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7.模擬戦

 フレスはリッシュを連れて自分たちの軍に戻り、中央で待っているポプリたちに報告をした。

 模擬戦を行うことになった、と告げるとポプリは少し不安げな様子を見せる。


「大丈夫ですか? 相手の方が数が多いと聞いていますが」

「問題はありません。これは模擬戦であり、演習なのです。それに大将がポプリ様となれば、皆も安心して戦えましょう」

「私が指揮を執るのですか?」


 驚いたように、ポプリが自らを指さして言った。彼女は、まさか自分が指示を出さねばならないとは思っていなかったのかもしれない。だが、望んでいるかそうでないかにかかわらず、今の彼女はポプリ軍の最高責任者なのだ。してもらわなければ困る。

 実は、そのための練習でもあった。わざわざポプリを連れてきた理由の一つでもある。


「そうです。ですがザメル様のように、自ら突出して戦う必要はありません。前線の指揮は私がとります。ポプリ様はこちらで、どっしりと構えていることが肝要です。そして、必要と思われたときには指揮を執ってください」

「そうは言いますが、私は一度だって他人に命令などしたことがありません。どうすればいいのか」

「こればかりは、私がお伝えするものではありません。練習だと思ってください。そして万が一、我々が負けることがあったとしても、命は奪われません。そうすることでルシアン卿は得をしないからです。であれば、ここでやっておかない手はありません」


 フレスが言葉を重ねて説得しても、ポプリは不安な様子であった。極度の緊張が彼女の手を震えさせてさえいた。

 失敗してしまうのではないか、何をしても悪い結果になるのではないか、と。

 コロンがポプリの細い肩を両手で抱こうとして、やめた。今そうするべきではない。この戦いが勝っても負けても、あとで必ず慰めると決めてコロンはポプリから少し離れる。

 それに気づかないまま、ポプリはフレスを見てなんとか声をしぼりだした。


「実を言うと、私は。父のやっていることが本当に正しいことだったのか、今でもわかりません。どうして私に後を任せてしまったのかも。フレス、あなたは私を信頼しているからだと言ってくれましたが、私になんの能力があったのでしょうか? 思えば私は戦いの恐ろしさにオロオロとしていただけ。いったいなぜ、私はここにいるのでしょうか。今になって、こわくてたまりません。まだ私の代わりは見つからないのですか? 誰かに任せて逃げてしまいたいくらいです」

「それは当然のことです。私とてザメル様に引き立てていただくまで、他人に指図をすることなど思いもよらなかった。ですが望んでおられないとしても、今はポプリ様に兵士たちの信頼があずけられています。口に出す必要はありませんが、あなたの指示は必要なのです。そして、ザメル様のご息女であられるとしても、真に命を預けられるのか、あなたは今見られているのです」

「見られているのですか」

「そうです」


 言われてポプリが見たのは、フレスの後ろに控えているリッシュの姿だった。大柄で力強く、巨大な剣を持っているリッシュは、まさにザメル軍兵士の代表のようだ。そのリッシュは周囲を警戒するように視線を巡らせている。模擬戦だからといって油断していなかった。

 彼女は自分でもフレスに言っていたように、現在のポプリ軍のことを実質的にフレス軍だと思っている。ザメルの娘だからたてているだけで、ポプリに対しては命を預けようとは思っていないのだ。

 ポプリにも少しわかってしまう。リッシュが自分のことはあまり見ていないということを。当然であるとも思う。自分はただ、父にこの立場を押し付けられただけで戦争のことなど何もわかっていないし、政治のこともわからない。ただ誰も死んでほしくないし、悲しんでほしくはないだけだった。

 フレスはそれを見て、もう少し言葉を重ねる。


「ポプリ様にできることは、ザメル様のように戦うことではありません。信頼することです。ザメル様とともに戦場をかけ、ロンシャロンを倒した兵士たちを信じることです」

「し、信じるだけでいいのですか?」

「そうです。信じるとはどういうことか。命を預けるということです。心から、そうしてもよいと思うことです。最初はお互いを信じられないのは当然です。しかし、あなたはすでに彼らの強さを知っているはずです。足りなければ、よくよくご覧になってください」


 ポプリは質問をしたかったが、こらえて頷く。自分で考えてしなくてはいけないと感じたからだ。適性がないとしても、押し付けられたことだとしても、逃げずにこの場にいる以上責任はある。それを果たさなくてはならない。

