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突然来られても困ります!

 魔力暴走の件から一夜明け、私は寝不足で大きなあくびをした。

 あれから、真帆と一晩中話していのだ。


(今日は休校になったし、なにかお茶菓子でも作ろうかしら?)


 女子寮は、いつもより静かだ。談話室には数人だけ集まっているが、それも心細さから集まっているだけだった。


(やっぱりみんな動揺してるわね)


 それはそうだ。天災のような事象に生徒のメンタルが心配で仕方ない。特に真帆は責任を感じているようで、部屋から一歩を出ていなかった。

 しかし、それも突然の来訪者のお陰で二つの心配事が解決する。


「ヨシノさん!」

「あれ? マーガレットちゃんどうしたの?」

「玄関! 玄関来て!!!」


 彼女は私の手を引いて、走っていく。

 玄関へ向かうほどに、女子生徒の戸惑いと喜びの声が聞こえてくる。


「え?」


 玄関に立っていた来訪者は紅葉の髪に緑色の瞳をした男子生徒だった。

 その人は――。


「が、ガレス殿下?!」


 凛々しく背筋を伸ばした彼の表情は張りつめている。ただ事ではないと察した私は、本当は男子禁制の女子寮へと招いた。


「ここで申し訳ないですが……」


 次期皇太子を私のキッチンに招くのは不敬罪に問われないか冷や汗をかく。キッチンは私のテリトリー。ここは治外法権というやつだ。


「その、今回の来訪は……真帆ちゃんのことでしょうか?」


 恐る恐る尋ねる。

 真帆の処遇はどうなるのだろうか。学園を退学して王城で生活するとなると、鳥かごの中にいれられた彼女の孤独は更に深くなってしまう。私はそれを危惧していた。


(真帆ちゃんには、自由でいて欲しい)


 自分勝手だけれど、初めて出会った時の天真爛漫さが、彼女の良いところだ。


「……はい、聖女さまに関することです……」

「やっぱり…………」


 そのあとは沈黙が落ちる。

 淹れた紅茶には手を付けられず、ただよう湯気が時間の長さを物語っていた。


「……吉乃さん?」


 部屋から出てきた真帆が、そろりとキッチンの出入り口から顔を出す。ガレスを見るなりビクリと肩を揺らして入ってくるか緊張している様子だった。


「真帆ちゃん、こっちへ」

「……はい」


 肩を縮こませた真帆。明らかに怯えている。


「聖女さま」

「…………」


 ガレスは椅子から立ち上がり、真帆の前まで来ると頭を深々と下げた。

 ぎょっとする私と真帆。互いに顔を見合わせ困惑する。


「あ、の」

「この度は申し訳ありません。いえ、ずっとです」


 ガレスはいつまでも顔を上げない。

 王子さまがそんな態度を取るなんて、とてもじゃないが心臓が持たない。


「あの、顔を上げてください。あたしの方こそ、ごめんなさい」

「聖女さまは悪くありません。僕の至らなさが先の件を招いたのです」

「でも、あの」


 戸惑う真帆は私に助けを求める。正直、私もどうすれば良いかもわからない。けれど、このままでは先に進めない気がした。


「ま、真帆ちゃんの分もお茶をいれるので、飲みながらお話するのはどうですか? ね? 殿下に淹れたお茶も冷めてしまったようですし、淹れ直しますので」

「タキザワさま。ありがとうございます」


 私にまで頭を下げたガレスを椅子に座らせ、真帆も目の前に腰を下ろす。互いにソワソワと落ち着きがなく、何から話し始めれば良いのかキッカケを探しているようだった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

(市販のお茶を殿下に出したの私だけだろうな)


 やっとカップに口を付けてくれたガレスが、真帆を見てそして瞳を下ろした。


「その、王さまからなにか言われましたか?」


 助け舟を出す。


「陛下からはお怒りをいただきました。タキザワさまが側にいてくれれば大丈夫だと驕っていた僕の失態です」

「そんな……」

「聖女さまとタキザワさまに非はありません。聖女さまがイヤだと仰るなら学園から王城へ来ていただくことも出来ます」

「つまり……?」

「聖女さまのご意向を伺おうと」

「それは……」


 王城へ帰れば自由は減る。しかし、学園にいれば孤独はそのまま。真帆にとっては、どちらもいい案とは思えない。


 心配そうに真帆を見れば、俯いていた彼女がパッと顔を上げる。


「あたし、まだここにいたいです……」


 予想外の決断だった。


「……確かに寂しいけど、でも頑張りたい」

「真帆ちゃん……」

「聖女さま……」


 王城でも勉強は出来るのに、人間関係だって学園では複雑だ。それでも選んだのなら、私も一緒に寄りそう。


「私も、真帆ちゃんが決断したのなら、ここにいます」

「タキザワさま」


 ガレスは少し考えて、伏し目がちだった緑の瞳で私たちを見た。その目はキラリと光り、覚悟を決めた強さだった。


「わかりました。今後サポートさせていただきます」


 安心したように微笑んだガレス。真帆はホッとして私に小さく笑った。


 そのあと、ガレスが私たちの世界のことを聞きたいと言い、私たちは互いの生活を話した。

 スマホやパソコンから始まり、文明や社会。特にガレスは真帆がどのような生活をしていたか嬉しそうに聞いていた。多分、少しずつ元気を取り戻して話す真帆に安心したのだろう。


 紅茶が三杯目になる頃、ガレスがホッと胸を撫で下ろした。


「長居して申し訳ありません。そろそろ戻ります」

「あ、お見送りしますね」

「ありがとうございます」


 席を立ったガレスを玄関まで案内する。その間にはもう女性徒の野次馬が出来ていて、やはりガレスは注目を集める人間なのだと思った。


「それでは、タキザワさま聖女さま、失礼します」

「あ、あの」


 軽い会釈をしたガレスを、真帆が呼び止める。


「その聖女さまってやめてほしいです」

「しかし、名前を呼ぶなど失礼ではないですか?」

「聖女さまって呼ばれるのイヤなんです。あたしには白石真帆って名前があります」


 真帆のキッと釣り上げた目と大きな鼻息に、ガレス目をまんまるとさせた。


「その、ま、マホさま?」

「その〝さま〟はいらないです」

「あ、えっと」


 たじろぐガレスは「こほん」と咳払いして一拍。呼吸を整えた。


「ま、マホ……」

「はい」


 この世界に来てから久しぶりの笑みに目を細める私。


「じゃあバイバイ、王子さま」


 手を振った真帆に柔らかく笑ったガレスの向こうには、晴れ晴れとした空が広がっていた。

 

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