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33.ドレスと角

 城下の町の大通りに、オレンジのドレスがひらひらと歩いていた。額から伸びた柔らかな触角が、ふわふわと風になびいている。

 背丈の小さな女がひとり。どこかの令嬢だろうか。

 行き交う人々は、ふと現れた彼女に思わず注目を集めた。


「随分気品のある、しかも魔王種の……」


 彼女とすれ違った男が振り返る。それを気にするそぶりもなく、オレンジの令嬢は元気よく歩き、様々な露店が並ぶところへと足を踏み入れていった。

 大勢の人々が行きかう混雑だったが、足の踏み場もないというほどではない。人々をうまくすり抜け、令嬢はそこを通り抜けていく。そして、屋台を出している男の前で足を止めた。


「いいにおいですね。ひとつもらえますか?」


 令嬢は見かけによらない、慣れた様子のぞんざいな言葉で手を伸ばした。


「えっ? は、はい。どうぞ?」


 驚きながらも屋台の主が差し出した串焼きが、スルリと令嬢の手にとられる。小首を傾げてそれを見た令嬢は、躊躇もなくかじりつく。

 明らかに、異質であった。

 服装は裕福であるが、仕草は町に慣れ切っている。令嬢ではない。


「うん、うん。あと二つ、もらえますか?」

「え、ええ…」


 戸惑う主人の前に、するりと背の高い軍人があらわれた。立派な軍服で、ケープまでついている。位の高さを物語ったその姿に、主は面食らった。

 やってきた背の高い男は代金を支払って、令嬢を促した。


「参りましょう」


 串焼きを食べていた令嬢が振り返る。乱暴に食べていたように見えて、オレンジのドレスには食べかすを落としていない。


「もう少しいいじゃないですか」

「だめです」

「ケチ」


 予想外の言葉を浴びて、軍人……フレスは目を丸くした。


「ケチとは。予算の問題ではありませんよ」

「知ってますよ。行きますとも」


 オレンジのドレスを着たエカルは、串焼きを持ったまま歩き始める。人の間をうまく歩いて、器用に雑踏を抜けていった。

 フレスがそれを追いかける。

 そうして立ち去って、しばらく歩いたところで、大柄な女性が腕組みをして待っていた。腰には大きな剣を下げている。


「軍師殿、おかえりなさい。ですがね」


 二人を迎えたのは、リッシュだった。


「本当にこんなことしてて盗賊団に勝てるんですか?」


 フード付きのマントをエカルにかぶせながら、彼女はフレスを見やる。


「小さい子にドレスを着せて遊んでるんじゃないでしょうね」


 そう言ってとりあげた串焼きをフレスに押しつける。


「誰が小さい子だよ」


 不満そうにエカルは、マントの前を合わせてフードをかぶる。そこまでしてから、やっと腕を組んで首を回している。彼女なりの令嬢の演技は、肩がこるものだったのだろう。

 苦笑いを浮かべて、フレスは首を振った。


「遊んでいるわけではなく、意味はある。まず、ドレスに慣れる練習になる」

「そりゃ少しはそうかもですがね?」


 納得していない表情だった。フレスはさらに言葉を重ねる。 


「それに、私の顔は知られている。聡いものが見れば、軍師フレスが近くについている魔王種の女性ということで、ポプリ様がご視察をなさっていると思ってくれるはずだ」

「そんなもんですか?」


 まだ彼女は訝しげにしているが、フレスは串焼きを油紙に手早く包み荷物の中に仕舞い終えて、もう歩き出していた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 後ろから聞こえてくるリッシュの声。フレスとエカルはすでに通りの中に戻っている。エカルはマントの下のドレスを蹴り上げるような歩き方をしていた。


「もう本物のポプリ様を連れてきたらいいんじゃないですかね」


 肩まですくめてしまう。もうすでに疲れているのだ。


「そういう仕草はダメです」

「わかってますよ、はいはい」


 そう言いながらも足を止めて、グッと両手を上に伸ばす。背中を伸ばしているのだ。

 エカルにとっては、ドレスやコルセットはよほど窮屈らしい。これでも、相当動きやすく配慮したはずだったが、まだ足りないようだ。


「それで。出発するんですよね? ドレスも持っていくわけですけど、本当にやるんですか? ゆく先々の町でこれと同じことを」

「そのつもりです。ポプリ様が国境の町に行くことはすでに噂を流しているので、実際に移動しなければおかしいですからね」

「そんなことをして、大丈夫なんですか?」


 と、後ろから追いついてきたリッシュが問いかけた。


「大丈夫ではないが、それしか思いつかん」

「またですか」


 リッシュは唸りながら、二人の後を追いかけて歩き続ける。


「つまりですけど、ゆく先々でポプリ様が来たと知らせて回り、その上で町の中をこうやって無防備に歩き回るわけでしょう? だいぶリスキーですよ。さっきの作戦もムスクが言ってた通りだいぶリスキーですけど、こんなのはそれ以上です」

