はじめまして魔法使いさん
こっそりとホールに戻った私は辺りを見回す。
(ウールドリッジ先生は……)
目当ての人物はすぐに見つかった。なにせ、一際人に囲まれていたからだ。
(先生、囲まれてるわ……)
しかも囲っているのは女性ばかりだ。私と同じぐらいの女性がうっとりしながら、彼に質問攻めをしている。
「ウールドリッジ先生。以前の論文読みましたわ」
「先生の活躍は我が校でも評判なのですよ」
「ありがとうございます」
「今日の服装もお似合いですね」
「貴方のドレス姿も素敵だ。今夜はいい交流会にしましょう」
見たこともないにこやかな笑みに、私は吹き出しそうになる。
(先生、無理してる)
普段の彼からは想像できない丁寧な受け答え。異性に囲まれたことがない私にはその大変さは分からないけれど、彼の表情から楽しいものではないことは分かった。
(まあ、ウールドリッジ先生だから仕方いわよね)
照明に当たると輝くプロンド。シックな黒いスーツは、彼の白い肌を際立たせて、赤いクラバットと揃いの手袋はアクセントにぴったりだ。まるでお伽噺から出てきたような王子様のような容姿に、私はしばし眺めていた。
(先生、カッコいいな。……まるで知らない人みたい)
容姿の良い彼の隣に立っていた自分は、とんでもなく似合わないのではなかったのかとパウダールームのことを思い出して、顔が青ざめていく。
(私が隣りにいたことで先生に迷惑をかけてしまったかもしれないわ……)
ウールドリッジへ近寄ろうとした足が止まった。先程勇んだ気持ちが萎びていき、その場から動けない。
(どうしよう)
ウールドリッジに声をかけないと学園には帰れないが、その勇気が出ない。
(もし同じ色を身に着けていると知れば、彼は不快になるかも)
アメジストの瞳が嫌そうに見下ろしてくることを想像して、胸がツキンと痛みだす。
(怖い……)
壁を見れば、鏡にウールドリッジを遠くから見ている自分がいた。
着飾っても空っぽな私と、きらびやかなウールドリッジ。
(私、どうしてここにいるんだろう)
途端に自分が惨めに思えてきて、場違いなこの交流会から早く去りたいと思うのに、立場的にそれができない。
(……どうしよう)
沈んでいく気分が体に異変を起こす。
(あたま、いたい)
最近頻繁に起こる頭痛は時間が経つほどに痛みは大きくなっている。疲れているからだと思っていたけど、それが原因ではない気がした。
「ウールドリッジに話しかけたいのに怖くなったか?」
「え?」
この交流会へ来て初めて自分にかけられた声に驚く。
褐色の肌に黒いウェーブの髪を後ろに縛った長身の男性が私を見ていた。
「いえ、そうではなく……て」
「……顔色が悪いな?」
私の顔を見て只事じゃないと察したのか、彼は眉間にしわを寄せた。
「気分が悪いのか?」
「少しだけ……」
「人に酔ったか……少しこの場を離れよう。良いか?」
「は、はい……」
「触れるぞ」
そっと肩を抱く手は、ウールドリッジとは違い素肌の温かさが、冷えた私の体に熱を分けてくれるようで、小さく息を吐けた。
「外の空気を吸えば、気分も落ち着くだろ」
「すいません」
「大丈夫だ。水でも持ってこようか?」
「いえ、今はいりません。ありがとうございます」
鏡の間からテラスへ連れて行ってもらい外の空気を吸うと、少しだけ頭の痛みが引いていく。
「少し冷えるけど、寒くないか?」
「えぇ、むしろ丁度良いです」
「……まだ顔色が良くないな」
「そんなに酷いですか……?」
「あぁ」
初めて出会った男性に分かってしまうのだ。これがウールドリッジにバレたら怒られそうだなと思う。
「人に酔ったのかもれないな。お互い大変だ」
クスと笑う男性を、私は改めて見る。
白いワイシャツを第二ボタンまで外し、ダックブルーのベストにチャコールのスーツを着た男性は、ウールドリッジに劣らない美しさを持っていた。
「交流会に参加するのは初めてか?」
「どうして、そう思うんですか?」
「見れば分かる。慣れてないからな」
図星を突かれて小さく落胆した。
(やっぱり分かるわよね)
なにか無作法なことをしていなかっただろうか。今更ここへ来たことを後悔し始めて、私は自嘲気味に笑った。
「それに、みんな君に注目ている」
「悪い意味で。ですよね?」
「……なるほど、アンタは少し鈍いみたいだな」