 それ以上言葉を付け加えることもなく、フレスが去っていった。部隊の編成と、作戦を練るのかもしれない。

 取り残されたような気になって、ポプリはコロンの姿を探してみる。コロンはポプリの横でじっと控えていた。ポプリを見ることもしなかった。宰相であるコロンは、本来はこのような場所に出てはこない。政治のことは相談できても、戦争の指揮などはポプリが判断するべきことだ。

 どっしりとして、信じていろと言われたのである。ポプリはそのフレスの言葉をとにかく全うしようと考え、深く深呼吸をした。

 しかしふと思いついて、「あっ」と声を上げる。


「なにかありましたか」


 フレスが振り返った。ポプリは息をこらえてフレスの顔を見上げたが、それから彼の隣にいるリッシュへ目をやった。


「あの……」


 ポプリが思いついたことを口にした。

 だがあまり長々と話していては、オルガリア軍の斥候がこの様子を見て何かに感づいてしまうかもしれない。ひととおり、ポプリの提案を聞いたフレスは深く頷いた。


「御慧眼。自信をもって、思う通りになさってください。コロン様、ポプリ様をよろしくお願いいたします」

「し、しかし。私のような者の話など、通用するのでしょうか?」

「します。我々の兵士たちは皆屈強で、私やポプリ様のために槍や剣に突き刺されることを恐れもしません。ポプリ様はそれに理由と勇気を添えることができます」


 そしてフレスは自分の持ち場に戻り、ポプリは置いて行かれた。近くにはコロンと、屈強な兵士たちしかいない。

 ポプリは意を決して、両手を軽く持ち上げる。コロンは察して、指をくわえて強く吹いた。強烈な指笛がその場を突き抜ける。

 近くにいたポプリ軍の兵士たちは皆振り返り、ポプリとコロンに顔を向けた。

 視線が集まったことを見て、ポプリは声を張った。


「みなさん、そのままでかまいませんから、少し聞いてください。私たちはロンシャロンを打倒しました! しかし、そのまま人々を放置したのではなんにもなりません。我々は、守らなくてはならないのです。攻めとる戦いは収束していますが、今後は大切な我々の……」


 そこまで言いかかり、言葉に詰まった。

 ポプリ自身、城から出てここまで村々の状況を見てきたことで、国土の荒廃ぶりに胸を痛めてきたのだ。それを伝え、『守るための戦い』であるということを強調すればきっと兵士たちも自分の気持ちをわかってくれるかもしれない。そして、奮起してくれるかもしれないと考えたのだが、話の途中で全く自信を喪失した。

 ポプリはザメルによってロンシャロンが完全に打倒されてからやってきたのである。ここにいる兵士たちは、それ以前からザメルに仕えて戦ってきた。ポプリの言葉など、まったく聞くまでもなく、彼ら自身が民衆や国土を守らなければならないと認識しているはずだったのだ。

 だが、兵士たちはまだポプリの言葉を待っている。

 その表情に失望の色はまだなかった。そっと後ろにいるはずのコロンを見やってみたが、彼女も真剣な表情で、わずかに顎を下げて頷いた。

 ポプリはぐっと膝をこらえ、足を踏みしめなおした。


「そう、大切な我々の国を守らなければならないのです! これはそのための最初の戦いです! 私は父の勇猛さを知っていますが、私に力はありません。みなさんの力が必要です! もしも、この戦いで目を見張る大活躍をする者あれば、私はきっと大将軍という地位にその者をとりたてるでしょう。フレスの指揮によって、真っ先に敵軍に突入する特権のある大将軍へと。みなさん、そうなりたくはないのですか!」


 静寂が兵士たちの間をただよった。

 問いかけたポプリは不安そうに眼を泳がせる。何か間違いをしてしまったか、とも思えたが、その瞬間にドッと轟くような歓声が兵士たちからあがった。


「大将軍だって!?」

「ザメル様みたいな戦いをする特権があるってのか!」


 真っ先に敵軍に突入する特権、というのはザメルの元で戦ってきた荒くれたちには絶大な効果をもっていた。

 もちろん、もともと戦闘が大好きな彼らにとっては何も気にせず突撃できるというのは素晴らしい特権である。敵の姿をみかければ、フレスの指示もわすれて突撃していく彼らにとっては元から似たようなものであるが、フレスの指揮でというのは大きい。さらに彼らは平和な日々が続いていて鬱憤がたまっていた。

