伝わらないわけがない。
「おまえはどうしたいんだ? それがわからんと行動にも移せん」
キッパリハッキリと、こちらの気持ちの機敏など知らんと言わんばかりの尊大な態度に、思わず圧倒される。
「……っ、わたし、ここにいたいです。真帆ちゃんと、学園にいたいです……」
叶わない夢だとしても、言うだけならタダなのかもしない。
それに、私の本音を冗談と笑う人ではないと知っているから、私は大粒の涙を流せる。
「なら、いればいいだろう」
「誰かがおまえに出て行けと言ったか?」
「え? い、いいえ」
「シライシが自立したら、おまえは不要だと言われたのか?」
「言われてないです」
「ここで問題だ」
「は、はい」
「おまえが学園を去る理由があったか?」
「……ない、です」
「そうだ。つまり、思い込みが行き過ぎた勘違いだ」
目の前のウールドリッジが「ふん」と鼻を鳴らす。あまりにも自信満々だから(あれ? そうなのかしら? いいのかしら?)と頭が混乱した。
「くだらん。異世界人はこんなに打たれ弱いのか?」
「はあ」とまた盛大な溜息を吐いて、彼は私をじっと見た。
「シライシの居場所はおまえではない。その逆も然りだ」
「自立しろ。互いのためにな」
さっきまでの棘のある言葉とは違う。静かで柔らかい声は言い聞かせるようで、思いやりがある。
そよ風のような彼の言葉に、私はまた涙が出た。
「わたし、ここに居て良いんですね?」
「だから、そう言っているだろうが」
「ふふふ」
人が泣いても顔色ひとつ変えないし、心配もしない。問題を解決することを優先する。効率と合理性を最優先する彼に、私は救われた。