「だから君がくっついてくれてるんだろう」

「そうですけど、エカルだって突然後ろから抱き上げられて、つれていかれたりしたら終わりなんですよ。軍師殿なんか、剣も持ってない。ほとんど殺してくれって言ってるようなもんですよ」


 そこまでか、とフレスは口元をゆがめた。何か言い返したかったが、無理だった。


「その顔はどうも、まだご自分のことを低く見てる感じですかね?」

「いや、そうでもない。だからこそ君にも来てもらっている」

「ですがね、限度があるんですよ」


 リッシュは深いため息をつきながら、城下をぶらぶら歩いている二人を追った。


「今考えてるのは、つまり、わざとスキを晒して悪い奴らと接触しようってことですよね?」

「そうだな」

「じゃあ、ほんとに悪い奴らでいきなり殺されたらどうすんです? 悪い奴らってのは本当に何も考えてないんですから」

「どうしようもない」


 素直にフレスは認める。彼は腕を組み、自分の前をトコトコと歩いているエカルの後頭部を見つめた。


「最善を選んでいるつもりだが、事故はいつでも起こりうる」

「じゃあ仮に全部うまくいって、どうなるんですかね?」


 問われて、フレスは周囲を軽く見まわしてから応えた。


「例の盗賊団と交渉するつもりでいる。ポプリ様は精強な盗賊団を無理に討伐するよりも、共存の道を模索されていると言って」

「そんなの、誰が聞いてもまるわかりの嘘じゃないですか」


 あっさりとリッシュはそう切り返した。確かにそうである。盗賊が支配者と結びつくのは、いくらなんでもありえない。清廉をうたっているようなポプリの場合は特に信用されないだろう。


「そうともいいきれん。盗賊団がここまで大きくなったのは、実際のところロンシャロンが本腰を入れて退治していなかったからでもある」

「そうなんです?」

「ザメル様の決起以前から、国境の死の森付近に盗賊団が潜んでいるというのはささやかれていた。だがロンシャロンがこれを討伐しないせいで、その規模は徐々に大きくなっていった。もちろん、圧政下の生活苦でやむなくそこに加わった者がいたからだろう。この盗賊団がいたせいで、我々もルシアン卿との接触をそれほど期待できなかった」

「そうだったんですね。でも、なんでロンシャロンは討伐しなかったんですかね。面倒だったんでしょうか」


 面倒の一言で放置する問題ではないが、と思いながらフレスは答えた。


「うむ、たしかにロンシャロンはルシアン領との交易で砂糖や甘味を大量購入していたし、塩も取引していたことを考えると、これは道理に合わない。実際には裏取引があったのだろう。ロンシャロン軍を率いていた貴族たちの一部でも、賄賂を受け取って盗賊団を見逃していたか」

「はぁ? 金のために何の罪もない人たちが殺されるのを、見過ごしていたってことですか?」

「ああ。実際にそういうことが起こりえたし、私としてはそう考えている。前回、五百名を率いて国境近くの村を訪ねただろう。あのときにも巡察を兼ねて調査をしていたが、たぶんまちがいない」

「む、ムカつく話ですね。今すぐその貴族をぶっ殺しに行きましょう」

「すでに死んでいる。とうに我々が殺した」


 フレスは振り返って、物騒なことを言う部下の顔を見上げた。リッシュは本気で怒っていて、両手を打ち付けてバシンと強烈な音をたてている。


「そうと知っていたら、もっと苦しませて殺したのに」

「それと、それぞれの町での治安調査という一面もある」

「なるほど?」

「エカル殿には負担をかけるが、露骨に誘拐されかけるような町は危険すぎるということだな」

「それで」


 エカルが振り返って、マントの上からスカートをつまんだ。


「私がこんな格好をして練り歩くことになったわけですか? 確かに色々な効果は見込めますけど」

「ふんふん。なるほど」


 リッシュが頷く。


「これをすることで、ポプリ様の評判はよくなって。各地の治安がどのくらいなのか計れて、盗賊団との交渉の布石にもなり、討伐のための作戦の一環でもあるということですか」

