4.偽の手紙
三貴族に対し、こちらから伝えたことは三つだけだ。
ロンシャロンを打倒したことは義憤によるものであり、目的はすでに達成されていること。これ以上の戦乱を望んでいないこと。そして、できればそちらの考えを聞かせてほしいというものだ。
それらの封書は、ロンシャロン軍で使っていた封蝋と、そしてポプリとコロンで作った新たな封蝋で二重に閉じてある。つまり、ロンシャロン軍を完全に打倒したという証拠をつけたわけだ。
送付方法については、以前から支配地域をまたがって取引をしているという商人にまず手紙を託した。
彼らはこの魔界において、物資と貨幣を引き換えにする重要な存在である。さすがのロンシャロンも、彼らへの税は増額していなかった。そんなことをしてしまえば、金をいくら持っていても使う先がなくなってしまう。
この手紙によってまずは正式な書類をいずれ届けることを知らせておき、それからコロンが直接行って国境でやっと、封書を手渡した。
なにしろ戦乱の時代なので、このくらい慎重にと考えた結果だった。
そしてその返答がきたのだが、簡単にまとめるとオルガリアは静観、ルシアンは対談を望んでいるようだ。
オルガリアは情勢の不安さ、そしてこちらが行動することはルシアンへ隙を見せることになること、他にも様々な要因をあげつらい、結局はお互いに不干渉でいるのがいいだろうと書いてある。つまり、何もしないから何もするなということだ。
一方ルシアンは、ロンシャロンを一気呵成に打ち破った武力をほめたたえ、ザメル軍の勇猛さを称賛してきた。それから平和を望んでいることについて、旧勢力をどのようにおさえるのか、ロンシャロン本人が戦死していても、彼を慕う者や既得権益を温存したいものが反発することは目に見えているが、平和的に解決できるのか、などの疑問があることを書いている。そして、驚くべきことにフレスのことも書いていた。ここまで早くロンシャロンを滅ぼせたのは、知恵のある軍師も大きな要因だろうといい、ぜひ話してみたいといっている。
そして最後に『Rucian. W. hite』と署名されていた。
これを見たポプリは他勢力の首領が軍師フレスを直接的に褒めていることに驚いていた。
「すごい! さすがフレス。あなたは本当に頼りになりますね」
「ただの社交辞令でしょう」
フレスはそう言った。本心からの言葉である。
数で圧倒的に勝るロンシャロン軍を最終的に打倒できたのは兵士たちが頑張ったからであり、軍師がたてた策略などは大して貢献していない。彼は常々そういうことを言っていたし、それが彼の考えであった。
しかしポプリはそれを否定した。
「ちがいますよ、あなたの知略は我が軍の勇猛さと同等に並べられているんです。フレス、あなたはルシアンが名指しで認めるほどの者なのです」
「私の献策など知れています。私の拙い策略を、我が軍の勇猛な精鋭たちが命を削って成功に導いてくれただけです。真の勇者は前線で戦い続けた兵士たちです」
彼は、たびたびこのような言い方をした。フレス自身も最後方でのんびりしていたわけではないのに、戦場で白刃をくぐった兵士たちをまず真の勇者であり、戦いの主役であり、英雄だという。これが嫌味でも謙遜でもなく、本心から思っていることなのだ。
そこにコロンが明るい声をだして、話を進めた。
「どちらにしても、会いたいというのは好意的に見てくれていると考えていいでしょうか? ここは会談につなげて、ルシアンとのつながりをもったほうがいいかもしれませんね」
「たしかに、そうかもしれませんが。問題はこの手紙が本物かどうかという点です」
フレスは真面目な表情でそう言い切った。
「えっ?」
ポプリもコロンも目を丸くして彼を見やった。
「どういうことですか? そんなに内容がおかしいのですか?」
「いえ、内容ではありません。コロン様、あの封書はどのように届けられたのか教えてくれますか?」
宰相の地位にあるコロンに対して、フレスは様付けにして呼びかける。
「さま……って。普段通りでいいですよ、こそばゆい」
コロンは両手で自分の二の腕のあたりをさすって、嫌そうにそう言ったのだが、フレスは応じなかった。
