第4話
ぼくは、瓶のコカ・コーラがいちばん旨いと思っている。
味の話をしているようで、たぶん味だけの話じゃない。
瓶は重い。触ると冷たい。口をつけると、ガラスが硬い。
ペットボトルの柔らかさとは違う。
飲み物が、道具を選んでこっちに来る感じがする。
王冠を抜く音もいい。
ぷしゅ、ではなく、もっと乾いた音がする。
小さな金属がほどける音。
炭酸が逃げる前に、いったん空気が止まる。
中学二年の娘は、その音が好きらしい。
ぼくが栓抜きを探していると、黙って引き出しを開けて差し出す。
いつ覚えたのか、栓抜きのある場所まで知っている。
小学五年の息子は、瓶の口を見て、少しだけ身構える。
炭酸の強さが顔に出る。
一口飲んで目を細めて、もう一口いく。
「父さん、やっぱ瓶のほうが強いわ」
息子がそう言って笑う。
娘は「そらそうやろ」と言う。
言い方が、少しだけ大人だ。
ぼくはそのやりとりを見ながら、
「父さん」と呼ばれることに、いまでもたまに照れる。
呼ばれるたびに、背中のどこかが少しだけ固くなる。
責任とか、手順とか、そういうものが身体の後ろから追いついてくる。
それでも、瓶を開ける音が鳴ると、家の空気がゆるむ。
強い炭酸は、場を笑わせる。
誰かが顔をしかめ、誰かが笑い、誰かが「やっぱうまい」と言う。
母は、あのころ「砂糖の塊や」と言った。
ぼくは、その言葉の正しさを否定したいわけじゃない。
ただ、瓶を開ける音や、氷の鳴る音や、
家族の笑い声と一緒にあるときのコーラが、好きなだけだ。
テーブルの上に瓶を置くと、ガラスが小さく鳴る。
その音が、なぜだか昔の記憶を呼ぶ。
背の高い足つきのタンブラー。
輪切りのレモン。
白いストロー。
あの日の喫茶店の空気を、いまさら再現したいわけじゃない。
でも、瓶の口を傾けるたびに思う。
ぼくはずっと、あの続きを飲んでいるのかもしれない、と。




