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3.護衛のリッシュ

 ザメルの引退については日時を調整し、できるだけ混乱が起きないように発表するつもりだった。

 だがザメル本人が勝手に城から退去し、自分の出身地に戻ってしまった。ぜいたくな暮らしをするつもりもなく、ロンシャロン打倒のために立ち上がる以前の生活に戻ってダラダラしているというのだから、恐れ入る。

 無責任ともいえる行動だったが、政治となれば統治能力のない彼の出る幕はおそらく少ないだろう。三貴族との間に戦争が起これば必要とされる人材だが、そういう事態がないように努めなければならない。


 こういった事情から、フレスはザメルの引退を早めに発表した。勝利の興奮が冷めやらぬうちに発表して、スムーズに政権の相続が行われたということにしてしまったほうがいいという判断だ。

 それに、ザメルは娘がいることを隠していなかった。自慢の娘としてことあるごとに話題にしていたくらいだから、兵士たちもザメルの跡を継ぐのがその娘ということに対して、特に反感をもちはしないだろう。

 こうした予想は的中したのか、それとも娘であるポプリを憚っているだけなのか、兵士たちの間に不満の声はあがらなかった。

 俺の忠誠はザメル様だけのものだ、などと言い出す兵士がいてもおかしくはなかったはずだ。もともとザメル軍は、ザメル本人の圧倒的な強さによって成り立っていたようなもの。個人崇拝の教団に近いものであるが、それでも兵士たちはそれまでと同じように仕事をしてくれる。


 そこでフレスは、新たな最高責任者となったポプリを兵士たちの前に出すことにした。三貴族の一人を継ぐつもりであるならもっと厳かにやってもよかったが、末端の兵士たちとも親分肌でフランクな付き合いをしてきたザメルの跡を継ぐのだ。たんに、城の中庭に兵士たちを集め、そこに降りて行っただけであった。

 ポプリは緊張した様子もなく、フレスとともに兵士たちの前に歩いていく。兵士たちはあらわれたフレスとポプリを見て、状況を察し、ただちに姿勢を正した。

 そこにフレスは軽く声をかける。


「やあ、今日は新たな主をお連れした。こちらのお方が、ザメル様の娘であられるポプリ様だ」

「はっ」

 

 兵士たちの前に姿を見せたポプリに対し、彼らはしっかりと背筋を伸ばし、私語もせずに敬意を見せている。

 フレスはこの状態にひとまず満足した。


「無事、ポプリ様への全権移譲が終わったとみていいでしょう。多少の不平があったとしても、ポプリ様が今後は我が軍の最高責任者にして、最高指導者となります」

「実感がわきませんが」

「彼らへ声をかけてやってください」


 軽いあいさつ程度でもいいと付け加えたが、もはや今後は女王としてふるまわねばならないポプリにとっては重圧を感じる指示だった。


「父の意志を継ぎ、この地に平和をもたらすつもりです。力を貸してください」


 なんとか絞り出すようにそういったが、言ってしまってからすぐに眉を寄せかかった。これでよかったのか、という後悔のためだ。

 しかしフレスは気にしなかった。何を言ってもいいのだ。

 事実、兵士たちは大きな声で「はっ!」と声を上げており、ポプリに対する忠誠をこれでもかと見せていた。

 彼らの崇拝の対象はザメルであり、その娘であるポプリにも忠誠を尽くしてくれる。フレスはそう考えていた。


「違いますね」


 だが、コロンの意見は違っていたようだ。部屋に戻ってその話をしてみると、待っていた彼女は首を傾げて目を閉じ、なぜわからないのかといった調子で話した。


「たぶんフレス殿、あなたがいるからですよ。彼らはザメル様と立ち上がった時、俺たちは今から兄弟だと言われたんでしょう? そこにはフレス殿も含まれているのです。最初からずっと今まで死地を共にして、そして勝利をもたらし続け、ザメル様に信任され続けているあなたがいるから、ポプリ様のように若い後継者も認めているのです。ザメル様とあなたへの信頼が、そのままポプリ様を認めることにつながっているのです」

