え?私がですか?
ある日、私は学園長室に呼び出された。
(真帆ちゃんまた何かしたのかしら)
入学してからと言うもの、真帆ちゃんは良くも悪くもトラブルメーカーになっていた。
錬金術の授業中に爆発を起こしたり、飛行訓練では山まで飛んでいってしまうなど序の口で、もう立派な問題児だ。
もっと生活の質を向上させろとか、精神面の安定や、よく言い聞かせろと苦情を聞くのは私で。
呆れてしまうこともあるけれど、何より真帆が楽しそうにしていると、苦情などどうでも良くなってしまう。彼女が傷つかなれば、正直なんだって構わないのだ。
(まあ、なんにせよ。真帆ちゃんを支えるのが何よりも大事だもの)
学園内で一等高価な扉の前に佇み、ノックを数回。しわがれた声は少しだけ優しくて、これは苦情ではないなと直感した。
「失礼します。学園長、お呼びですか?」
「おぉヨシノくん。急に呼び出して悪いのう」
「いえ。雑務は一段落していましたから」
学園長に入ると、意外な人物が学園長の前に立っていた。
「ウールドリッジ先生……?」
「なぜいる?」
「呼ばれたので」
ウールドリッジは少し驚いた顔をして、二人して呼ばれた意味が汲み取れないと、同じような顔をしていたと思う。
そんな私を自分の前へと促した学園長に従って背の高いウールドリッジの隣に立つ。相変わらず顔が良い彼は、横顔だって同じで隙がない。
「それで、私たちを呼んだ理由をうかがいましょうか?」
彼は腕を組む。どうやら、早く話を切り上げたいようだ。
(そういえば、このあとは授業だったわね)
いつの間にか、私は彼の授業時間を把握していた。四六時中一緒にいるわけでもないのに、不思議なことだ。
ぼんやりとしていると、学園長が長いヒゲに隠されてた口角を上げる。
「今度の他校教員との交流会じゃが、ウールドリッジが参加する」
「はあ?!」
大きく叫んだウールドリッジの声に、思わず耳をふさぐ。
「す、すまん」
耳を手で塞いだ私に、彼は気遣うように謝った。未だ胸がドッドッドッと喫驚に脈打っているが、それももうすぐ落ち着くだろう。
「あの、それより交流会とは……?」
本題自体が分からない私は、ウールドリッジに訪ねた。彼は、グッと喉を詰まらせたあと、視線を不自然に泳がせる。
「ウールドリッジ先生?」
「あ、あぁ。交流会っていうのはな……。簡単にいえば他学園の教職員との交流だ。互いの学園の状況は情勢にも通じるし、カリキュラムは参考になったりする。実になる機会だ。……傍から見たらな」
(とても良さそうに聞こえるけど、ウールドリッジ先生は乗り気じゃないようね)
彼は見るからに嫌そうな顔をしている。
そんなウールドリッジを見ていた私に、学園長はにっこりと笑いかけた。
「その会はな、我が学園にとっても大切な機会での。今回はウールドリッジを向かわせることになっておる」
「私は了承してませんが?」
あからさまに嫌そうにしているウールドリッジは、自分が参加することに納得がいかないようだけれど、学園長の決断は堅いようだ。
(交流会と私に何の関係があるのかしら?)
どう考えても、今この場に居なくても良い存在である私には、それが自分に関係があるとは思わない。学園長が何故私を呼んだのか、全く分からなかった。
その疑問が表情に出ていたのか、学園長は「ほっほっ」と笑った。
「それでな、ヨシノくんもついて行ってほしいんじゃよ」
「え! 何故私が?!」
今度は私が大きな声を出す番だった。
ギョッとしている私に、学園長は笑う。まるで楽しんでいるみたいだ。
「ウールドリッジが嫌がるのはな、参加すると言い寄られるからじゃよ」
「言い寄られる?」
「女性からじゃよ」
(あぁ、なるほど)
「でも、ウールドリッジ先生って……」
プレイボーイで有名な男が、女性を嫌がるなんて思いもしなかった。
自分を見上げる私の視線に気付いたのか、気まずそうに逸らす。
「同業に手を出す趣味はない」
(じゃあ、同業ではなければ喜ぶの?)
最近、距離が少し近づいたせいか、彼が恋愛を得意としていることを忘れていた。私には気さく対応だったから。それは私が恋愛対象に入らない教育者として同業だったからなのかと合点がいく。
(なんだか、ちょっぴり悔しいような)
それを振り払うように、私は学園長を視線を移した。
「それが何故、私が帯同を? 他にも先生方がいますよね?」
「あいにく、予定が空いてなくてのう」
私は直感で嘘だと思った。
多分だが、ウールドリッジの隣は面倒なことが多いのだろう。それに他学園との繋がりも、自分の肩に乗ってくることが嫌なのかもしれない。そこで、なにも知らず教員ではない私に白羽の矢が立った。
「………」
「どうかのう?」
この学園には世話になっている。特に学園長は真帆を気にかけてくれているし、ウールドリッジも同じだ。
恩を返すと言うには些か小さいが、帯同も悪くないと思った。
それに、女性の視線に不機嫌になる彼も見たい。
「わかりました」
「おい……!」
「私では役不足ですか?」
「そういう訳では無いが……!」
「なら、いいではないですか」
「ほっほっほっ。ヨシノくんは学園以外に交流の場がないからのう。気分転換と考えてくれていい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「お……ごほん。私は了承していませんが?」
一人称を間違えそうになったウールドリッジが咳払いをする。
困った彼を見るのは、少し面白い。
「まあまあ。ウールドリッジ先生、腹を括りましょう」
「そうじゃぞ。……それに行ってくれれば、欲しがっていた錬金術の論文も取り寄せよう」
「……その言葉、信じますよ」
(物に釣られた)
意外と物欲のある男が陥落した瞬間を見て、私は「ふふ」と小さく笑う。目ざとい彼が、私をギロリと睨みつけ不貞腐れた。
「交流会は二週間後じゃ。それまでに準備するように」
これで肩の荷が下りたと言わんばかりに満足な笑顔を浮かべた学園長には悪いが、まだ私には聞かなければならないことがある。
「服装はどうすればいいでしょうか? いつもの格好ではいけませんよね?」
白いブラウスに動きやすいスカート。汚れてもいいように水色のエプロンをしている私の格好は、どう見ても相応しくない。
二人は私の服装を見て、深く考えているようだった。だって、服は同じようなものしか持っていない。
「交流会じゃからな。TPOに合わせたもので良い」
「そうですか」
(なにを買えばいいのかしら?)
「お金はこちらから出そう。なあに、経費じゃよ」
「では、お言葉に甘えて」
私はペコリとお辞儀をし、学園長室をウールドリッジと共に出た。
「本気で行くのか?」
「もう言ってしまいましたし」
「……そうか」
「はあ」と盛大な溜息を吐いた彼は、こめかみに長い指を当てている。相当頭が痛い問題のようだ。
「諦めることも大切ですよ」
「はあ……有意義な会になるといいんだがな」
ウールドリッジは私が言うように腹を括ったのか、痛む頭を軽く振り払った。
「では、俺は授業がある」
「はい、わかりました。いってらっしゃい」
「……あぁ」
手を振る私に、紫の瞳が少しだけ細まる。
(いってらっしゃいなんて、少し子供っぽすぎたかしら?)
そう思い、小さくなっていく背中が消えるのを見届けると、私も自分の仕事へと戻った。