「あなたは宰相です。内政をつかさどる最高位の役職であられます。私は常に、戦争とは政治であると考えます。であれば軍はポプリ様とコロン様の下につくのが当然です。ロンシャロンを倒した今であればなおさらです。それに、私が敬意を払ってあなたに接しなければ、我が軍の兵士たちもあなたのことを侮ります。だから、これは当然のことなんです。ご納得いただけませんか、コロン様」
「ううん、納得はしますが嫌なものは嫌ですね。ですが、仕方ありません。わかりました……それで、なんでしたか」
「すみません。封書がどのようにして届いたのかという話です」
あらためてフレスが問いかける。
「どのようにって。私が出向いたのと同じように、あちらも使者が国境まで来て、そこで受け取りましたよ」
「誰が受け取ったのです?」
「そこの住民たちです。連絡をもらって、私が彼らから引き取りました」
答えを受けて、フレスは顔をしかめ、それから慎重に口を開いた。
「おそらくなのですが、封書がすり替えられています。どこかで」
「えっ。そんなことがありますか? それに、どうしてわかるのですか?」
フレスの言葉に、コロンは目を見開いた。
「封蝋です。おそらく一度破かれていて、付け直した跡がありました。端が少しひび割れていましたから、すぐにわかります」
これがわかったのは、自分たちで封蝋を作るときにいろいろと試してみたからだ。偽造できるのではないか、と疑ってからはその方法も調べた。ポプリとコロンは封蝋のデザインで楽しそうにしていたが、フレスはその信頼性に疑問を持っていたのだ。
「それは、向こうで封をするときにミスでもして、付け直したとかではないのですか?」
ポプリが素っ頓狂なことを言う。
「いえ、自軍の威信がかかっている手紙です。そんなことはありえませんし、厳重に運ばれてきていて当たり前です」
「そ、そうですか」
ポプリ自身も「ポプリ軍の威信がかかった手紙です」とフレスに言われていたので、署名する手が震えたくらいだった。コロンが運んでいくときも丁寧に綿でくるみ、箱に入れて持って行った。こんな手紙には、わずかなシワやヨレも許されない。三貴族に君臨して長いルシアンやオルガリアがそんなこともわからないとは思えなかった。
「つまり、誰かが我々を混乱させようとしています」
「というと。いえそれより、本物の手紙は無事に届いていたんでしょうか?」
「わかりません。封蝋が破られていたのは、オルガリア軍からきたものです。ルシアン軍のほうは封蝋に破れた跡はありません」
フレスが指摘すると、コロンは疑わしそうに封蝋を確認した。が、一度割ってしまった封蝋を見てみても、ほとんどもうわからない。
「むう、そう言われてもよくわかりませんが」
「はい。なので、今後こういった親書については必ずポプリ様が開封することにしましょう。他の誰も、私もコロン様も絶対に開けてはなりません」
「そのほうがよさそうですね。封蝋が一度破かれているなんて、そんなこと考えもしませんでした」
コロンは椅子に座りなおして、親書を机の上に放り出した。
「破れた跡がないということは、ルシアンからの親書は本物なのですか? でもさっきあなたは……」
「はい、そちらには別の問題がありました」
そう言って、フレスは用意していた資料の束から一枚の書類を取り出してきた。どうやら過去に届けられた手紙のようだ。
「これは、かつてロンシャロン宛に届けられたと思われる、ルシアンからの手紙です。封蝋がしてあって、破かれています」
「確かにそうですね。これが何か」
「封蝋が、少し違うと思いませんか」
コロンは目を凝らして、手紙についている古い封蝋を見た。しかし違いがわからない。
彼女の後ろから、ポプリも懸命に確認しているがわからないようだ。
「この封蝋が本物であるとしたら、さきほど届いたルシアンからの封蝋は、偽物ということになります」
「どこでわかるのですか?」
とポプリ。
「それに、偽物なんて失礼ですよ。ちゃんとルシアン領の封蝋がされているじゃないですか。見た目は同じです」
「よくご覧になってください。こちらの、古い封蝋の方がカドがたっています。普通は古いもののほうが劣化したり、こすれたりしてなめらかになっていくものです。なのに、逆になっています。おそらく本物の封蝋からキメの細かい泥などで型をとって、金属を流して偽の封蝋を作ったのではないでしょうか。先ほどの封蝋は横から見れば、わずかにのっぺりとした印象を受けます」
