植物園の秘密基地
案内されたのは植物園の亜熱帯地区だった。
大きな植物と大木に囲まれた場所は湿気がある。それでも暑いわけではない。
この異国情緒溢れる庭は、物珍しさと自分がまるで小人になった気分を味わえる。中々に好きな場所だった。
でも、こんな場所に休める場所なんてあっただろうか。
「こっちだ」
ウールドリッジの声に振り向いて、私は彼を追う。
彼は、生い茂るストレチアを前に突然立ち止まった。
「あの、ウールドリッジ先生。ここで食事をするには……」
「少し見てろ」
(え……?)
彼は懐から杖を取り出して一振り。
すると、ストレチアは左右にしなり道を作ると、そこには隠された獣道があった。明らかに誰かが行き来している道だ。
「こんな道が……」
「葉に気をつけろよ」
「わ、わかりました」
亜熱帯植物は肉厚で葉の一枚だって当たったら痛い。
しかし、そんな心配もせずともストレチアは私たちを避けていた。
そして、獣道を歩いていくとガジュマルの大木に行き当たる。後ろは更なるジャングル。どう見ても行き止まりだ。
「よし、荒らされた形跡はないな」
(なに言ってるのかしら?)
ウールドリッジは、ガジュマルの大木を撫でて周囲を伺って頷くと、次は杖で空中に円を三回描いた。
(え!?)
すると、ガジュマルの根本に空洞が現れ、私は驚きで口を開けてしまう。
「さ、行くぞ。急だから気をつけろよ」
「え、え?」
戸惑う私をおいて空洞をくぐり階段を上がっていく彼を追いかけていくと、ガジュマルの上には小さな東屋があった。
「こんなところにテラスがあるなんて……」
「学生の時に作った」
「作った?!」
「丁度いいスペースだったからな」
彼は特別なことなど何もないという風に、ガラスのドームに置かれたカウチソファに腰をかけた。
ウールドリッジが言う”丁度いいスペース”はガラスの屋根もついていて、亜熱帯地区の夕立にも強そうだ。
(なんだか、おしゃれなツリーハウスって感じね)
「どうした? 座れ」
「は、はい!」
置かれたもう一つのソファに座り、物珍しさできょろきょろとしていると、クスと笑う声が耳に触れる。
「そんなに珍しいか?」
「これが珍しくない人なんていますか?」
「まあ、たしかにな」
子供が憧れるツリーハウス。それも大木の上だなんて現実味がない。
それに、ウールドリッジと熱帯植物は縁遠い気がした。彼はどちらかと言えば、過ごしやすい春が似合う。
(あ、お弁当。分けるんだったわね)
持っていたカバンから包み紙を取り出す。中にはバケットに野菜やハムが挟んであるサンドイッチだ。二つあるから、彼に分けても物足りなさはない。
「どうぞ」
「折角のランチを悪いな」
「だったら取らないでください」
「ここの場所代ということにしてくれ」
「もう……仕方ないですね」
確かに、ここは魅力的で素敵な場所だ。正直サンドイッチひとつでは足りないと思うほど。
「シライシが言っていたが、確かに美味い」
「真帆ちゃんが?」
「あぁ」
「よく自慢してくる」と伝えてきた彼に、私は胸がじんわりとした。同じ世界だが、味覚の好き嫌いは当然ある。だから、作る度に私は真帆の口に合うか、毎回ドキドキしていたのだ。
でも、彼女は私の料理を気に入っていると聞けば、喜びを感じないわけなかった。
「にやけているぞ」
「え?」
「だらしない顔になっている」
「ひ、ひどくないですか?」
(デリカシーのない人。こんな人が本当にプレイボーイなのかしら?)
