聖女に乞われた(子供は見捨てられません)
目が潰れるのではないかと思ったくらいの輝く光に、網膜を真っ白にされた私が、次に目を開けたのは光が止んでからだった。
(なに? やっと光が止んだ)
チカチカとする瞼の裏を薄っすらと開けると、そこは知らない場所だった。
大勢の人間が、円の中にいる私と女の子を囲むように立っており、その目は驚きに開いている。
そして、白い装束に見を包んだ老人が叫んだ。
「聖女が召喚されたぞ!!!!」
その老人の一言で、大勢の人間は地に響くような歓喜の声をあげた。
(なによこれ、なんなの?!)
今、なにが起きているのか分からない。思考もまとまらない。
女の子も同じなのか、私に身を寄せている。小さな肩が震え、繋いだ手を離さないでいた。
大勢が歓声を上げる中、カツンと爪先を鳴る。
視界に映った白いブーツの爪先に、私は顔を上げた。一体、誰なのだろうか。
「怖がらせてしまい、申し訳ありません」
視界をいっぱいにしたのは、赤毛と緑の瞳を持つ少年だった。
「私は、ガレス・ソーマ・エルヴィンと申します」
思わず頬を赤らめてしまうほどの美少年。まだ輪郭に丸みがあり、大人へと近づく青い時期の彼は、出で立ちから只者ではないと感じる。
「貴方の名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
「あ、白石真帆、と言います……」
女の子ー白石真帆ーは、私に一層近寄り、肩がピタリとくっつく。その恐怖心を見て、私は彼女の肩を抱いた。
「貴方は聖女として、この国に召喚されました」
「ど、どういうことですか?」
震える声でガレスに問えば、彼は眉根を寄せて薄く唇を開いた。
「今、この世界には瘴気が広がっています。それを祓えるのは光の魔法を持つ聖女だけなのです」
「ひかり? あたし、魔法なんて使えません……! それより、ここはどこなんですか?」
徐々に落ち着いてきた彼女は、キッと目を鋭くさせてガレスを睨みつけ、しかし縋り付くように私の腰に腕を回す。
「ここは、貴方のいた世界とは違う世界です」
「なにそれ?」
「ひとまず、詳細を説明しますので、どうぞこちらへ」
ガレスが伸ばした手を、警戒しながら取る彼女は、それでも私を離さない。
「このお姉さんも聖女なんですか?」
「え? あ、あぁなんてことだ。聖女が二人も召喚されるなんて!」
ようやく私に気付いたのか、ガレスは瞳を輝かせて、ずいっと顔を寄せてきた。
「貴方の名前は?」
「滝沢吉乃です」
「タキザワ様。どうぞ貴方もこちらへ」
震える足を踏ん張り、私と女の子は部屋を出る。
(違う世界って、異世界ってこと?)
趣味のライトノベルの世界が現実に起こっているなんて疑わしい。手の込んだイタズラだと思いたかった。
しかし――
(嘘でしょ?)
大きな窓から見えた景色は、現代日本とは全く違う光景だった。
まるで外国ような町並みに、向こう側に深い森に山が見える。どう見ても、私たちがいた世界とは異なっていた。
通された大広間には、ローブを付けた厳格な男性と、ドレスに身を包んだ柔和な女性が、豪華な椅子に腰を掛けている。
まさに、王様とお后様だ。
(まさか、本当に異世界? うそでしょう? 読むのは好きだけど、現実に起こるのは別よ!)
大理石の床に敷かれた赤いカーペットに立った私たちは、その威厳溢れる姿に萎縮し、自然と頭を下げた。
「よくぞ召喚に応じてくれた」
(応じた覚えはないけど。拐かされたし)
「ガレスからもあったように、この世界は瘴気に犯され始めている」
「瘴気は自然を枯れさせ、魔獣に力を与える。このままでは、この世界が滅んでしまうのだ」
数多読んだ小説のお決まりの導入。
世界の危機に、異世界から聖女が召喚された女の子は世界を救うために戦う。それは強制であり、唯一の生きる道だ。読んでいた頃は面白かったが、それが現実になるとここまで恐ろしいのか。
「聖女は二人と聞いている。どのくらい魔力があるか調べよう」
王が手を上げると、白い法衣を着た先程の老人が水晶を持って、私たちの前に現れる。
「このオーブに手をかざしてください。光が強ければそれだけ魔力が強いということです」
ゴクリ、と唾を飲み込み、彼女は言われるがままに手をかざした。
途端、広間が光に包まれ、王は「なんということだ」と感銘の声を漏らす。この規格外の魔力は、彼女が聖女だという何よりの証拠になったのだろう。
「次は、貴方さまの番です。どうぞお手を」
周りが目を見張る中、恐る恐る手をかざす。
しかし、光もなければ音もない。
むしろ、音を失わせたように、ただ静寂が落ちただけだった。
(うん。そんな気はしてた)
なにせ、私は魔法陣の中で助けを乞う彼女の手を引いただけなのだ。
どう考えても、招かれざる存在。
「聖女は二人ではなかったのか……」
(あからさまにがっかりしないでほしいわ)
がっくりと肩を落とした王は。しかしそこは国を統べる者として、落胆から切り替えたようだ。
「聖女と、その客人だ。部屋を用意し休んでもらおう」
王に促されるまま、大広間を出て長い廊下を歩く。
「その、マホさまとヨシノさまはご友人でなのですか?」
