第73話 聖女の迷い
いつだったか、自分を見つめなおす。という行為は自分自身を認めるところから始まる。という言葉を聞いたことがある。何が出来て、何が出来ないのか、何を知っていて、何を知らないのか、そんなものは挙げればキリがない。
木の絵を描くとき
幹から描き
枝を描き
葉を描き
色を付ける。
一番の根元にあるのは何だ?自分が居て、そこから伸びていくのだという。何だか少しおかしくなる。何故今勇者と対峙しているこの時に頭に浮かぶのだろうか?認めよう。影神誠は、マコト=レイトバードは強くない。台風が来れば真っ先に倒れてしまう、そんな木だ。
では倒れない為にどうする?添え木をする、正解だ。壁を作り風を防ぐ、これも正解。何が言いたいか、そう、俺一人では何も出来ない。だから他の力を使うんだ。一人じゃ何も出来ない。
魔王様も言っていたな
「魔王の庇護を受けるのならば、魔王が守ろう。庇護下の者も別の形で私を守ってくれる」
簡単なことだ。不思議に思っていた手品もタネが解ればあっけないものだ。
「何がおかしい?見ていて不愉快だ。君が僕より優れていてアレシアが君を気に掛けているのがそんなに嬉しいか!」
怒声で話すオリアン。だから別のことだって言うのに……でも利用させてもらう。
「俺は優れてなんかいないさ。何をしたって中途半端でいつも誰かを困らせていた。庇護欲?母性を擽るとでもいうのか、世話が掛かるヤツほど……っていうのかな?」
どうだろうか、上手く下種なヤツの真似ができたかな?
「貴様!アレシアを侮辱するな!彼女を待つまでも無い!僕が貴様を倒す!」
かかった!怒りに任せた攻撃ほど読み易いものはない。下段から来る斬り上げを少し後ろに反れて躱す。続く斬り下ろしは体を捻って躱す。大丈夫だ、しっかりと見えている。攻撃をかわし続けている間もオリアンの顔を見ながら口角をあげニヤ付いてみせる。
それに反応した彼の攻撃は徐々に単調なものになって行く。それにしてもスタミナが凄い。これだけのやり取りでも息一つ切らさない。さすがは勇者様だな。
まだだ、焦るな、勝機が見えるまで耐えろ!横薙ぎが来る、他のメンバーが来る前に決着をつけたい。その気持ちから身体ごと捻り横薙ぎを躱すと、脇腹ががら空きだ。
----参式 龍壊----
「主よ!汝が敵に、刻印を!筋力低下魔法!」
一瞬だが体の力が抜ける気がする。さすが聖女。状態異常の魔法まで使えるのか?だけど、参式は力で放つものじゃないんだよ!
----ギィィィィィン----
放ったはずが、分厚い壁に阻まれたような音がする。何かの補助魔法だろうか?オリアンにダメージは無いようで、すれ違いざまに突きを放ってくるが、一旦距離をとる為に多きく後ろに跳ぶ。
「認めたくは無いが中々に強いじゃないか、だけど息が上がっているようだね?もう少し体力をつけたほうがいいよ。君の場合は次に繋げる機会はないけどね」
オリアンは少し余裕が出来たのか、爽やかな笑みで剣を構えなおす。リースも後方で構えを取る。何も判らない子供の頃とはいえ、多少なりとも好意を向けてくれた人と戦うのは辛いものがある。説得が出来れば良いが、無理だろうな。確実に殺意を向けてくる勇者側にいるのだ。
「ハァ……ハァッ……まだまだ判らないぞ?リースやはり君も同じ意見か?亜人に味方するのは人間のすることじゃない。本当にそう思っているのか?君の慕う神様ってのは亜人と人間を区別するのか?」
「当たり前じゃないか、いいかい?神様の力を賜った僕はいわば神の代行者、僕の言葉は神の御言葉、神に仕えるリースは僕の……」
「それ以上言うなよ?王子様。それに俺はリースに聞いているんだ、リースの言葉で答えを聞きたいんだよ、それと、彼女の意思は彼女のものだ。代行者だか何だか知らないが、少し黙ってろ」
何が代行者だ、それなら俺だって神の代行者だろ。リースを見れば俯いたまま、何かを考えているのだろうか、もし、説得できるのであれば戦わなくて済むかもしれない。