「そのようなものでしょうか。私の献策など、大したものではなかったと思っているのですが」


 本心でそう言ったが、コロンは意見を変えなかった。


「御謙遜を。それより人材不足と、政治体制のことは何か妙案が出ましたか?」

「その点に関しては、進展があります。捕虜となっていたロンシャロン体制下の文官たちから情報を得て、元々の税収体制や人員配置が見えてきています。彼らのやり方を学ぶのが早いでしょう。こちらで改善の余地があれば、修正していけばいいのです」


 ひとまずフレスは統治の第一歩として、具体的な統治政策や、ロンシャロン軍の財政状況などを探していた。

 もちろん徴税の方法については、身をもって知っている。フレスのいた地域では徴税官がなかば強盗のように民家をまわり、貨幣や物資、食料を徴発していた。彼らはきわめて粗暴で乱暴であり、抵抗する人々に暴行したり、泣き叫ぶ赤子を殺したりといった残虐の極みを平気で行った。ザメルが義憤によって決起したのも、こうした状況を見過ごせなかったからである。

 調べてみたところ、ロンシャロンが抱えていたと思われる参謀たちからの指令書がいくつか見つかっている。ロンシャロンが意図したのは、土地と人間に課税する方法であった。いわゆる人頭税にプラスして、借りていたり、持っていたりする土地に対して一定の額を課すというやり方だったようだ。確かに一定の理のある課税方法だが、土地への課税が苛烈だった。たとえそれが町や集落の土地であろうと、山林であろうと、同じ額を要求されるようになっている。しかも森林や未開発地についても周辺の人々へ強引に割り当てて、回収しようとしていたのだ。

 こんな額を徴税せよとなれば、確かになりふり構っていられない。フレスの知るような徴税官の振る舞いも、当然のものといえた。

 もちろん、ポプリ軍で同じことをするわけにはいかない。いかないが、前体制で働いていた者たちを呼ぶことは必要だった。なにしろ、ポプリ軍にはデスクワークのできる者がほとんどいないのだ。集めた金をどのようにして輸送していたのか、どのようにして兵力や軍力に変えていたのか。そのようなことがわからない。本当にわからないのである。

 ザメル軍は、無頼者の集まりといった形でしかなかった。ポプリ軍もそれを引き継いだ。

 これまでどうやって兵站を保ってきたのかいえば、ロンシャロン軍頼みだった。勝利して奪うことだけが、兵站のほぼすべてだったのだ。敵の捕虜は説得して配下に加え、調練をした。その結果、ザメル軍と同化してきたのである。なにしろ殆どの兵士が強制的な徴兵と恐怖によって従わされているだけなので、説得は楽だった。加えて、彼らの持っている武器や糧秣も鹵獲した。

 勝ちまくっていたので今まではそれでよかったのだが、これ以上戦いを続けていくことは破滅を意味する。今後は、統治と徴税が必要だった。


「なので、ロンシャロン軍の配下にあったものへ、呼びかけを行っています。以前の地位と職を保障すると」

「彼らは、私のために働いてくれるのでしょうか?」


 ポプリは不安そうにしているが、これはリスクをとる価値のある決断であるとフレスは考える。

 そうして数日後、ロンシャロンの配下たちが、城へと戻ってきた。何しろ無条件で失った職と地位を取り戻せるというのだから、よほどロンシャロンへの忠誠があったのでもなければ、戻ってこない理由がない。

 そういうわけで、捕虜としていた文官も原職復帰となり、逃亡していた者たちまで戻ってきた。だが、これは兵士たちの反発を招きかねないことであった。


「軍師殿、敵であった者たちを金を出してまで城に招いているのはどういうことなのですか?」


 と、問いかけられるのも想定されたこと。

 ここで話しかけてきたのは、戦場ではフレスの近くに常についていた部下の一人だ。まじめで士気も忠誠心も高い優秀な武官なのだが、当然猪突しかない戦士であり、戦いと勝利が全てであった。

 この部下はこんな性格でありながら女性であり、鍛えた肉体を軍服とマントで隠しているが、その腰に下げられた大きな剣は常に敵を求めている。ロンシャロン軍を完全に打倒してしまった今、彼女たちはその戦意をぶつける先がなく、もてあましてもいるのだろう。

