第67話 悪魔の言葉
神の力、異世界を渡る為にある……それ以外に何がある?……俺の力……エアルゥに貰ったものが全てじゃない、それは判る。数々の世界を渡って獲た戦闘技術は俺の力だ。大した知識ではないが科学が発達した世界で獲た知識も俺の力だ、発揮する場所は無いが……後は何だ、何が足りない?
こんな事なら、もっと詳しく聞いて置けばよかったな。肝心な所で抜けているのは変わらない、生前からそうだった。後でもっとこうすればよかった、あの時は別の言い方をすればよかった、そんな後悔は毎回あった。それでも前へ進めていたのは、まだ強くなれる、まだ出来ると思っていたからだ。そんな思いも今では……
「だいぶ参っているようですね。如何ですか?気分転換などは?」
「うわぁっ!悪魔王様……驚かさないで下さいよ、いきなり声を掛けられては……寿命が縮みましたよ」
急に現われたリグハルトがいきなり声を掛けてきたので、思わず声が少し裏返ってしまった。まだ心臓がバクバクいっている。
「それは失礼を、しかし不思議ですね」
俺の周りをグルグルと回りながら体や顔をジロジロと見てくる。
「何がですか?いきなり現われれば誰だって驚きますよ」
「いえ。それは判っています。不思議なのは貴方ですよマコト=レイトバードさん。貴方は人間ですよね?」
何を当たり前なことを……
「そうですけど、何処が不思議なのですか?」
「貴方が魔王城に来てから、随分と時間が経ちました。我々亜人種は老化の速度が遅いので大した問題ではありませんが、人間ですとそれなりに老化しますよね?貴方にはそれがない。それも神のご加護と言うヤツですか?」
「そうですね、俺には老化と言う概念はありません。体は常に一定の年齢以上は成長しないのです」
肉体的に成熟しきっているのが俺の場合は二一歳の頃だった。だからその年齢から老いる事がない。長い間旅行者として活動できているのはこのおかげでもある。
「なら話は簡単ではないでしょうか?」
「はい?」
何が言いたいんだ?察しの良い方じゃないし、出来る事ならハッキリと言ってもらいたい。
「ふむ。察しが悪いのは仕方の無い事ですが、貴方は少し頭が悪いようですね、人間の遊具にパズルというものがあるのは知っていますね?一枚の絵を様々な形に切り分け、それを繋ぎ合わせるという非常にありふれた遊戯ですが、私も魔王様もシュベルト君も繋ぎ方を貴方に教えているのですよ?それを貴方は自分で出来ると勘違いしていて聞きもしない。周りが見えていないのです」
パズルくらい知っている!娘とよくやって遊んでいたんだ!この世界にもあるのは知らなかったが……それに教えてくれているなら、聞く位は出来る!
「俺だって教えてくれるのなら、素直に言う事を聞きます。それが自分より年下であろうと、女性であろうと子供であろうと、その位は判っています。リグハルト様の仰っている事が理解できません。何を言いたいのですか?どうせならハッキリと言って下さい」
悪魔は人の負の感情が好物と聞く。俺を絶望に叩き落して負の感情を喰らう気か?だんだんとイライラしてくる。こっちは必死に悩んで解決しようとしているのに、意味不明な言葉で混乱させようというのか?
「怒るのは勝手ですが、素直に聞くのですか?答えを教えるのは簡単です。貴方を見れば判りますよ?これでも貴方の数倍は生きているのです。貴方は誰かに教えを請いそれを身に付けて来た、それはいいでしょうそれを努力と呼ぶのでしょう。ですが、与えられたものだけで、生きて行けるほど世界は優しくありません。いい加減に気付くべきなのです。貴方はそれが遅すぎる。どれほどの時を生きているか知りませんが、それが判らないようでは……貴方の価値は家畜にも劣ります」
なんだと……我慢も限界だ!ならその家畜以下に勇者を倒せと言うお前達は、何なんだ!
「いい加減気付け?何様のつもりだ!それ以上言って見ろ!悪魔王?知った事か!今すぐ殺してやる!」
「なかなか良い目です。怒りと憎しみに溢れている、私も少し動きたいと思っていた所です。相手をしてあげますよ!家畜以下のごみ虫が!」
殺す!!
頭の中はリグハルトを殺す事でいっぱいになっていく。見せてやる!俺がどれだけの時間を使って学んできたか、その身で確かめろ!
「死んでも文句は言うなよ、リグハルトォ!」
「だてに王と名乗っていませんよ?格の違いを見せてあげましょう。リッチ如きに苦戦した貴方に王が倒せますか?」
何処までも馬鹿にしやがって!
「うおおおおおお!」
飛び掛ると右足での蹴りを放つが、バックステップで躱される。勢いはそのままに左足で廻し蹴りを放つ!