「鈍い?」
「いや? なんでもない」
目を細める仕草は、ウールドリッジとは違う色香が漂う。
「交流会の思い出が体調不良ていうのは勿体ない。良いものを見せてやるよ」
彼が指をパチンと鳴らす。すると、水滴が弾けて粒が大きくなった。それは段々と質量を増し、ゆらりと大きな水になる。
「なにか好きなものは?」
「好きなものですか? えっとお花とか?」
「はは、女性らしい」
彼は水を撫でるように回すと、透明な水はクルクルとその後を追うように形を変えていく。
細い水が茎となり、葉が形作られ、最後は美しい水の花と成った。
「出来上がり」
「わあ……!」
月の光を反射する透明な花。見たこともない形をした花弁は夢に出てきそうで。
「きれい……」
「この魔法の難点がなんだか分かるか?」
「難点?」
こんなに美しい花に欠点なんてあるわけがない。
私はフルフルと首を振る。
「美しい女性に贈れないことさ」
花はサァ、と音を立て、一本、二本と増えていく。
確かに、この魔法の花を手に取れないのは残念だ。
「ふふ、そうですね。持っていけたら嬉しいのに」
「だろう? これがオレの魔法の欠点」
わざとらしく「あーぁ」と言いながら、彼は様々な種類の花を作って花束にしてくれた。周りに水の粒が光って本当に美しい。
「笑ったな。多少は気分が変わったか?」
「え? あ、そういえば……」
いつの間にか頭痛は止んでいた。
「これも魔法ですか?」
「まさか。オレは医療魔法は使えない。そうだな、強いていえばアンタの笑顔が見れる魔法か?」
「なんですか、それ」
クスクスと笑うくらいには、私の体調は良くなっていた。
「今夜はオレがアンタの笑顔を見た初めての男になれてラッキーだな」
「ラッキーって。貴方、変な人」
「よく言われるよ。でも、見てくれだけの男より良いだろ?」
軽い口調の男性に、私の沈んでいた気持ちが無重力を得た水のように穏やかになる。まるで彼の魔法みたいだ。
「なあ、アンタ名前は?」
「私の名前ですか?」
こんなに良くしてもらって名乗らないなんて失礼だ。それに、この人とはまた話したいと素直に思う。
「私の名前は――」
柔らかくなった唇が名前の形を象ろうとした時――。
「――ここにいたのか」
静かな夜のような声が背後からかけられた。驚いて振り向けばウールドリッジがクラバットを緩めてこちらを見ている。
「ウールドリッジ先生!」
「どこにいるのかと思えば……。連れ出したのはお前か?」
ギロリと男性を睨むウールドリッジに、私は混乱する。
「違うんです、この方は……」
「あー。いいのいいの。――パートナーを一人にさせるなんて、男としてはマイナスじゃねぇか? エドワード・ウールドリッジ」
「黙れ。お前こそ、こんなところにいて良いのか? ランドル・ランディス」
目に見えないはずなのに、二人の間にバチバチと弾ける火花が見える。
(この二人って……?)
「それより彼女、体調悪いみたいだぜ?」
「なんだと? 本当か?」
男性に向けられていた体が、グルリと私の方に向く。その顔は怒っているようで体が硬直してしまった。
「少しだけ。もう大丈夫ですから」
「大丈夫なわけないだろう」
ウールドリッジが自分の上着を脱いで私の肩にかけてくれる。今まで包んでいた彼の温度が、私を安心させた。
(先生の香水の匂いがする)
グリーン系の爽やかで甘い香りだ。
「それじゃ、オレは交流会に戻るわ」
「おい、待て」
「男に待てって言われても嬉しくねぇよ。――そうだ」
片眉を上げて小憎たらしい笑みを浮かべた男性が、私の手を取った。
「今夜は貴方の笑顔を見れて光栄でした。また、いつかどこかで。おやすみなさいお嬢さん」
ちゅ、と音を立てて手の甲にキスした彼はウィンクをすると踵を返す。驚いて目をパチパチと瞬く間に、男性は「じゃーな」と手を振って去っていった。
「今の以外になにかされていないか?」
「は」
「は?」
「初めて手の甲にキスされました」
「……アルコールで消毒するぞ」
呆気にとられながら、去っていた彼を見送る。
風というより、風ひとつで形を変える水のように自由な彼に、私は呆然とするしかなかった。
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