そういうとこですよ、ウールドリッジ先生
「大丈夫か?」
「何回言えば良いんですか? 大丈夫ですよ」
テラスから会場へ移動した私たちは、大理石の床をコツコツと音をさせながら歩く。
ウールドリッジは支えるように私の手を取って何度も聞いてきた。
「とりあえず手の消毒だ。クリーン魔法だけではダメだからな」
「そこまでですか?」
ウールドリッジは私の手に何度もクリーン魔法をかけている。それでも足りないのか、キスをされた手の甲を不機嫌に見つめていた。
「学園に帰ったら医療室に寄るぞ」
「だから大丈夫なのに」
「お前が大丈夫でも、俺がダメだ」
(彼って、ウールドリッジ先生となにか確執でもあるのかしら?)
あまりに嫌厭しているウールドリッジに、私は先程の彼を思い出していた。
(飄々として、どこか掴みどころのない人だったわ。でも、優しのは分かる……)
元気のない私に寄り添ってくれた彼を探すけれど、あれだけ目立つハンサムな男性はいなくて。
(お礼、言いたかったな……)
心に残った後悔が、少しだけ彼を引きずる。
(優しくしてもらったのに、名前すら名乗れなかった)
「どうした? アイツなら放っておけ。またその辺で女を引っ掛けている」
「……私もその一人ですか?」
「……言葉が悪かったな。〝親しくしている〟だ」
「先生、なんだか怒っています?」
見上げるウールドリッジの表情はどことなく険しい気がして、私は彼にとって不機嫌になる人物と出会ってしまったのか、と罪悪感が生まれる。
ただでさえ、後ろめたさを感じているのに、これ以上のマイナスは避けたかった。
「さあ帰るぞ」
「ご挨拶周りはいいんですか?」
「もういい。むしろ我慢したほうだ」
少し乱れた前髪を掻き上げる姿ひとつ絵になる彼の容貌に、やはり隣にいるのは気が引ける。
「ん? 髪が乱れているな?」
「あ、そうなんです」
(すっかり忘れてた)
ウールドリッジに直してもらうつもりでいたことを思い出したけれど、もう帰るしいいかと思い直す。
すると、彼の指が私のうなじにスッと触れた。滑らかに伸ばされた革の柔らかさと、少しの違和感に、ピクリと反応してしまう。
「ん」
(やだ、変な声出ちゃった)
「……すまん。女性にむやみに触れるものじゃなかったな」
「い、いえ」
私の小さな反応に、ウールドリッジはサッと指をどける。退けられた箇所に流れていた後れ毛の感触が、なんだかくすぐったい。
(さっきまでは感じなかったのに)
恥ずかしくてキュッと唇を引き締める。
会場の出口へと向かう私たちに視線を飛ばす者はもういない。
これで安心して帰れる。
(あれ、でも)
――どうやって帰るのだろう?
私たちは洋裁店から魔法で転移してきた。そうなると、また同じ場所に飛ぶなのだろうか。
困惑が表情に出ていたのか、紫色の瞳が察したように瞬いた。
「門は政府に申請した場所にしか飛ばない。ここからなら学園に直帰できる」
「なるほど?」
「その顔は分かってないだろう?」
「はい……」
イマイチ要領を得ない私の反応に、彼は仕方ないと溜息を吐く。
「覚えていても大した問題はない。そもそも門自体少ないからな」
「え? じゃあ、あのお店も申請を? 随分奥まった場所にありましたけど……」
思い浮かべるのは、このドレスを借りたブティックだ。魔法使いのゲストが通るのなら、設置場所は入口辺りがベストなのではないだろうか。
私が小首を傾げていると、ウールドリッジは先程より大きく溜息を吐いた。
「アレは無申請だ」
「ということは……」
ぽくぽくちーん。
「――い、違法ってことですか!?」
「バカモノ。声がでかい。誰かに聞かれたら今後通れなくなって不便だ」
(ふ、不便って!)