「まあそういうことだ」

「それでも軍師殿の安全をコストにするのはまずい気がしますよ。何度も言いますが、あなたが倒れたら我が軍は終わりなんです」

「もちろん私も死にたいわけではない」


 そんな話をしていると、目の前から子供たちが走ってきた。城で保護している孤児たちだ。これから仕事に行くのか、それとも仕事から戻ってきたのか。

 洗濯はされているものの、擦り切れだらけの衣服を着て、バタバタと走っている。とりわけ幼い子供が楽しそうに先頭をきって、その後ろにハラハラと心配そうに見ている年長の子供がついていた。


「そんなに急がないで!」

「おっと」


 リッシュはその様子を見て、先頭の子供をすれ違いざまに抱き上げた。近づいてきた子犬を抱き上げるような無造作な、しかし愛情を込めた動きだった。


「ほら、鬼ごっこは終わりだ」

「あはー、あーははは!」


 先頭を走っていた子供は突然リッシュに抱き上げられて、楽しそうにケラケラ笑う。追いかけていた子供もそれをみて足を止めた。

 やがて子供たちの列の奥から、カルバンがやってきた。


「ああ、ごめんなリッシュ。軍師殿も……」


 今日は彼が子供たちの引率をしていたらしい。カルバンはフレスに気づくと、すぐに頭を下げた。

 フレスは苦笑して頷き、労をねぎらった。


「お疲れさま。大変そうだな、カルバン。子供たちもずいぶん増えたし」

「まったくですよ。ほらケティ、城に帰ろう。帰ってお昼寝だ」


 カルバンがリッシュに抱えられた子供に手を伸ばしたが、ケティと呼ばれた子供はプイと横を向いて、リッシュの胸に顔を埋めてしまう。


「カルバンとは、かえりたくなーい」

「おやおや」


 リッシュが赤子をあやすように、ケティを抱き上げたままゆさぶった。カルバンは困ったようにため息を吐いている。


「これだから、子供は。軍師殿、どうにかしてくださいよ」

「嫌われてんな」


 エカルがニヤニヤと笑った。それを尻目に、リッシュはケティを肩車にしてしっかりと両足をつかむ。子供たちは大喜びだった。


「わはぁ! たかいたかい!」

「あっ、ケティいいなぁ」


 たちまちリッシュは子供たちに取り囲まれてしまう。彼女はにっこり笑って、フレスを見た。


「それじゃこのまま連れて帰りましょうか、軍師殿。ちょうどいい時間でしょう」

「そうするか。エカル殿も、それでよろしいですか」

「いいですよ。というか、私はあなたの部下なんですからいつまでも敬語はやめてもらえます?」


 口元に手を当てて、エカルはジト目でフレスを見上げてきた。


「そう言われましても、あなたは私よりも先に軍を導いていた先任の軍師。あなたがいなければ、ザメル軍も、今のポプリ軍もありませんでした」


 言っている間に、リッシュはノシノシとケティの重みなどまるでないように、元気に城にもどり始めている。カルバンと子供たちもそれを追いかけていく。


「そういうところ、頑固ですよね。私はそんなんじゃなかったし、ただ補給部隊を襲って武器を手に入れようって言っただけですよ。買いかぶり過ぎです」

「言い方の問題ですね。私はあなたを正当に評価しているつもりです」


 並んで城に戻って行く列の、最後尾について二人は緩やかに歩いていく。


「正当に評価した結果がこのドレスと角なんですかね」

「これは仕方ありません。他に務まる人がいませんから」


 悪びれることもなくフレスはそう言い切った。思わずエカルは深く息を吐いてしまう。


「仕方ないで死地に送り込まないでくれます?」

「だから私が一緒についています」

「万一の時は一緒に死んでくれるってことですか」


 フレスはエカルを見下ろした。彼女は下を向いている。

 なんとなく、フレスは理屈を言うのをやめ、言い方を変えた。


「そうです、もしどうしようもなくなったら。そのときは、一緒に死にましょうか」


 バッとエカルが顔を上げた。フレスは彼女を見下ろしていたので、目が合った。

 エカルの表情は読めない。驚いているようにも、あきれているようにも見えた。

 どちらにしても返答を誤った。フレスはそう考えて、すぐに頭を下げた。


「ああ、いえ。その、本当にどうしようもなくなったらという話です。そうならないように努力はもちろんします」

「当たり前じゃないですか、そんなこと。それに」

「それに?」


 問い返したときにはもう、エカルは歩き出している。あわててそれを追いかけると、彼女がちらりと振り返って、


「そんなことを、誰にでも気軽に言って回ってるんじゃないでしょうね」


 と指をさしてきたのだった。

 フレスはどう答えればいいのかわからなかった。

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