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『コカ・コーラ』  作者: 根古野 雀句


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第2話



兄が高校に上がった頃から、母は急に、帰宅時間やジャンクフードのことを言わなくなった。


それまでの母は、うちのルールを静かに、でも確実に守らせる人だった。

市販のお菓子や清涼飲料水は禁止。スナックや色のついたジュースは論外。

「体に悪い」という言葉を、怒鳴り声ではなく、当たり前の確認のように使った。


ただ、母は優しかった。

禁止は、冷たさではなく、手間の形でやってきた。

クッキーやプリンは手作りで、ジュースは果物を絞ってくれた。

甘さはやさしく、味はまっすぐだった。


だから、母の「口出し」が消えたとき、家の空気が荒れたわけではない。

喧嘩が増えたわけでもない。

どちらかというと、変わらないまま変わった。

それが少し不思議だった。


兄はグレたわけじゃない。

頭が良くて、授業を真面目に受けていないのに点数が取れるタイプだ。

理屈で勝ってしまう。

大人になってから聞いた話では、兄には結構な反抗期があったらしい。

中学校の先生と揉めたり、塾の先生とぶつかったり。

理屈で教師を論破してしまうから、一部の教師には蛇蝎のように嫌われていた、と。


当時のぼくは、それに気づいていなかった。

家の中では、兄は兄のままだった。

母も母のままだった。


兄が進学した高校は、開明的で、自由が許される校風だった。

もしかしたら、それがきっかけだったのかもしれない。

反抗期が終わったというより、戦わなくていい場所を見つけた、みたいな。


母の「口出しが減った」理由は、結局わからない。

何か大きな出来事があったのかもしれないし、何もなかったのかもしれない。

家庭のルールは、ときどき、誰にも見えないところで更新される。


その頃、母は相変わらずコカ・コーラを嫌っていた。

CMが流れれば、あの台詞は健在だった。


「砂糖の塊や」


でも、お願いすれば、ペットボトルのコーラを冷蔵庫に入れておいてくれることがあった。

母は飲まない。

買ってきたのに、開けない。

ただ、冷やしてある。


冷蔵庫を開けると、黒い液体がそこにある。

それだけで、家のルールが変わったことがわかる。


母が変わったのか。

母が、変わらざるを得なかったのか。

当時の母と同じくらいの年齢を過ぎた今なら、価値観は、事件みたいな大きな理由がなくても、ふっとずれることがあるとわかる。


ぼくはコーラを飲みながら、たまに母の横顔を見る。

母は、何も言わない。

ただ、台所で手を動かしている。

手作りの甘さも、禁止の言葉も、そのまま残したまま。


運用だけが変わった。


その静かな変更が、なぜだかいちばん胸に残っている。

祖母の「内緒やで」とは違う。

母は、秘密にしない。

堂々と許しもしない。

でも、冷蔵庫に入れておいてくれる。


ぼくはその中間の温度が、少し怖くて、少しありがたかった。




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