困るではなく、不便。
私はここで、ウールドリッジは優秀だが品行方正ではないことを再確認した。
会場から少し離れた場所には、ビロードのカーテンがかけられている。きっとそこが門を開く場所なのだろう。魔法使いでなければ通れない門は、魔力がない私が唯一体感出来る魔法。
(改めて考えると、魔法を体験できるって凄いことよね)
ぼんやりと壁を見つめる私の横で、彼が「門よ開け」と杖を振る。
壁に魔法の粒子が集まり、楕円の光が作られた。
「行くぞ」
「はい」
エスコートされて、私は光の扉へ半歩足を踏み入れた、
――その時。
(っいた)
治まっていた頭痛が電流のように再びやってくる。
「どうした?」
「い、いえ」
眉間に力を入れないように笑う。
(体調が悪いなんて言えない)
「なんでもありません」
「……そうか」
光の中には温度も引力もないが、帰れる安心感に包まれる。
(早く帰って眠りたい)
そう願っている私を、ジッと見つめるウールドリッジに私は気付かなかった。
交流会からの帰宅。
私とウールドリッジは夜の学園を歩いていた。転移魔法で下りた場所が学園の門だったからだ。
門をくぐり、庭園を抜けた先に売店があり、その左側に私が管理している女子寮のひとつがある。
「それでは、先生この辺で」
彼も疲れているだろう。だってあんなに嫌がっていた交流会だ。
しかし、ウールドリッジは首を横に振った。
「いや。女性を一人で帰宅させることはできん」
「え、でも敷地内ですし……」
「俺に恥をかかす気か? いいから大人しく送られろ」
彼は有無言わさずに、女子寮へと長い脚で進んでいく。
(こんな傲慢な紳士いるのかしら?)
まるで正反対の性質を有しているウールドリッジに苦笑しながら、私は彼の横に並んだ。
「……疲れただろう?」
「そうですね、さすがに。慣れないところでしたから」
「あんなところに慣れる必要はない。悪習だ」
(本当に嫌なのね)
凝り固まった肩をほぐしているウールドリッジと、ふと目が合った。
「それにしても、ウールドリッジ先生モテモテでしたね」
「やめろ。思い出したくもない。だから行きたくなかったんだ」
女教師たちに囲まれていたウールドリッジを思い出して、私はくすくすと笑う。
普段から傲慢で自信家の彼が、女性に迫られては躱していた姿は、中々に面白かった。
「みなさん美人だったじゃないですか。お近づきになりたい方がいるのでは?」
「冗談じゃない。御免被る」
(そんなに?)
ウールドリッジを囲んでいた女性たちは美しく知識もある才女だ。なにをそんなに嫌がるのか分からないが、私には知らない裏があるのかもしれない。
そうこう話しているうちに、女子寮へ着いた。
アーチ状の門の前で立つ彼と向かい合い、私は上半身を曲げる。
「今夜はありがとうございました」
「俺の方こそ。巻き込んで悪かったな」
「いえいえ。貴重な体験でしたよ。あ、このドレスはいつお返しすればいいですか?」
上質なシルクの生地は月明かりすら反射させ、ウールドリッジが仕上げに描いた魔法回路がキラキラとビーズのように輝いている。
「それはやる」
「え?! でも高価なものじゃ……」
「やると言ってるのだから貰え」
(すごい押し売りだ)
彼の表情からは、二度も言わせるなと書いてある。強すぎる圧に、私は折れるしかなかった。
「では、ありがたく」
実は、このドレスを私は気に入ってしまった。今後着用する機会はないだろうが、それでもワインを閉じ込めた美しいドレスは思い出の品としては十分だ。
「それに――」
ウールドリッジが妖しく口角を上げる。
「――俺とおそろいだ。光栄だろう?」
(……先生、気付いて……?!)
ワインレッドのクラバットを指で撫で示した彼は、イタズラが成功したように自慢げで。
「い、いつから……?」
「最初からだ。計画犯だなアイツは」
「今頃してやったりと笑ってるだろうよ」と呆れていた。
「言ってくださいよぉ。全然気付かなかったんですから」
「なら、アイツのイタズラは成功したということだ」
「はっ」と鼻で笑っていた彼に呆れていると。
(――痛っ)
少し治まっていた頭痛がツキンと刺してくる。
「どうした?」
スッと目を細めた彼は、なにかを探っているようで、私は思わず視線を逃がした。
「大丈夫です。今夜は色々ありましたから、ちょっと疲れたんだと思います」
「……そうか。ならいいが」
まだなにか言いたそうなウールドリッジ。私はこれ以上踏み込まれる前に別れるのが吉と結論を出して、もう一度彼に深々と礼をする。
「送ってもらってありがとうございました」
「あぁ。よく眠れよ」
「はい」
彼が背を向けると、私は飛び込むように寮へ帰り、自室の扉を開けるとベッドにダイブした。
(ひどくなる前に別れられてよかった)
ズキズキと痛む頭は、もう目も開けていられないほどに強い。
(くすり、あったっけ?)
交流会の疲労も重ねってか、体がひどく思い。
私は着替えもしないまま、気を失うように眠った。
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