そう言われたコロンは封蝋をあちこちから眺めまわしたが、混乱して言った。
「どんなに見てもわかりません」
しかしポプリは触角をピクピクとさせて、じっと封蝋を見やってから、
「確かにかなり違いますね。あなたのいうとおり、古い方の封蝋がきちんと見えているのは、おかしい」
「ポプリ様、本当ですか?」
「はい。じっと見るとわかります。でも、これだけで偽物と断言するのは。もしかしたら摩耗している古い印章が使われただけなのかもしれません」
ポプリはそう言って擁護した。敵がこちらに策略を仕掛けてきたことをあまり認めたくないのかもしれない。
しかしフレスはさらなる証拠を提示する。
「ではもうひとつ、こちらの手紙では、ルシアンはきちんと署名をしています。見てください」
フレスは手紙の下部を指でさした。魔界文字はいくつかの字体があるが、ルシアンは走り書き用の簡素な字体、それも少し手癖のあるナナメに切り立ったような文字で、署名していた。
『Ruciann. W. hite』
これが彼女の本名だ。ルシアン=W=ハイト。
だが、先ほどの手紙を思い出してみれば、文字が一つ多い。ルシアンの『n』が重ねられている。
「つまり、おそらくですがあれはルシアンが我々に向けて書いたものではありえない。少なくとも真意ではない。オルガリアか彼女か、どちらかが何かを企んでいます」
「ちょっとまってください。これほど署名がそっくりなのなら、nをつけ忘れるなんてことがあるはずありません。だって、似たような文字を書こうとするなら、本物と見比べるはずでしょう」
「しかし、封蝋は明らかに偽造品です。これは私の想像ですが、ルシアンはいくつか名前を使い分けているのではないでしょうか?」
つまり、ルシアンは手紙を書く際にも偽造を警戒した。そこで、オルガリアに向けて書く手紙には「Rucian」と署名し、ロンシャロンに向けて書く手紙には「n」をひとつ重ねて書いた。これによって、自分の署名を写して、他人あての手紙を偽造されたときにはすぐにわかるようにした。
こういう具合かもしれない、とフレスは考えている。
「むむ、そうかもしれませんが、ではロンシャロン軍とポプリ軍でも名前を使い分けているのでは?」
「それはありえません。我々はロンシャロンの封蝋も使って手紙を送りました。であれば、このように、過去にロンシャロンに向けて送った手紙が見られている可能性もルシアンは考慮しているはずです。彼女ほどの切れ者ならば、それに気づかないわけもありません」
コロンは唸った。誰を疑えばいいのか、いったいどうすればいいのか、何もわからなかったからだ。
その様子を見たポプリは、簡単に今の状況をまとめた。
「つまるところ、返事としてきたこの手紙は両方とも怪しい、ということですね」
「おっしゃるとおりです」
「それなら、直接私がルシアン領に行って確実に手紙を渡して、返事をもらうまで待たせてもらえばいいのではないですか?」
フレスは手のひらをポプリに向けて、制止する。
「誰が敵であるのかわかっていない状況では軽率に動けません。ルシアン領からの手紙をすり替えられるほど敵は近くに潜んでいると考えれば、ポプリ様が動かれる場合その途上を狙ってお命を奪いに来ることも考えられます」
「縁起でもない」
コロンが首を振る。
「ですが、たくさんの兵で守れば大丈夫でしょう? 直接ポプリ様が行くことほど、確実なこともありません」
「それはそうですが」
今度はフレスが唸った。ポプリは不思議そうに自分自身を指さしている。
「殺されるほどなんですか? 私なんかを?」
なぜ自分が殺されるようなことになるのか、とも思っているのだろう。
フレスは軽く首を振った。
「私なんか、ではありません。ポプリ様はすでにポプリ領の最高責任者だと申し上げました。本来ならポプリ様ではなく、閣下とお呼びすべきです。そういたしましょうか?」
三貴族の一人であるポプリに対して、本来は敬称で呼ぶべきだった。さらに上位の敬称として陛下というものもあるが、これは魔界では使われない。王はすでに去った魔王一人であるという考えが古くからあるからだ。