「いえ、違いますよ」
「あたしを助けようとしてくれたんです。……それが原因で巻き込んじゃったけど」
「そうでしたか……申し訳ありません」
「いえ、もう仕方ないので」
ガレスは、聖女だけでなく、私にまで気を配ってくれる。本当は聖女だけのことを聞きたいだろうに。
通された部屋は、まるでお姫様のベッドルームのようだった。
背丈の何倍もある窓。大人三人は横になれる天蓋のベッド。高価なソファにテーブル。なにもかもが物語に出てくるようなものばかりだ。
(とりあえず、私のやるべきことは)
「あの」
ソファーに腰掛けてすぐに、私は手を上げた。確認は必要だからだ。
「元の世界には戻れますか?」
「……その、そのことですが」
ガレスは言い出しにくいのか、どう切り出そうか躊躇っているようだ。
(う〜ん。これは十中八九……)
多くの異世界物語を読んできた私だから分かる嫌な予感。隣りにいる彼女は期待に満ちた瞳をしているので、逆に聞いてしまって申し訳なく思ってしまった。
「こちらへ召喚する魔法はあるのですが、元の世界に帰る魔法は今のところ見つかっていないのです」
「え、じゃあ、帰れないってことですか!?」
女の子の表情が絶望に変わる。
それはそうだ。ただでさえ勝手に召喚されて家に帰れないなんて聞いたら、そんな顔にもなる。錯乱して泣き喚かないのは、彼女が強いからだ。
「今のところ見つからないってことは、今後帰れる希望はあるということですか?」
私は助け舟を出した。断定しないということは、なにか手がかかりがあると思ったからだ。
「王室の書庫に、過去の聖女が元の世界に帰ったと記述された本がありました。だから、不可能ではないはずなんです」
(なるほど、だから〝今のところ〟見つからない……ね)
「申し訳ない」
私たち二人に頭を下げるガレスに、これ以上責めることは出来ない。
溜息を吐いて、私は今後のことを考えた。
(聖女じゃない私が、王宮に長くとどまることは出来ない。なら、どうするべきか……)
うむと考える。
魔法なしで一般人の私が行きていくには過酷な状況だ。しかし、この世界のことを知るためにも、王宮ではなく市井で暮らしていくのが現実的だろう。
「あの、私は聖女ではないから庇護下には置いておけないと思います」
「そんなことは……! 私が父に進言します……!」
「いえ、部外者を王宮で囲っているなんてとんでもないことです。……だから、この世界のことを知る機会を設けてもらい、当面の生活費を支援してください。私の要求はそれだけです」
召喚の慰謝料としては、破格ではないだろうか?
帰れる目処が建てば、迎えに来てもらえばいい。
(お呼びじゃない人間は、相応の生活が望ましい。うん完璧だわ)
体力も生活力もある。多少の常識のすり合わせは必要だが、大した問題でもない。
(これが生まれて、もうすぐ三十路になる大人の余裕よ)
私がそう言うと、ガレスは「あぁ」と嘆きながらも、受け入れようとしていた。だが、予想に反して横から異議の声がかけられた。
「いやです。あたしこのお姉さんがいないと聖女やりません!」
「ん?!」
「え!!」
ガレスと同時に声の主に振り返る。
そこには、膝に拳を付き、絶対に引かぬ! という覚悟を宿した瞳が力強くこちらを見ていた。
「そ、そうです! 聖女様もこう言っていますし!」
「絶対に絶対に離れるのいやです!」
「私はなんの役にも立てませんよ!?」
「そばにいてくれるだけで良いんです!」
「ほら! こう言ってます!!」
私から離れない女の子と、聖女を絶対失いたくない男のタッグに、思わず「え〜〜〜〜」と声が漏れる。
(この子がいないと瘴気は祓えないし、それに元の世界へ帰る魔法も見つけられない……)
「お姉さんがいないと、あたし、あたしっ!!」
彼女の涙が落ちる時、ブワ!! と足元に光が放ち、ガタガタと部屋が揺れ始める。
「これは……?!」
「なに、地震?!」
「やだ、やだよぉ……!!!」
振動に恐れを抱きながら、私は泣き出す女の子を必死に抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「うぅぅ」
「泣かないで、私ここにいるから。大丈夫だから」
手を握り、肩を抱く。慣れた動作だったが、大きな女の子を慰める術を私は知らない。出来ることは、彼女を宥めるだけだ。
「お姉さん、お姉さん」
「平気よ。大丈夫だから落ち着いて」
最後にギュッと抱きしめれば、振動は緩やかになっていき、余韻を残しながら完全に止る。
「うっ、うっ」
「泣かないで」
「は、はい……」
「お、収まった?」
ホッとしたのも束の間、目の前に座っているガレスが何か深く考え込んだと思えば、私を鋭い目で見つめた。
(え? ……なに?)
優しかった彼の強い視線に、先程の柔らかさはない。
それは、思考で打算を弾き出し、判断する者だ。
「――なるほど」
ぞくり、と背筋が冷える。
「ヨシノ様は……代替が効きませんね」
その声に温度はなかった。
(帰るまで、ただ暮らすなんて甘い話じゃないわ。今、役割を与えられようとしている)




