表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/23

聖女、真帆3

 ウールドリッジと立ち話をしていたら、地鳴りが聞こえた。その地鳴りは段々足元から全身に響いて、廊下の窓をガタガタと揺らし、手が痺れるほどだ。

 私はその振動に堪えきれず、体をふらつかせてウールドリッジに受け止められる。


「なに? 地震?!」


 元の世界でも感じたことのない振動に、思わず彼のシャツを掴む。

 ウールドリッジは、眉根を寄せて窓の外を見上げた。


「いや、これは魔力だ」

「ま、魔力?!」


 これほどの振動が魔力だということに驚き「きゃあ!」「ぅわ!」と言う悲鳴を聞いて、そちらの方を向いた。

 廊下を歩く生徒たちは立ってられずに床に座り込んでいて、みんなこの現象に戸惑いと恐怖を感じている。


「だ、誰がこんな魔力を?!」


 あまりに強大な魔力に、私は肩を震わせる。そのくらい魔力は強くて。

 窓が地響きを受け止めるビシビシと音を耳にし、私は外の生徒が心配になって中庭を見た。やはり、みんな立っていられず柱や壁に手をついて体を支えている。


(真帆ちゃんは……?!)


 この事象のなか、彼女はどうしているだろうか。きっと震えているに違いない。

 しかし、その姿はすぐに見つかった。


(真帆、ちゃん?)


 中庭の真ん中。噴水の前で頭を抱えて俯いている彼女がいる。

 けれど、周りの生徒とは違い、その足はしっかりと地面を踏んでいた。

 そして――。


(真帆ちゃんの周りに光が!!)


 思い出せば、この振動は一度経験したことがあった。

 それは王城で初めて彼女が動揺した時だ。私はこの揺れの正体にハッとする。


「真帆ちゃんだわ!」

「おい!!」


 私はウールドリッジの胸を押し返し、下から突き上げてくる振動に負けじと走り始める。


(あの子、まだ魔法が安定してないって言ってた。もしかしたら……)


 何度も壁に手でバランスを取りながら、私はやっと回廊を抜けて中庭へ来れた。

 やはり、その中央には真帆がいて、一目で彼女の異変に気付く。


「真帆ちゃん!」


 ゴゴゴゴ。

 地面はひび割れ、隙間から光が漏れている。きっと真帆の魔力だ。


「よしの、さん……?」


 私の声を認識したのか、俯いていた顔を上げた彼女の表情に、私は言葉が一瞬でなかった。


 赤くなった瞳。涙で濡れた頬。震える唇。

 

「真帆ちゃん! どうしたの?! なんでこんなこと?!」


 地鳴りが耳に響く中、大声で叫んだ。

 すると、真帆は虚ろな瞳で答える。


「わからない、わからないの」

「真帆ちゃん?」


 頭痛に堪えるように頭を抑え、黒い髪の先が宙に浮く。


「どうして? ねえ、なんで? どうしてみんな、あたしを怖がるの?」

「そんなこと……!」

「あるの! 誰もあたし自身を見てくれない! あたしはあたしなのに! 聖女なんてなりたくてなったわけじゃないのに!!!」


 真帆は怒鳴り声を上げ、大粒の涙を零す。


「……吉乃さんは、あたしと一緒にいてくれるよね? あたしを見てくれるよね?」

(怒りで混乱してる!!)


 震える口角を上げながら、真帆は私に笑った。その笑顔は最後の理性の欠片のように、痛々しかった。


「言ってよ……。あたしだけって……。一緒にいるって……」

「真帆ちゃ……!」

「お願いだから! そう言ってぇ!!!」


 真帆が叫ぶと、一際大きく地面が揺れ、瓦礫の粒が私に向かってきた。


「……ッ!!!」


 悲鳴を上げる暇もない一瞬。その刹那に肩を物凄い力で引かれる。


 パアン!!!!

 なにか大きな音が耳に劈き、ギュッと瞑った目を薄っすら開ければ、目の前には大きな紫色の魔法陣が光っていた。


「ッ大丈夫か?!」

「う、ウールドリッジ先生!!」

「魔法も使えないのに前へ出るな!!」


 真帆の魔力から私を痛いほど抱きしめて守る彼の魔法。

 だが、その綺麗な魔法陣とは違い、ウールドリッジの表情は険しく、こめかみに汗が浮かんでいる。


「真帆ちゃんに一体何が?!」

「魔力の暴走だ……。アイツはまだ魔力が安定していない。だから精神的な揺らぎで強く出たんだろう」

「精神的な……きゃあ!」


 石の礫が、豪速球の勢いで向かって来て、彼の魔法はそれを弾き返す。


(……私じゃ、真帆ちゃんの力になれなかった……?)