 存分に戦えるという特権が褒美として与えられるというのであれば、士気もあがろうというものだ。


「おお、ポプリ様万歳! かならずや敵を倒して見せます!」

「活躍を見ていてください!」


 兵士たちは両手や武器を空に突き上げて、ポプリとコロンに熱狂的な叫びをぶつけている。


「なんと、素晴らしいご提案! しかし、いいのですか軍師殿?」


 フレスの近くにいたリッシュがそんな疑問を投げかけた。フレスは「ああ」と小さく頷いた。


「かまわない。ポプリ様がご判断なさったことだし、勇猛な者を大将軍に取り立てることはいずれ必要なことだ」


 彼女自身、国難を説いて士気をあげる予定だったはずだ。だがそれでは効果がないと彼女自身が考えて、変更したのだ。悪く言えば餌で釣る方向ではあったが、兵士たちを理解しようとし始めているということでもある。ポプリはまだ軍の最高責任者として歩き始めたばかり。これから少しずつ成長していけばいいのだ。


「しかし、それでは私は大将軍になれないではないですか」


 リッシュは残念そうにしている。フレスはこれを見て言葉を付け足した。


「君が勇猛で優秀なのはわかっている。だが大将軍には推挙しない。君以外に誰が私を守るというのだ」

「まあ、それもそうですね」


 彼女は機嫌を直し、軽く武器を振り回す。


「他の軟弱者には、軍師殿の護衛は務まりますまい。ですが他の者どもに活躍で譲るのはシャクです」


 そう言っているが、実際にはリッシュもすぐさま敵陣に突撃してしまうので、護衛らしい働きをしているのかは疑問であった。フレスは深く息を吐いて、「くれぐれも相手を殺さないようにな」と口に出した。


「もちろんです。首から下を狙えばいいんでしょう?」


 リッシュの返答に、フレスはそれ以上言葉を重ねることができなかった。


「まあ、気を付けてくれ……」

「軍師殿、気分でも悪いんですか? これから戦うっていうのに、大丈夫ですか?」

「ああ、いや。さっき無理して飲んだ酒が強くてね」


 これは本当だった。リッシュの心配にフレスは胸をおさえる。彼は酒が飲めないわけではないが、強い方ではない。口に入れた瞬間、あまりの酒の強さにウッと吐き出しかかったが、そんなことはできずに無理矢理飲み込んだのだ。

 胃から酒精が燃えているような感覚がずっと広がっている。同じ酒を飲んだはずのリッシュが平然としているのは、不可解ですらあった。


「それより見てください、ルシアン軍も我々の気勢にビビり始めたようですよ」


 たしかに、国境を守っているルシアン軍の動きに変化があったように見える。前線に戻ってみれば、見える位置にルシアンがいる。彼女はフレスが戻ってきたのを見るや、「正気か?」とでも言いたげな目線をこちらに向けてきた。


「きっと、彼女たちはポプリ様の演説を『バカげた話』だと思っていて、それで士気が上がった我々のことを狂人の集団だとでも認識しただろうな」

「そうだとしたら、彼らは軟弱な腰抜けですね。戦士が戦わないでどうするんです。戦って死ぬ以外、どういう人生があると思っているんですかね?」

「そうだな、だが彼らにも守るものがある。なめてかかると痛い目を見るかもしれん。まずは突撃を仕掛けるが、君には少しだけ我慢してもらいたい」

「我慢ですか?」


 リッシュは不満そうな目をした。


「そうだ。君にしか頼めない」

「そうおっしゃるなら」


 そうして、戦闘が始まった。ルシアン軍は強烈な音を発するラッパで攻撃開始の合図を飛ばす。

 瞬間、すさまじい数の矢が国境から飛んでくる。もちろん、前線にいるフレスの近くにまで矢は飛んできて、容赦なく地面や味方兵士たちを襲った。模擬戦なので矢はそれほど威力のあるものではないのだろうが、頭に直接くらえば危険だ。


「おっと」


 リッシュが滅多に使わない盾を構えて、フレスに刺さりそうな矢を防ぐ。

 彼女自身は矢の一つくらい受けてもなんでもないような顔をして戦いを続行するだろうが、ポプリ軍の最高軍師に万一のことがあってはならないからだ。


「突撃の指示を出してくれ」


 庇われたフレスは、即座に攻撃を指示した。


「よし、突撃!」


 リッシュが剣を高く掲げて、雄叫びのような号令を発し、同時に彼女も走り出そうとする。それを慌ててフレスは止めた。


「待て、君は我慢だ。言っただろう」

「えっ、ああ……。わかりました」


 なんとか踏みとどまり、リッシュは再び盾を構える。周囲の兵士たちは橋の上に踏み入り、門の前で構えているルシアン軍に向けて怒涛のように突進していった。当然ルシアン軍も急いで防護を固めている。バリケードを築き、杭の山でお出迎えをしてくれていた。