「リース、前を向くんだ。少なからず知り合いと戦うのは心苦しいのはわかる。だけど、僕たちが背負った使命はそう簡単に捨てられるものじゃない。それは君が一番わかっているだろう?倒すんだ、魔王の手先を世界を守るために!」
--------
わからない。オリアン様の言う事は正しい、勇者となったオリアン様やアレシアと共に魔王を倒して世界を平和にする。それが私の使命、聖女と呼ばれ勇者の仲間となった私の使命、でも……私は聖女じゃない、だって周りが羨ましい。
いつもそう考えていた、子供の頃から規則、規則、規則で縛られて私の意思は何処にもなかった、人の言うまま、まるで操り人形のように行動してきた。
昔から自分が嫌いで、絶対の自信を持っているアレシアに嫉妬もした。自分より立場が下で、優越感に浸るため無償で治癒もした。でも周りは私を見てくれない。聖女じゃなくてリース=ウルトで見てくれない。いつしか、周りに合わせて意見も言わず、言い合いになれば間を取って仲介する。そういう役回りになった。
そんなときに会った一人の騎士。大らかで、優しくて、私の話を聞いてくれた。余り会う時間が無かったけど彼と話す時間は、とても楽しかった。聖女じゃなくてリースとして話を聞いてくれた。子供ながらに彼が好きだった。それが今は、彼と戦うなんて事に……聖女に相応しくない私への罰ですか?
「主よ……貴方は……私が……嫌いですか?」
--------
「リース!!」
タイミングが悪い、アレシア達が追いついてしまい、アレシアが叫びながらリースを抱き寄せる。他の三人は戦う気満々だが、ひょっとしたら、リースは迷っているのではないだろうか?ならば、アレシアはリースを抱き寄せたままだし、仲間なのだろうから放っておくはずも無い。
今はこれしかない。それに居住区で戦っては民家を破壊してしまう可能性が高い。ゆっくりと後ろに退きつつ魔力を足に集中させる。目指すは王都の外だ。大きくバックステップをして王都の外を目指して走る。
少しだけ後ろを振り返れば、オリアンが追ってくる。彼一人ならまだ、何とかなるかもしれない。
--------
リースを抱き寄せ、大丈夫だからと何度も言い聞かせ背中を軽く叩く、赤子をあやす様に。リースは使命感が強い。それでいて、自分に自信が持てず悩んでいるのも知っている。だからなるべくリースとは対等の立場で話してきたつもりだったのだが、まだ足りなかったか……
「アレシア、アイツ逃げる気よ。足に魔力を集中させている、どうする?」
ミラの助言を聞き、オリアンと目を合わせると、二人で頷く。追うのはオリアン、私はリースが落ち着くまでここに居よう。彼女の両手はしっかりと私を掴んで離さない。少しでも離れようとするば、首を振って握る手に力を込める。
「ミラ、オリアンと一緒に追って。逃がすわけには行かないわ。ここで決着をつけてしまいましょう。リースが落ち着いたら私たちも行くから」
「わかった。リース……戻ってきなさいよ」
魔力が弾けるのを感じると、マコトが背を向けて走り出す。
「オリアン!お願い!」
「任された!」
力を解放して、時間を止めたいが発動しても範囲外に逃げられてしまう。時間停止は発動までに時間も掛かるし、消費魔力も大きいし、リスクもある。今はまだその時じゃない。ここで、彼を殺す事が出来れば、後は魔王だけ。焦るな、どういう事情で魔王側にいるのか知らないが、これはチャンスだ。大手を振って彼を殺せる絶好の機会だ。耐えろ、私はまだ、やる事が残っているんだ。
--------
城壁の更に上空でうっすらと浮かび上がる影。上から見れば塵が動いているようにしか見えないが、自分にならばよく見える。
「いいですねぇ……多対一を避け有利な者との戦闘を選ぶ。さすが異世界を渡り歩くだけあって小賢しい知恵だけはありますね。幸い気付かれてもいないようですし、亜人達は吸血鬼に任せて、私は私の目的を果たすとしましょう。待っていてくださいね?もう少しですよ、貴女の魂はどんな味がするのでしょうか……」
影は消え、長い夜の戦いはまだ続く……




