入学式と、自己紹介
昭和五十九年(一九八四年)、四月。
松本蒼峰高校、入学式。
厳しい受験が終わり、皆誇らしげに校門をくぐっていく。
私、唐沢 恵もその一人だった。猛勉強の末なんとか合格を勝ち取り、私もまた誇らしげに——いや、『これであの図書室の本が読み放題だ!』と喜びでいっぱいになりながら——校門をくぐっていた。
そのとき、入学式特有の厳かな雰囲気を完全に無視する明らかに異質な大声が響いた。
驚いて声の主を見ると、その生徒は何人かの男子グループの中心にいた。
身長は一七〇センチに満たないくらいの決して大柄ではない体型だが、ひときわ目立つ通る声。切れ長の目に長い睫毛を持った、目を引くくらいの端正な顔つきなのに、その全身から醸し出しているのは圧倒的な『チャラい』オーラ。
それが、大声の主——佐藤 徹を私が初めて認識した瞬間だった。
クラス発表の掲示を見て、荷物を置きに教室に入った。
さっきの人、同じクラスだ……うるさそうだな、苦手だなぁ。
しかも運の悪いことに席は私の右隣だった。
式典が終わり、教室に戻ってきてホームルームで担任の先生から一人一人自己紹介をするように指示が出た。毎年ながら緊張する時間。
出席番号一番の生徒から——アから始まる苗字ってだけでいつも一番乗りで自己紹介しなければならないなんて、申し訳なく思う——自己紹介が始まる。
トップバッター特有の気まずい雰囲気を断ち切るかのように廊下側の一番前の席の男子生徒が立ち上がった。
「相原恭平です。部活は弓道部を希望しています。部活と勉強を両立して充実した高校生活を送りたいと思います」
すっと伸びた背筋に真面目そうな視線。松本一番の進学校の生徒ならではの知性を感じる完璧な振る舞いだった。見習わなければと思わずこちらも背筋が伸びる。
相原くんに倣った真面目な自己紹介が続き、ついに私の目の前の女子が立ち上がった。
「小沢由香子です。クラスの皆さんとたくさんおしゃべりして、早く仲良くなりたいです!」
彼女は人懐っこい笑みを浮かべて着席する直前、まるでバトンを渡すかのように振り返り、「よろしくね」と私に小さく会釈してくれた。その笑みを見て、私の緊張の糸がふっと切れた。小沢さんに会釈し返してから立ち上がる。
「唐沢恵です。図書室が好きなので図書委員希望です。よろしくお願いします」
着席した途端、全身の力が抜けた。大きな仕事をやり遂げた気分になる。あとは、クラスメイトの自己紹介を静かに聞くだけだ。
そんななか、今までの真面目な雰囲気を一気にぶち壊す、明るいとしかいいようのない——はっきり言ってしまえば軽薄な声が——教室に響いた。
「ハロオゥみんな、佐藤徹です。高校での目標は、友達百人つくることでぇす!よろしくぅ!」
「おい、徹!小学生かよ」
教室の奥から男子生徒のツッコミが入る。
『佐藤徹』くんは悪びれもせず『イェイ!』と親指を立てて応えている。
……小学生みたい。
心の中でツッコミを入れる。
でも、彼は式典中、新入生代表挨拶をしていた。あれ、確か入試の成績がトップだった人がやるんじゃなかったかな。
入試トップと友達百人、全く結びつかない。
不思議な人。
……考えても仕方ない、ここまでにしよう。
私は配布された書類を鞄に入れ、教室を後にした。