 だが、ポプリ軍の兵士たちはそれを強烈な体当たりで打ち砕き、槍を叩きつけるような一撃でその奥にいるルシアン兵を叩き潰した。いくら魔界の兵士と言えども、死んだのではないかと心配するほどの攻撃だった。

 とはいえ、ルシアン軍も簡単に防御を抜かれはしなかった。巧みに前線を固めつつ、弓で遠巻きにこちらを弱らせようとしているようだ。時には長槍が飛び出してくることもあった。何人かのポプリ兵が肩や腹をやられている。


「怪我をしたものは下がれ! 無理をすることはない、次の機会がある!」


 フレス自身も声を張って指示を飛ばした。定期的に「怪我をしたら下がれ」と言わねば、彼らは死ぬまで戦い続けてしまうことがある。

 この戦いに勝つことには、意味がない。ルシアン軍にはポプリ軍の強さがもう充分に伝わっているし、オルガリア軍がこれを誤解するにはもう充分な状況がそろっている。

 勝っても負けても、どちらでもいい。だが、途中で半端に投げ出すことは許されない。


 戦いはポプリ軍が優勢に進んだ。圧倒的な勢いと士気で突き進むポプリ軍は次々とルシアン軍を食いちぎっていっているが、やがて敵は撤退して門の中に閉じこもった。そして、石の門の上から矢の雨を降り注いだのだ。

 迂回しようにも、橋の上から降りればそこは大河で、溺死する危険がある。泳いだとしても門はかなりの長さだし、そこまで泳いでいては疲弊してしまう。つまりここは、正面突撃以外の作戦をすべて封じる、堅牢な防御拠点なのである。


「やはり軟弱ですね。門の中に閉じこもったくらいで、我らの攻撃を防げると思っているとは」

「ああ、だが三貴族ルシアンが守る鉄壁の門。そうたやすくは抜けまい」


 そう言ったものの、実際「たやすくは抜けまい」どころではない。ルシアンも「遠慮なく攻撃を仕掛けてかまわない。歩兵の攻撃で門が破れるようなことはありえない」と言っていたくらいだった。それほど門の堅さには自信があるのだ。

 おかげで作戦も決めやすかった。今回フレスは、門を突き破ることに固執するような作戦をとっている。絶対に破れないはずの門に突撃を繰り返し、「やはりダメだった」といって撤退するというのが今回の筋書きだ。

 門の外にいたルシアン軍は追い払った。自軍の強さは十分に見せているので、あとは撤退の機会を作るだけ。門の堅牢さはうってつけの材料だ。

 だが、そんな作戦のすべてを部下たちに話してはいない。話したところで「わざと負ける」といったことができるような兵士たちではないし、リッシュなどはかえって「絶対に門を突き破ってやりましょう! あんな年代物、私たちで叩き潰せます!」と言っていたくらいなのだ。ちょうどよかったのでフレスも「ああ、我々の力ならできるかもしれん。試してみる価値はある」と答えておいたのである。


 フレスは前線で盾を構えている兵士たちを見つめた。さすがに鉄で補強された門には無策な猪突猛進をかけるわけにはいかず、矢で追われるばかりだ。

 優劣が逆転しつつある。

 当たり前である。敵は国境に設えた門を守っているので、守勢を崩さないのが当然だった。攻撃を仕掛けるより、防御を固める方が有利なのは、兵術の基本なのだ。

 だが、経験豊富なポプリ軍の精鋭たちはこのようなときの対処法も知っている。


「では軍師殿、いつものやつですね?」


 嬉しそうにリッシュが訊いてくる。こうなったからにはもちろん、我慢は終わりだろ? という表情であった。フレスは頷いたが、その後に一言付けたした。


「ああ、だが君は戻ってきてくれ。まだ頼みたい仕事があり、君にしか頼めない大事な仕事だ」

「わかってますよ、仕方ないですね」


 少し不満そうにしつつも、リッシュは五名ほどの仲間を呼び集め、一挙に固まって武器を抜いた。先頭の仲間二人が盾を構え、残りの三人は命知らずにも武器だけをほとんど後ろ手に構えている。そのまま矢の雨の中に、一気に突撃していった。

