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これじゃ、ダメですか?

 交流会当日――


「アイロンはかけてあるし、靴擦れ対策もばっちりね」


 部屋の全身鏡の前で後ろ姿までチェックした私は「うん」と頷く。

 お店で試着した時となんら変わらないことに安心した。


「そろそろ行かなきゃ」


 時計を見て、待ち合わせの三十分前を確認する。

 交流会は夜に行われるので、今から待ち合わせの学園入口まで行っても十分に余る時間だ。


「ここにいても大してやることもないし、初めて行く場所なら余裕があるほうがいいわよね」


 私は最終確認を終えて、部屋を出る。

 窓から見える夕日はオレンジ色に染まり、もうすぐ夜がやってくる頃だ。


(その前に行かないといけないわね)


 コツコツとヒールの音を鳴らして、真帆の部屋の扉を叩いた。


「吉乃さん?」

「真帆ちゃん居てくれてよかった。私これから学園長のお願いで交流会行ってくるね」

「あ、そっか今日だっけ?」

「そう。帰りは何時になるか分からないから、顔を見ておこうと思って」


 そういうと、真帆がはにかみながら私を見た。


(顔色は悪くないわね)


 真帆の魔力が暴走した日から彼女のことに敏感になっていて、少しの変化も見落としたくなかった。

 私は、真帆を見て一安心する。力んでいた肩が少しだけ緩んだ。


「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 真帆が小さく笑って手を振ってくれたが、少し寂しそうな表情が子犬みたいで後ろ髪を引っ張られる。

 何度も振り向いて手を振って、階段を踏み外しそうになった私は、ようやく前を向いた。


 談話室でおしゃべりに花を咲かせている寮生にも挨拶して寮を出発した。


(そういえば、真帆ちゃんは談話室に行っていなかったな……。私が見落としていたものがたくさんあったのね)


 そしたら、あんな事が起きなかったのに。

 自責の念に胸が苦しくなって眉間にシワが寄る。


(私がもっとしっかりしなくちゃ)


 これ以上のストレスを真帆に与えたくない。

 今夜は側にいてあげられないことの申し訳なさと不安が私の歩みを遅くする。


(今からでも断って戻るべき?)


 浮かんだ考えを頭を振って逃がす。私の行動が真帆の安全に直結するのなら最初から断るべきだったのに。今更学園長の頼みを土壇場で断るわけにはいかない。


 夕日が沈みかけている紫色の空の下に佇んでいる男を見つけて、私は校門へ小さく駆けていく。


(いけない、遅刻したかしら?)


 待ち合わせ時間より早く寮を出たはずだが、彼は既に校門の塀に体を預けて時計を見ていた。

 その立ち姿はカッコいいという他ない。長い脚を交差させて待っている。これが元の世界だったら老若男女も視線を独り占めだろう。まあ、この世界でも変わらないのだろうけど。


「ウールドリッジ先生、お待たせしました」

「あぁ、来たか……っ?!」


 私の方を向いたウールドリッジが大きく目を開いた。空の色より美しい光彩が、いつもよりもよく見える。


「あの?」

「……なんだそれは?」

(それって?)

「服装のことだ。何故それを選んだ?」


 彼が指す私の服装に、首を傾げる。


「スーツですが?」

「……その秘書みたいな格好で交流会へ行くつもりか?」

「ダメなんですか?」


 膨らんで縮む胸の動きが服の上から分かるくらいの盛大な溜息を吐いたウールドリッジに、私は肩を強張らせ困惑する。


(なにか、悪かったのかしら?)


 「あの……」と小さく声をかけようとして、頭を抱えていた彼が「待て」と私に手をかざす。


「俺が悪い。きちんと伝えるべきだった」


痛む頭を抑えるようにして、彼はギュッと目を瞑る。どうやら私の服装は頭痛がするくらい悪いらしい。


(どうしよう……)


 想定外の反応だ。

 今から着替えると言っても、ワードローブは残念なラインナップ。ならば買いに行くか? しかし選んでいる時間はない。


「ど、どうしましょう?!」


 このままでは学園に泥を塗ってしまう。

 私の頭の中はパニック状態で、指先が冷たくなっていくのを感じた。


「落ち着け」

「でも」

「……あてがある」

「あて……?」


 ウールドリッジは「ふう」と言うと、上品な渦中時計を確認した。


「まだ時間はあるな」

「で、でも……」

「いいから、言うとおりにしろ。ついてこい」


 胸に迫る焦りを言葉にしようとも、彼は私の不安を無下にする。


(行き先も教えてくれないなんて)


 スタスタと長い脚で学園の坂を下りトラムへ向かう彼の後を追い、私は走り出す。

 夕暮れの反対側には濃紺の夜がやってきていて、その光景は不安と焦りが滲む私の心のようだった。


読んでくださりありがとうございます。

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