火山と、稜線
入学式から一ヶ月あまりの時間が過ぎた。
私は念願の図書委員になり、当番日以外の放課後も毎日のように図書室に通い、至福の時を過ごしていた。
私が必死に勉強して何とかこの学校に入った最大の理由、それは、図書室が魅力的だったからなのだ。
中学時代、進学を考えていなかったものの、仲の良い友達に付き添いを頼まれて訪れた松本蒼峰高校の学園祭。その図書室に足を踏み入れた途端、私は『一目惚れ』してしまった。
そこは私の理想の空間だった。その場に居合わせた司書の先生から、この図書室の蔵書は長野県の高校でも一二を争う数で、しかも大学にあるような専門書まであると聞き、ますます好きになった。
この図書室の中で思いっきり本を読みたい!私はそんな思いでいっぱいになり、その日から必死で勉強した。その甲斐あって何とか(きっとスレスレだっただろうけど)合格を勝ち取り、図書室に入り浸る権利を得たのだ。
今日は当番である。
貸し出しカウンターに座り、本の貸借手続きをする。
と言っても来客はほとんどないので許可されている読書をして過ごしている。
カウンターからはたくさんの蔵書と共にふたつの風景が見える。
向かって右側は自習スペース、左側は読書スペースとなっている。
自習スペースはいつも三年生でごった返しているのに誰も言葉を発することなく真剣に勉強している。一人一人の真剣な顔からピリピリとした電気が発生しているようだ。
それと対照的にがらんとした左側の読書スペース。こっちに座っている生徒は片手で数えるほどしかいない。その対比がなんとも面白い。
……面白いのだが。
北アルプスの稜線のようにしんとして穏やかな読書スペースにどう考えても似つかわしくない『火山』が一つある。
佐藤くんだ。
火山がいつ爆発するのかとヒヤヒヤしながらこっそり見守っているのだが、教室で一度も見たことがないような穏やかで真面目な顔をして読書をしている。
黙っているとその端正な顔が美しい彫刻のように見えてきていたたまれなくなり、視線を下げると、彼が読んでいる本の題名が目に入ってきた。
難しそうな行政の本、地方自治、という文字が見える。
『東京でビッグになる』とうそぶいている人がなぜ地方自治の本を読んでいるのか。そもそも彼は実は寡黙な人なんじゃないのか。それともこの場に合わせているだけなのか——いや、場に合わせるなんて彼の辞書にはなさそうだ。であるならば、やはり寡黙なのか。
なぜ、こんなに考えなければいけないんだろう。
とりあえず読書に集中しよう。
私は無理やり思考を打ち切った。
しかし、その後も佐藤くんが読書をしている姿を私の当番日によく見かけた。
……なぜ、ちっとも読書に集中できないんだろう。
佐藤くんが視界に入るたびに無意識に目で追ってしまっている。
よし、今度機会があれば佐藤くんに直接聞いてみよう。