 度肝を抜かれたのはルシアン軍である。


「なんだあのバカどもは!」


 リッシュたちは全力で走っていく。門の直前で後ろの三人が弾かれたように武器を前方に繰り出す。遠慮も加減もないぶちかましだった。


「でりゃああッ!」


 矢をかいくぐって、門に激突。一撃で門を破壊こそしなかったが、木製の部分には大きな亀裂が入り、補強に使っている鉄の留め具はねじ曲がって悲鳴を上げた。


「なっ!」


 フレスは驚きの声を上げかけ、あわてて口を押さえる。

 ルシアンめ、嘘をついていたのか。

 そんなことさえ脳裏に浮かんだが、彼女がそんな嘘をつく理由が全く思い浮かばない。門の上にいるであろうルシアンの姿を探してみれば、彼女もまた口をあんぐり開けて、全く動きが止まっている。驚きのあまりに思考が停止しているという状況だろう。


「馬鹿な、歩兵の突撃ごときであの門が……」


 とでも言いたそうに門に入った亀裂を指さしている。

 どう見ても演技ではないので、フレスは結論を出した。つまり、リッシュたちの突撃が常識外れのパワーを出してしまったか、あるいはたまたま門の弱いところを奇跡的に突き上げたか。精神衛生上、後者だと思っておいた方がよさそうだが。


「それ! もう一度だ!」


 リッシュたちは降り注ぐ矢を意にも介さず、門から下がって再び助走。全員で武器を門に叩きこんだ。

 強烈な轟音とともに、留め具がはじけ飛ぶ。亀裂は大きく広がって、門の内側の光景をフレスにも届けた。


「よし! 門が開いたぞ、突撃!」


 リッシュはもう役に立たなくなった門の留め金を蹴散らしながら、巨大な剣を頭上に掲げて号令を出す。待っていたとばかりに、様子を見ていたポプリ軍兵士が門の亀裂に向かってなだれ込んでいった。

 もちろん、リッシュ自身も「戻ってこい」と言われていたことなど完全に忘れて、一緒になって門の中へ突撃していった。


「おい、リッシュ! 戻ってこい!」


 フレスの声が空しく響いた。門を打ち破ったことで興奮状態になったポプリ軍は、いまやフレスの指示さえも何の意味も持たなかった。

 こうなってしまっては、死ぬまで戦うか、勝利するかしかない。

 ルシアンが撤退の指示を出したのだろう、退却の号令らしいラッパが聞こえてくる。しかしあの様子では負傷者が相当出ているにちがいなかった。

 フレスは馬を飛ばして、自分も門の中に入った。そのときにはもう、ルシアン軍が年月をかけて建築したであろう国境拠点は完全に蹂躙されている。すでにルシアン兵はほとんど残っていなかった。ため息をつきたい気持ちをこらえて、フレスは全身で大声を上げた。


「よし、拠点を制圧したぞ! 我々の勝利だ。勝鬨を挙げよ!」

「おお!」


 部下たちはルシアン兵への追撃をとりやめ、拠点に戻る。そして武器や諸手を突き上げて勝鬨を挙げた。


「おおーッ!」


 口々に放たれる勝利の雄たけびは、まるで地獄の唸りのようだった。耳が痛くなるほどの声量だ。

 これでとりあえず、ルシアン軍の負傷兵は最小限に抑えられたはず。フレスはドッと疲れて、その場に座り込みたくなった。

 そのとき、ようやく「戻ってこい」という命令を思い出したのか、リッシュが彼の近くへ走り寄ってきた。


「軍師殿、やりました! 完全勝利です!」


 模擬戦で完全勝利しても意味がない、と言いたかったがフレスはこらえた。そして彼女に次の命令を下した。


「ああ。よくやってくれた、君の働きに感謝する。早速ですまないのだが、ここにはまだ敵がいるようだ。勇猛かつ体力に優れた君にしか頼めない。たった今戦いが終わったところですまないのだが、何名か連れて、あの丘陵のあたりを見回りに行ってくれ。もしもルシアン軍以外の怪しい者がいたら切り捨ててかまわない。ただし、全員を殺す必要はないので、深追いは避けてくれ」

「わかりました。必ずや!」


 リッシュは嬉しそうに剣を背負いなおし、何人かに声をかけるやすぐさま自分が壊した門から外へ飛び出していった。

 門から見える丘陵は、おそらくこのあたりの地形が良く見える。オルガリアの斥候が陣取るとしたら他にはないだろうという絶好の場所。

 彼らに攻撃を仕掛けるのは、「お前らには気づいていたんだぞ」というアピールだ。もちろん情報を持ち帰ってもらう必要はあるが、彼らとて全滅するような愚は犯さないだろう。

 他の者に頼らないのは、この「深追いを避ける」という命令ですらまともに聞けるのが彼女くらいしかいないからである。リッシュは自分の近くにずっといてくれて、「我慢」をようやく覚えてくれた数少ない兵士なのだ。

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