ムッとしていると、今度は「表情筋が疲れないか?」なんて言ってくる。
「喜怒哀楽がしっかりしていて人間味があるでしょう?」
「俺からしたら無駄な厄介事が増えそうだがな」
(自分の動作一つで誤解されることがあるのかもしれないのね)
確かに彼は、不敵な笑みや、理路整然とした言い方しかしない。傍からしたらクールでとっつきにくいようにも感じるけれど、それも理由があって自制しているのかもしれない。
(まあ、私が深入りする話じゃないのは確かね)
内心で(これが面倒事なのかもしれない)と私は考えることをやめた。
「そういえば、寮でのシライシはどうだ? 変わったことはないか?」
「真帆ちゃんですか? そうですね……」
少し考える。見ただけで分かる変化はないように感じるが、なにか思い当たるふしでもあるのだろうか。
「特には……。あ、でも前より甘えん坊になった気がします」
「甘えん坊? もう十六になる少女が?」
「まだ十六ですよ。エリカちゃんのことで少し離れていましたからね、心細い思いをさせたのかもしれません」
この世界に気を許せる相手は、まだ私だけかもしれない真帆。共にしている寮生はあまり見かけないが、彼女の明るい性格なら学校内での友人は増えていると思う。
「真帆ちゃん、授業楽しそうですか?」
「……そうだな。熱心に受けている」
「それは良かった」
エリカを預かっていた時期に、一度授業中の真帆を見たことを思い出す。真剣な横顔とペンを走らせる真摯さは、彼女が努力している証だった。
「真帆ちゃん、寮ではなにも言わないから少し心配してたんです。ウールドリッジ先生が教えてくれて安心しました」
「…………あぁ」
(ん? 少し、間があったような?)
ウールドリッジは、なにか考えているように沈黙して、私は気まずさに話題を変える。
「話は戻りますけど、このツリーハウスはどうやって作ったんですか?」
「魔法を使えばすぐできる」
「でた。便利魔法ですね?」
自慢げに笑う彼に、私は小さく笑った。
「ここを見つけたのは在学中だ。それから魔法の技術が上がる度に改良していった」
「なんというか、努力の方向性が完璧に男子ですね」
「やんちゃな男はモテるだろう?」
「そんな自信満々に言われても」
フンと鼻で笑うウールドリッジに、私は呆れてしまう。
それにしても、クールな彼の意外な一面に触れて、私は少し親近感を覚えた。だって、常にクールで近寄りがたいルックスをしているウールドリッジが、学生の頃から秘密基地をレベルアップさせていたなんて、想像したらちょっと面白い。
「昔も今も、よく休息に使っている」
(それは、サボりということかしら?)
「なんだ? なにか言いたげだな?」
「いえ? そんなことはないですよ」
「休息は必要だぞ。効率が上がる」
確かにそうかもしれない。だって、今こうしている私だって疲れが取れてきているから。
「あ、確かに人は来る可能性は低いですけど、でも聡い子ならここを知ることも出来るのでは?」
この場所は、植物に隠れているが完璧ではない。よく目を凝らせばガラスの反射で光るだろうし、不自然な空間だってあるだろう。
「それには及ばない。隠匿魔法をかけているからな。学生の頃でも見つけられた教師はいなかった」
その言葉だけで、彼がどれほど優秀か推測できる。
私は、ただ凄いなと思うしかできない。魔法が使えたら、その技術の高さにもっと感銘することが出来るかもしれないが。
「扉に気付く者がいないだけだ」
「それって、私でもわかりますか?」
「形状を覚えれば入れるだろうな」
「それって実質入れませんね?」
「だろうな」
最後の一口を綺麗に食べ終えた彼の指には汚れ一つない。どこまでも完璧な男を、私は追いかけるように最後の一口を頬張った。
食事を終え、ウールドリッジが移動魔法で出してくれた紅茶をすする。お腹からじんわりと温まり、疲れもあってか正午の微睡みに落ちそうだ。
熱帯植物の少し湿気た空気と、強い花の香り。そして聞こえてくる滝の音と冷気はリラックスするには十分で。
「眠いのか?」
「ここ、居心地良すぎます」
うつらうつらと船を漕ぎ始めた私は、必死に眠気をどこかへやろうとするが、あまりにも安らぐ。だってソファから体が動かないのだ。
「少し眠ればいい」
「初めての場所でひとりは怖いです」
「十分後に起こしてやる」
「優しいですね」
「いや? 俺が十分後にここから出るからだ」
(ついでか……)
でも、ついででも有難い。
亜熱帯の花たちの甘い匂いに沈むように、私は重くなっていた瞼を閉じた。
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