いや、あの…善意だったんです。本当です。
「はあ、疲れた」
凝り固まった肩を回しながら、私は大きな溜息を吐いた。
季節は4月。保育士にとって大忙しの時期だ。
たくさんの園児たちに慕われるのは嬉しいけど、最近は5月のこどもの日の準備に追われて毎日残業だ。
「子供は可愛いだけどな」
一癖二癖ある保護者に、嫌味な先輩。
自分が選んだ道ではあるけど、子供に関わるだけが仕事ではない。取り巻く大人の事情が一番疲れる。まあ、それも子供たちの笑顔で帳消しになれるのだから、私は単純なのかもしれない。
「早く家に帰って小説の続き読みたいな」
私の楽しみのひとつに、ネット小説がある。
今の時代はプラットフォームがあるから便利だ。昔なんて個人サイトを探していたんだから、その時間の余裕を読書に使えるのはありがたい。
「どんな展開が待ってるのかしら」
スマホをスワイプして、ブックマークを開く。
今ハマっているのは、異世界転移物。聖女として召喚された女性が、王子様や騎士、見目麗しい男性たちに囲まれて学園生活を謳歌する恋愛ストーリだ。
「やっぱり、異世界ものって夢があっていいのよね。みんな可愛いし、頑張れって思っちゃう」
アラサー女の潤いが子供と恋愛小説なんて、ちょっと淋しい気もするけれど、時間のない私にとっては最高の趣味だと思っている。
スマホを見ながら歩いていると、前からやってきた女の子とすれ違う。
短いスカートにブレザー。キラキラ眩しい女子高生だ。
今では懐かしいその姿に、自分の老いを感じながらも、微笑ましい気持ちだ。
(暗いんだから、早く帰りなさいね)
こういうところが老人臭い。
(今、20時だから、部活か遊び帰りかな?)
自分の過去を思い出して、暗くなった周囲に目を配る。もし女子高生を狙った不埒なヤツがいたら容赦しない。
鋭い目つきで周りを見渡すが、どうやら不審者はいないようだ。
(良かった)
ホッとしたのも束の間、すぐ後ろから「キャッ!」と小さな悲鳴が耳に響いた。
思考する間もなく、バッと振り返る。
「やだ、なにこれ!」
「え!?」
女の子の足元に円形の光が煌々と輝いており、どうみても普通の状態ではない。
女の子は、恐怖と戸惑いか、円から出れないようで助けの悲鳴も上げられない。
胸に迫る不快な気持ちに立ち止まることなんて出来ず、私は彼女へ走り出した。
こう見えて瞬発力には自信がある。
大きく一歩を踏み出し、女性高生に手を伸ばした。
「掴まって!」
私を見た女の子は、助けを求めるように躊躇いなく手を掴む。このまま不気味な円から引き寄せればいい。
そう思って、ギュッと繋いだ手に力を入れる。しかしその瞬間、円から吹き出すような光が、一層輝く。
「なに?!」
足元を光に絡め取られ、引き下ろされる感覚。とてもじゃないが、心地良いとは思えない現象を、女の子も恐怖しているのか私の手が白くなるほど握っている。
「きゃあ!」
全身が光に包まれ、一瞬の浮遊。
暗闇の街角で、私は消えた。
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