 それをフレスは察していた。


「どういうこともなにも、彼らはポプリ様に忠誠を誓い、ポプリ様のために働くといっている。それが嘘であることが確かめられないうちは、殺してはならない」


 ひとまず、部下に対してはそのように言って釘を刺した。だが、彼女は引き下がらない。


「なぜですか。我々はロンシャロン軍の配下、残党は全て叩き潰すものと思っていましたのに」

「リッシュ、君のその勇ましさは頼もしい。しかしポプリ様はこれ以上の戦いを望んでおられない。私としては、その意向に沿いたいのだ」

「では、我が軍はもう戦うことがないのですか? 役目は終わったのですか? ザメル様のように、隠居しろというのですか」


 部下の名を呼び、なだめようとしたフレスの言葉は反駁する声にさえぎられた。

 たしかに平和を貴ぶのであれば、軍を抱えているのはおかしい。だが、これは必要な矛盾だ。今後もポプリ軍が存続していくために、兵士たちは必要だった。隠居してもらっては困る。

 フレスは少し考えてから、リッシュと目を合わせてゆっくりと語った。


「いや、そのようなことはない。平和を目指すからこそ、君のような勇猛な戦士が必要だ。ザメル様が隠居なさったのは、ポプリ様や我々に大きな期待をされているからだ。ポプリ様に大きな望みがあるように、私にも考えがあってこのように行動している。君や我が軍を裏切ることは決してない。どうか、鍛錬を続けて、英気を養っていてくれ。近いうちに君たちの力が必要になるかもしれない」

「わ、わかりました。軍師殿がそうおっしゃるのであれば」


 リッシュはまだ少し納得してないような表情ではあったが、引き下がってくれた。内戦の最中には『命を捨てても軍師殿を守る』と言い切ってくれたほど忠誠のある兵士だが、それでも食い下がってきたのだ。

 どうやら思っている以上に兵士たちはストレスを溜めているのかもしれない。フレスは人知れずに冷や汗をぬぐった。

 いつまでもこのような言葉で不満を飲み込んでくれるかどうかは怪しい。早期に様々な問題に決着をつけたいところだ。

 さしあたっては、リッシュたちの苛立ちを相殺する以上の成果を、再雇用したロンシャロン配下の者たちがあげてくれればいいのだが。


「お任せください、私どもは税と収支計算については自信をもっております」


 再雇用した者たちは、そういって早速仕事にとりかかってくれる。この分ならば、意外に早く財政と経済を循環させられるかもしれない。 

 そう考えていたのだが、失敗に終わった。正確には、二日ほどで計画の継続が、大きな破綻をもたらすことがわかった。

 ロンシャロン配下たちの仕事が高度過ぎて理解できなかった、というわけではない。その逆だ。ロンシャロン配下の者たちは、あまりにも杜撰な仕事をしていたことが明らかになったのだ。

 彼らはフレスを完全になめていた。どうせ筋肉自慢のザメル軍など、書類の文字も読むことができまいと考えていたフシがある。

 フレスとしては、彼らにはただ「以前と同じ仕事をしてほしい。ただし、徴収するのは人頭税に限る」という命令を出した。これが最適だろうと思ったのだが、よくなかったようだ。

 彼らはどうやら結託して、人頭税だけでなく地税も徴収しようとしていた。それをそのままプールして着服しようとしている。どう考えても、完全にポプリ軍をなめきっていた。

 だがフレスは、元々ロンシャロン軍で輜重部隊の仕事をしていたのだ。書類は読むことができるし、どういう仕組みで末端に仕事が任されるのかも知っていた。したがって、ロンシャロンの配下たちのあまりにもひどい仕事ぶりはたちどころにわかる。さらに、何人かの文官から「明らかに書類の数字がおかしい」という指摘まで入ってしまった。少しまともな感性をしていれば、すぐにわかるほどの露骨な裏切りだったのだ。

 さすがにフレスに届く書類の、主だった数字はマトモに見えるようにいじられていた。それも少し検算や根拠を求めればたちどころに不正が透けて見えてくるような杜撰な改竄でしかない。