 ずっと、彼女を守ってきたつもりだった。

 けれど、真帆の心はずっと悲鳴を上げ続けていたのだ。


(わからなかった……)


 ショックで呆然とする。


(それでも)


 目の前で小さな子供のように泣く、痛々しい心の叫びを放おっておけない。


「おい! 危ない!」

「いいえ! 行かせてください!」


 私はウールドリッジの制止を聞かず、彼の体を押しのけて魔法陣の前へと出て、真帆から発せられる暴風へ突き進む。


「おい! エルヴィン!! 風魔法で瓦礫を空へ逃がせ!!」

「はい!!!」


 礫が頬を掠め、痛みの箇所から血が流れても歩みを止めない。

 一歩一歩、真帆に近づくほどに、彼女の揺らぎが見えてくる。我を忘れて泣き叫ぶ姿は、心の傷を見せた。

 その時、真帆の体から大きな白と金色が混じり合った色が噴射される。反射的に察した。これは明確な攻撃魔法が私に向けられている。


「真帆ちゃん」

「……っこないで! わからないの! 自分で止められない!!」

「ッ真帆ちゃん」

「誰も傷つけたくない!!!」


 皮膚に鋭い痛みが走る。

 それでも、私の指が真帆の肩に触れる。大きく震えているその細い肩を、思い切り抱きしめた。


「ごめんね。私、真帆ちゃんの心を分かってなかった。ずっと、我慢してたんだね」

「…………」

「大丈夫。怒っていいよ、泣いてもいいよ。それでも私は、ずっと真帆ちゃんの側にいるよ」


 力強く抱きしめ、小さい子にするように背中を擦る。


「大好きだよ」

「うぅ……ぅあ」


 背中に回る真帆の手。そっと抱きしめられたと思ったら、服を握られ、その強さに彼女の心の叫びを感じると共に、地響きと振動が収束していく。


「うああああん……!! あぁああ!!」

「よしよし」


 哀しみの慟哭が中庭に響く。


「家に帰りたい! お母さんに会いたいっ!」

「うん」

「怖いの! 寂しいの!」

「気付いてあげられなくて、ごめんね」

「うあぁあっ! 吉乃さん、離れて、っいかないで!」

「大丈夫だよ」

「ひっく、……う、ぅん」


 段々と落ち着いていく真帆。

 「ヒックヒック」としゃくりを上げて縋る彼女の涙が肩口に冷たい。

 突風でザワザワしていた木は落ち着き、風は微風に変わって頬を撫でた。

 シン、と静まり返った中、スーツと髪を乱し、恐ろしさで座り込んでいた教師が震えながら叫ぶ。


「な、なんだ彼女は!! これが聖女だと?!」


 私たちから離れるように、ズリズリと後退りしていく教師に近づく足がコツリと小石を蹴った。


「どういう意味だ? シライシになにか言ったのか?」


 ウールドリッジだった。

 彼の声はいつもよりも強く重く、背中をヒヤリとさせるほど冷たい。


「わ、わたしは知らない! なにも言ってない!」

「言った言わないではない。彼女を見てなぜ止めなかった? 他の生徒もいたんだぞ?」

「それは、それは……!!」


 この学園にいる教師は優秀だ。だが、その教師は自分可愛さで行いを否定し、生徒への謝罪もない。


「聖女なら! もっと教育してからこの学園に通わせるべきだ!!」


(こいつだわ)


 狼狽え方を見るに、真帆を刺激したのは、この教師だ。


「真帆ちゃん、ごめんね」

「……え?」


 抱きしめていた力を抜き、まだ言い訳している教師に近づく。

 冷や汗を流し、真帆への罵詈雑言を繰り返している男に、私は手を振りかぶった。


 バチンッ!!!!


「言い訳はいりません。今度またあの子を傷つけてみなさい。絶対に許さない」


 怒りが度を越すと、人の脳内は冷ややかになるらしい。

 掴んだ胸ぐらのシャツに触れることすら嫌悪感でいっぱいだ。それでも、私は離さない。

 目を開いて教師を見つめて一字一句、迷いのない脅し。怒髪天ついた私に恐れを成したのか、教師はとうとう「ひ、ひぃ」と情けない悲鳴を上げた。


「この件は学園長へ報告する」

「僕の方も同じです。彼女の後見人は王家なので」

「そ、そんな」


 学園の責任者と王家への報告は恐怖を抱かせるには十分だったようで、教師は茫然自失し他の教師たちに引き摺られて行った。


「寮母。シライシを頼めるか?」

「はい。そのつもりです」


 キッパリ言うと、ウールドリッジはフッと笑い「頼んだぞ」と呟いて引き摺られて行った方へ去っていった。


(ふう)


 一件落着とはいかないが、取り敢えず落ち着いた現場に深い息を吐く。そしたら、トン、と背中に軽い衝撃がやってきた。


『吉乃さん……。ごめんなさい」


 小さく震える体は、あまりにも頼りなくて。


「良いの。真帆ちゃんが無事で良かった」


 時が止まっていたような周りの生徒達も、ざわめきと共に動き始める。

 誰も真帆へ駆け寄ってこない。この孤独に、彼女はずっと堪えていたと理解したら、私も息が難しくなるくらい胸が苦しくなった。


「寮へ帰ろう。真帆ちゃんのこと、もっと教えてほしいな」

「うん、うん。いっぱい、話したいこと、あったの」

「一晩中でも聞くよ。いっぱい話そう」


 振り返った私は真帆を抱きしめて、そう懺悔した。


読んでくださりありがとうございます。

ブクマに追加、評価を頂けたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