不穏
「吉乃さんただいま!」
「おかえり真帆ちゃん」
午後四時に下校して寮に戻ってきた真帆は、夕飯の支度をしている私に背後から抱きついてきた。
「わっ、真帆ちゃん危ないでしょ!」
「えへへ。だって吉乃さんがいるの嬉しくって。この前までウールドリッジ先生のところにいたんだもん。ちょっとくらい甘えてもいいでしょ?」
「もう、仕方ないわね。でも包丁とお鍋触ってる時はダメだからよ?」
「はーい」
腰に腕を回してぴったりとくっつく真帆は、年齢の割に幼く見える。初めて出会った時は、もう少し年相応な感じがしたのだけれど。
そう思っていた時、キッチンから談話室に繋がる扉から、一人の女生徒が現れた。
「ヨシノさーん! なんかオヤツない~?」
淡い紫の髪をまとめたのマーガレットがひょっこりと顔を出した。
「オヤツ? 冷蔵庫にパイが入ってるはずだけど……。食べる?」
昨日作ったブルーベリーパイを思い出す。湿気に弱いものだから早めに食べてほしいから、マーガレットの注文は正直嬉しい。
私の言葉に表情を明るくしたマーガレットだけど、私を見てピタリと止まる。
「……あ。やっぱり大丈夫。ダイエットしてるの忘れてたわ」
「ダイエット? 必要ないくらい可愛いじゃない」
「そう? それじゃあね」
ピュンと風のように去っていたマーガレットを不思議そうに見送る。
(ダイエットしてるなんて言ってたっけ?)
彼女との会話を思い出しても、そんな素振りはなかったはずだけれど。毎日何十人もの寮生を相手していると、記憶は埋もれてしまうのだろうか。
(保育士として記憶力には自信があったのに)
ギュッと力を込めてくっついて来た真帆の髪を撫でる。
けれど、そのまま私はマーガレットのことを考えていた。