 こうなっては、計画を続けるわけにはいかなかった。あまりにもあっけなさすぎる計画の終わりに、フレス自身もショックをうけるというより、あきれてしばらく次の行動が考えられなかったくらいだった。


「フレス殿、例の件はどうなっているのです?」


 しばらくして、コロンにそう問われたフレスは首を振ってこたえた。


「ロンシャロン配下の者たちは、ポプリ様へ忠誠を誓うことができなかったので、解雇しました」


 フレスはロンシャロン配下の者が再雇用するという温情を裏切って私腹を肥やしていたと、その事実を公表し、解雇した。まともに仕事をしてくれていた、たった数名を除いてロンシャロンの元配下は全員解雇された。

 こうなると彼らは大変な汚名を受けることとなり、まずどこにいっても信用されなくなる。職を得ることは絶望的であった。フレスとしては収監しておきたい者たちだったが、今のポプリ軍には何しろ金も物資もない。解雇という形にして、追い出すことにしたのだった。もちろん、命までとろうなどとは考えていなかった。

 だが、解雇した当日、城から出ていくロンシャロン配下を待っていたのはリッシュをはじめ、ザメルやポプリに忠誠の篤い兵士たちであった。フレスの目の前で、彼らはロンシャロン配下を襲撃し、惨殺したのである。

 特にリッシュはこの襲撃に、先陣を切って参加した。自分の身長ほどもある、大きな愛剣をスラリと引き抜き、両足でジャンプしたかと思えば、憤懣やるかたないといった表情で歩いているロンシャロン配下の集団へ躍りかかっていったのだ。ほんのわずかな間で二つの首が空に飛び、一瞬で現場は血風乱れる戦場と化した。

 相手は武装さえしていないような文官でありろくな抵抗ができない、にもかかわらずリッシュたちは鬼気迫る表情で惨殺。

 戦闘というよりも、一方的な処刑であった。


「軍師殿、先日は深いお考えも知らず、失礼なことを申しました」


 ことが終わってからリッシュはこんなことさえ言ってきたのだった。まるでフレスがこの惨劇を指示したかのような、そんな態度であり、そして嬉しそうな笑みを浮かべてさえいた。


「まさか、反乱分子をひとまとめにする策であったとは、全く思いませんでした。そして、奴らを殺す大義名分まで与えてくださった」

「いや、汚れ仕事をさせてしまった。すまなかった」


 こうまで言われては、そう言うしかない。フレスは意図しないまま後世に残るような虐殺の指導者になってしまったような気がして、少し重い気分になったが、自分の過去の言葉を思い返して、ハッと気づいた。

 ポプリ様への忠誠が嘘であるとわからない限り、殺してはならない。自分が確か、そんなことをリッシュに言ったのだった。そんなことを言えば、彼女たちは当然のように「ポプリ様への忠誠が嘘であれば殺してもよい」と解釈するに決まっているし、ポプリを最高指導者とするポプリ軍において、そのような罪を償うには死刑しかない。

 この点においては、リッシュたちの判断は正しい。フレスはこの虐殺についても、自分の責任の下の行動であると認めることにした。

 失敗した。

 わざわざ時間をかけて、しようとしたことが何もできなかったからである。人材不足は解決せず、どのようにすれば円滑に統治できるのかということもほとんどわからなかった。

 だが、ポプリ軍の者たちの大多数、というよりほとんどの者はフレスの評価をさらにあげていた。

 その評価の声を、コロンも聞いている。だから彼女はそれをそのまま彼に伝えた。


「しかし。結局は反乱を起こしそうなロンシャロン配下の一掃に成功したというわけですね。これでより完全に統治できそうではありませんか。最初からこれを狙っていたのでしょう?」

「そういうわけではありません」

「またまた、御謙遜ですか」


 確かにそういった効果もあったかもしれないが、ろくなものではない。フレスはとにかく国内の統治を完全にしたかったし、そのための資金の集め方や、適切な税率といったものも考えたかった。

 だというのに、その時間が彼にはなかった。

 コロンは次なる問題をフレスに伝える。


「先ほど、ルシアンとオルガリアに送った書状の返答がきたのですが」

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