これが、私?
トラムから降り立ったのは商業エリアから少し離れたファッションショップだった。
マネキン一台用の長方形のショーウィンドウ。紺色のパティオパラソルに筆記体で店の名前が書かれた上品な店先は、まるで海外映画に出てくるものだ。
とてもおしゃれな店の前で、私はタジタジになった。
(こ、こんなおしゃれな店に入るの?!)
スーツ姿で入店するのも恐れ多く感じる。それくらい、この店の雰囲気は違った。
「あの、ウールドリッジ先生、ここは……?」
「知人の店だ」
(さすが先生……。おしゃれな人はおしゃれなオーナーと知り合いなのね)
謎の納得をして、既に暮れた空に灯るランプが揺れる。
「なにをしている? 早く来い」
「は、はい!」
さっさと扉を開けたウールドリッジを追う。店の扉に触れることも怖い私は、更にその店内に驚いた。
「ふ、服がありませんが?」
そう、その店には服がなかったのだ。
深い赤色の壁紙に、アカンサス柄のタイル。大きなファブリックソファにデスク。
その光景は、ファッションショップというより応接室だ。
「あら〜? エドワードじゃない」
奥から顔を出した店主は美しい女性だった。
長いキャロットオレンジの髪をまとめ、服は彼女の美しい曲線美にピッタリと沿う形をしている。
「店が終わっているのに悪いな。時間がないから端的に言うが、彼女に合うドレスを見繕ってくれ」
「え?!」
「あらあら〜」
ウールドリッジの言葉に飛び退きそうになった私と、まるで彼の無茶振りに慣れているような彼女。
「どういう会かしら?」
「交流会だ」
「あぁ〜。なるほどね〜」
訳知り顔の彼女は、ウールドリッジの表情と困惑する私を見比べて「ははは」と笑った。
「わかったわ。お嬢さんお名前は〜?」
「た、滝沢吉乃といいます」
「珍しい名前ね〜? いいわヨシノ、こっちへ来て」
「え? え?」
「早くしろ」
(んもう!!!!)
何しろ時間がない。
私は困惑するより流れに身を任せることが吉と腹を括って、彼女へとついていく。
「さあ、ここよ。えっと、なにがいいかしら〜?」
「わあ……」
アラベスク柄の厚手のカーテンの向こうにはドレスルームだった。
ドレスを着せられたビスクドールが並び、スーツを着ているドールもいる。私のスーツとは形もディテールも全く違うものだ。
「あの、ここは?」
「ヨシノの髪は綺麗なマホガニーカラーね。瞳の色はアーモンド。肌は〜……」
彼女は私の言葉など聞こえていないようだった。
ただ、ビスクドールの後ろに整えて収納されたドレス群を夢中で漁っている。
「はいこれ〜! ヨシノにはこれよ〜!」
「へ?! いや、あの、この色は……」
どう見ても私には似合わないと思う色だが「私の目に狂いはないわよ〜」と自信満々な彼女に背中を押され、誂えられたフィッティングルームへ押し込まれた。
(仕方ない着よう。……でもこの色って私には似合わないと思う。それに、このドレス……)
ゴクリ、と喉を鳴らす。頭の中でウールドリッジの「時間がない」という言葉がぐるぐると巡り「うぅ」と唸りながら、繊細なドレスを着ることにした。
「あの、着替えました」
そろりとフィッティングルームのカーテンを開けると、そこには店主の女性と共に、ウールドリッジが一人掛けのソファに腰を掛けていた。
「う、ウールドリッジ先生もいたんですか?」
「見ないわけにはいかないだろう」
(たしかに、基準は先生にしかわからないか。でも、でも!)
カーテンから顔だけ出している私に眉根を寄せたウールドリッジ。まるで早くしろと言わんばかりだ。効率を求める彼には、私の羞恥心なんて非効率そのものなんだろう。
(えぇい!)
意を決してフィッティングルームから飛び出るように一歩を踏み出す。
「ど、どうですか?」
私が着たドレスは丁寧に貯蔵されたワインのように深い赤色。
首から手首まで包まれた柔らかなシースルーの袖。
高価なものだと一目で分かるような代物で、シンプルながら生地にこだわりシルエットの美しいサテンのドレスは身に余るものだ。
「ふむ。悪くない」
「よ、良かった……」
躊躇ったのは上質なドレスもあるが、一番はこの赤色だ。元の世界では絶対に選ばないカラーは、着るのに勇気がいった。けれど、ファッションセンスにこだわりがある彼のお墨付きなら一安心。
「しかし、少しシンプルすぎるな」
「そう〜? 凄く似合ってるけど?」
ジッと私を品定めるように見つめる視線に居心地の悪さを感じる。
(そんなに見ないでよ〜)
恥ずかしくて頬が赤くなっていく。こんなにじっくり自分の姿を見られたことなんてない。
「仕上げが必要だな」
「仕上げ?」
ここから何を仕上げるのだろうか、と疑問に思う。どう見ても完成されたドレスだ。
しかし、ウールドリッジはどこから出したのか、魔法の杖を持って一振りする。
「え? え? ――きゃ!」
魔法の粒が青い蝶になり、私の周りを飛ぶ。キラキラ散らばる鱗粉が裾から上がり、赤いドレスに柄を描いていく。
「相変わらずね。お見事だわ」
オーナーがパチパチと手を叩く。
何が起こったのか戸惑う私に、彼は「鏡を見ろ」とだけ言った。
「わ、わぁ」
ドレスの裾から、ウェストのドレープまで細く輝く美しい文様。見たこともないそれに目を奪われる。
「隠すには勿体ないからな」
(隠すって、なにを?)
「あらあら〜」
店主は口元を隠した。
「エドワードが女性の装いに口を出すなんて珍し〜」
「黙れ」
(珍しいって……どういう意味?)
しかしその疑問は、すぐに次の魔法で消えてしまう。
髪が空中に浮き、シュルシュルと音を立てて美しいシニョンへと結ばれた。
(魔法ってこんなことも出来るのね)
「ささ、これも履いてね」
ドレスと同じ色の艶のあるハイヒールを履かされる。
大きな全身鏡には、先程までスーツを着ていたお硬い秘書みたいな人間はいなかった。
「素敵……」
こんな色も素材も、元の世界にいたら選ばなかったものばかり。周囲が距離を置くようなドレスを着せられた私は、色と形が持つ魅力に感動する。
「ほら、もう時間だ。行くぞ」
「は、はい! あの、ありがとうございました! ドレスはクリーニングに出してお返しします」
「今はその話しより急いで〜! 遅れちゃうよ〜!」
「奥の扉を借りるぞ」
「はいはい。どーぞ」
「え、外に行くんじゃないんですか?」
ウールドリッジが向かっているのは扉ではなく、店内のさらに奥だった。
「ウールドリッジ先生? なんで奥へ?」
「ここが一番〝早い〟」
一番奥の部屋、重そうな素材の天蓋カーテンを思い切り開けた。そこは照明を落とした何もない壁だったが、ウールドリッジは杖を振る。
「門を開ろ」
「え、あ? わ、わあ!」
何もない壁に光が集まり、形作られた楕円の表面は水面のように歪む。
(ちょ、超常現象!!)
「行くぞ」
「ウールドリッジ先生これは?!」
「後で説明する」
(今説明して欲しい!!)
得体のしれない空間へ入る恐怖で途端に体に力が入るが、それでもウールドリッジの力には敵わず、腕を引かれて私は楕円の光に引きずり込まれた。
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