「やめてください。本当にやめてください。さっきコロンが様付けされていることに文句を言っていましたが、私だって同じ気持ちなんです! でもずっと前からそうされているから飲み込んでいるだけです。本当なら呼び捨てにしてほしいんです、もうあきらめてますが」
「はい。申し訳ありませんが、呼び捨てにはとてもできません。そうする権利は、将来的にポプリ様とご結婚なさる殿方お一人だけにしかないものですね。それほどポプリ様の立場は尊いものです」
「しかし、私はただ父に言われてこの城に来ただけですが。フレス、あなたのほうこそ危ないのではないですか?」
「はい。なので私にはリッシュが専属の護衛としてついています。しかしポプリ様にはまだそれほどの護衛兵はつけられていません」
護衛のリッシュはほとんど常にフレスにくっついている。今も部屋の外でじっと立っているはずだった。
フレスは自分の知略など大したこともないと思っているが、同時にポプリ軍の兵士が信頼を寄せる自分が突然いなくなればどうなるのか、ということもよくわかっている。自分がいなくなっても大丈夫だろう、という楽観視はしていなかった。
ポプリは首をかしげる。
「そうですか? クースはよくやってくれていますよ。配慮も行き届いていますし」
部屋の壁際に控えていたクースという名の兵士は、これを聞いても当然という顔をしただけだった。彼はポプリを自分の娘のように慈しみながらも、適切な距離を保って接している。優れた有能な兵士のうちの一人だった。
「確かにクースは勇猛で有能ですが、集団で襲われては無傷でポプリ様を守ることも難しいでしょう。本気でルシアン領へいくのなら、もっと大勢の兵士を護衛としてお連れいただかなくてはなりません。そうすると、軍を動かしているとみられ、攻撃の準備と見られてしまいます」
「むむぅ、それを避けるとなると、どうしてもルシアン卿とは会えませんか」
「直接対談は今の時点ではかなり難しいと思います。まずは、手紙を確実に届ける方法を考えましょう」
そう言ったところで、コロンが思いついたことを口にした。
「オルガリアが怪しいですよね。私たちはまずオルガリア軍に接触して、それからルシアン軍に接触しましたから。先回りして情報を遮断することはできたし、そうするだけの理由もあります」
「でもそうだとしたら、どうして自分たちの手紙まで細工したんですか?」
率直にポプリが反論する。確かに、オルガリア領からの手紙にも細工の跡があったことの理由付けにはならない。
「それは、その。やっぱり間違って封蝋を解いてしまって慌ててつないだのでは?」
「いえ。露骨に細工の後を残すことで自分たちへの疑いを晴らそうとしていると考えるのがスジでしょう」
フレスがそう言って、オルガリアを疑うコロンを支持した。
「おそらくオルガリアは、我々を警戒しているのです。ザメル軍は猪突猛進、蛮勇の軍隊でした。実際、数の不利を兵の質で覆して勝ってきたという部分もあります。なので、彼としてはロンシャロンの次に狙われるのは自分だろうと考えていた。ところがその後を継いだポプリ軍から手紙が来たと思ったら平和を望んでいるという文章です。だから彼はこのようにまわりくどい策をつかってまで、我々をはかろうとしています」
「彼が計算高い、というならそうですね」
「我々は、その思惑にまんまとかかるわけにはいきません。ルシアン卿とは確実に連絡を取る必要があります。もし万一、彼女も我々と敵対しようとしているとしても、それを知らないままでは困りますからね」
ポプリはこれに深く頷いた。
「はい。ですから、なおさら必要性を感じました。あらためて命じます」
フレスを見上げて、はっきりと口にする。
「軍を動かして下さい。攻撃の準備とみられようとも、直接話し合って、実際に攻撃を仕掛けなければ誤解が解けるはずです」
「そこまでのお覚悟ですか。わかりました」
今度はフレスも反対しなかった。確かにルシアンと直接コンタクトをとることは、無駄にはならない。
だが、どうせならその行動に多くの意味を持たせたい。
「少し、お待ちください。準備を整えます」