「見え見えですし、囮でしょう?」
もう一度左足を軸に右での蹴りを放とうとしたが、見破られている!ならば、腰の剣を抜き、回転の勢いでリグハルト目掛けて投げつける!当然弾くはずだ。
目論見通り剣が弾かれるが、隙を付いて懐に入り込む。
----参式 龍壊----
!? 式を打ち込むつもりが、正面に姿が見えない
「だから、見え見えです。蹴りとはこうするんですよ!」
後ろからヤツの声がすると、同時に左側面から異常なほどの衝撃を受ける。
「ぐああああ!」
----ドカーーン----
格子付きの窓まで破壊し、身体ごと外へ放り出される。空中で回転し、体勢を整えると地面に着地する。急いで気配を伺えば、またしても後ろから殺気を感じる。
----壱式 龍尾----
ドガッ
俺の蹴りとリグハルトの蹴りがぶつかる。式を使ってようやく同威力か、だが、通じない訳じゃない!
「魔王様曰く、せいぜいこの威力。話になりませんね。それで私を殺せると?余り……舐めるなよ!人間!」
一旦離れると、リグハルトの体が一回り大きくなる。身体能力の向上、変身か?
「生憎と、正義の味方じゃないんでね」
変身するなら、その前を叩けばいい。上空に飛び上がると前転のように体を廻す
----玖式 龍顎----
回転しながらの踵落しを肩にぶつける。少しだけヤツの体が地面に沈む、すかさず着地をしながら顎に向けて掌底を放つ。
----捌式 龍翔----
悪魔とはいえ生物であるなら、頭を揺らされれば平衡感覚を失うはずだ。そこで一気に畳み掛ける!一瞬ではあるが、リグハルトの口元が歪むのが見えた。わざと食らって油断を生ませたつもりか?そっちこそ見え見えなんだよ!後ろに倒れつつ、左の蹴りが来る!俺は足を大きく振り上げ、逆さまになると蹴りを腕でしっかりとガードする。衝撃は来るが、吹き飛ばされるほどじゃない!
----伍式 龍爪----
もう一度回転しながら、胸部に膝蹴りを放ち、地面に押し付ける!体の構造は知らないので、何処か判らないが膝から骨の折れる感触が伝わって来る。
大の字に倒れたリグハルトを見下ろすと、動く気配がない。まさかこれで終わりでは呆気なさすぎる。だが動かないのであれば、終わらせてしまおう。警戒は解かず、胸に手を当て、呼吸を整える。
「じゃあな、悪魔王。死ね」
----参式 龍か…い----
「危ないですね。そんな至近距離からでは流石にダメージが大きいので、離れて貰いましょうか」
後ろからリグハルトの声が聞こえる。目に前にもヤツが倒れている、向けられる殺気に一瞬戸惑うがバレバレだぞ?
「声色までそっくりだな。よく出来てはいるが、見分けがつかないとでも思っているのか?倒れているのが本体、後ろのお前は使い魔だろう?」
「直感、とでも言うのですかね?察しは悪いが、感は良い。アンバランスですね。因みにこれは幻惑の魔法で勇者や仲間も騙せた魔法ですが、貴方には通用しないのですね。これもまた神様から頂いた恩恵ですか?」
今度は倒れたままのリグハルトから声が聞こえる。こっちは本物の様だ。何事も無かったかのように、立ち上がる。まともに式を当てられて、どうしてこんなに動ける?これも幻惑……違う!本物のリグハルトだ。
「だから言ったでしょう?せいぜいこの威力です。魔物や下級の亜人に通用しても、我々王と名乗る者に通用しませんよ。ですが、少しは暴れてスッキリしたのでは?出立までは少し時間があります。大いに悩んで下さい。最初にお会いした時に言いましたよね?貴方にはなんでも斬れる剣と防げる盾を持っていますが気づいていないと、切欠はそれです。貴方は大いな勘違いをしているのです。それに気づいた時……恐らくこの世界で貴方に勝てる者はいないでしょうね」
埃を払う様に何度か服を叩き、一礼してその場を去っていく。勘違い……俺は……強くなれるのか?そうか、悩んでばかりいた俺に切欠を作るために戦ってくれたのか、案外良いヤツじゃないか悪魔王。
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「中々迫真の演技じゃないか悪魔王」
「これは魔王様、お見苦しいところを失礼しました」
「お前は何故あの人間に加担する、答えろ」
「そうですね、魔王様やシュベルト君に共通の目的がある様に、私にも成さねばならない目的があるのですよ。その為にはあの人間が必要なのです。その為ですかね」
リグハルトが一礼して横を通り過ぎて行く。
「何を考えている、悪魔王リグハルト……いや、今はそれでいい。私は私の目的を果たそう」




