32.作戦会議
「昨夜、訓練所に顔を出しましたら、あのルベッサまでが汗だくになっていましてね! 聞けばポプリ様が視察に来られて気合いが入ったというではありませんか!」
ムスクが興奮気味にそう語っている横で、リッシュが顔を背けている。その隣のエカルは、知らぬふりで資料に目を通している。
フレスとしては、事実を語るつもりもない。訓練になったのならよかったな、と思っている顔を作らねばならない。
「ああ、その場に私もいた。事情があってエカル殿とリッシュに打ち合ってもらったのだが、ポプリ様はそれがいたくお気に召されたようだった。今後も視察には行かれるかもしれん」
「それはようございますな! 兵士たちは戦いは得意ですが、単純な訓練を苦手とする者もいますし、毎日となるとサボる者もでます。ポプリ様に来ていただければ、身も心も引き締まりましょうや」
「だといいけどね」
と、エカルが資料から顔を上げた。彼女はすでにポプリの普段着を着せられていた。肌の露出も少ない、オレンジ色のゆったりとしたものだが、それでもかなり装飾は多い。
「それにしても、本当に三十人で盗賊団を倒すつもりなんです? 結構無茶ですよ」
彼女はフレスの顔を見てそんな疑問を出したが、これに答えたのは横にいたムスクだった。
「確実に殲滅できるなら他の手段をとるつもりですが、今のところ思いついておりませんな」
彼は真剣に、じっと考えている。それでも情報が足りないので、どうあがいても確実な作戦を練ることができないでいた。
記憶と資料から起こされた国境付近の地図はかなり精確なはずだが、いくら眺めてみても盗賊団を一網打尽にするような作戦は浮かんでこない。現状では、三十人の精鋭が最大百名の盗賊をうまく引き付けてその場で壊滅させるという作戦しかたてられないのだ。もちろん危うくなれば村に待機している兵士たちが飛び出すが、その場合は敵を逃がす可能性が高まる。
「だからこそエカル殿には頑張ってほしいのです。うまくポプリ様を演じられれば賊も釣りだされますし、油断もするでしょう」
フレスがそう言ってみたが、エカルは深く息を吐く。
「確かに引き受けましたけどね。でも、考え直しませんか? 私なんかがお姫様になっても、すぐにばれますよ。ただの農民だったんですよ、私は」
「そこをなんとか頑張ってください。他に手はないんです」
「だからってこんな……」
自分の着ているドレスを少し引っ張ってみて、エカルは眉を寄せる。
「これじゃ戦えませんよ。スカートも長いですからね」
「そこをなんとか」
「無理ですよ! どんだけコルセットがきついと思っているんですか。この上化粧もするんでしょ?」
困っているエカルに対して、リッシュがニヤついている。ムスクの叙任式でおめかしをさせられた彼女は、同じ苦労をエカルがするのが嬉しいのである。
「そうだ、お化粧もするんだぞ! ちゃんと目の奥までペンを入れてもらえよ!」
「冗談でしょ?」
辟易とした様子でエカルが答えると、フレスが注釈を入れた。
「冗談ではないですよ。そこまでガッツリとやる必要はないかもしれませんが、化粧はします」
「本気ですか。それに角はどうするんです? ポプリ様になるというなら、触角は必要でしょう」
「それも作っています。とりあえず染色した藁で似たものを作って、樹脂で直接額につけて誤魔化せるかと」
「藁ですか? 他の魔王種が聞いたら卒倒しそうな話なんですけど、大丈夫ですかね」
多くの魔王種は角を自慢にしているし、誇りにさえしている。偽物を作るとしても、藁などで作るというのは自分の角の価値がその程度とみられているようで気に入らないと言われる可能性が高い。それほどのものなのだ。
「ポプリ様は平然としてらっしゃいました。むしろ工作みたいで楽しそうとかおっしゃっていたくらいで」
「今はよくてもあとでもめませんかね。それに、そのフル装備で私に戦えっていうんです?」
「難しいですか?」
「弱音を言ってるんじゃなくて、ただの事実なんですが。かなり。これじゃ殺されますよ」
エカルはバサバサとスカートを持ち上げて上下に振っている。
はしたないからやめなさい、とばかりにフレスが手で制するが、エカルの不満は止まらなかった。
「ポプリ様と私じゃ体形が違うから、合わせるためにコルセットがきつすぎるんです。ほんとに動けないんですからね?」
「なんだ、ちょっと服が変わったくらいで情けない」
リッシュがそんな不満を理解せず、横から口を出してくる。完全に笑っていた。
「なんでも耐え忍ぶのが軍隊ってもんだろ。女だからって甘えが許されると思うなよ」
「言ったな? リッシュ、お前が今後どんな無茶ぶりされても私は助けないぞ」
本人としては切実な問題なので、エカルは腕を組んでリッシュを睨む。フレスはその様子を見て、切り出した。
「すみません、エカル殿。あなたにはついつい負担をかけてしまいます。できるだけ動けるようにドレスは仕立て直しましょう。スカートは短くできませんが、そこも工夫できる余地があるかもしれません」
「軍師殿」
真面目な表情で言われて、エカルは眉を寄せる。
「わかりましたよ。私もちょっとドレスに慣れてみますから」
そこにムスクが本題を切り出した。
「うむ。話がまとまったところで本題ですが、盗賊団の討伐と、ポプリ様の護衛として五百名は遠征に出さねばなりませんし、そのうちの三十名は精鋭で固める必要もあります。まず、私なりに編成案を考えたので、見ていただけますか」
「はい」
ムスクが提出してきた編成案は無難なものだった。
精鋭三十名の中にムスク自身も、リッシュも入っている。他にカルバンなどもおり、最精鋭をそろえたというのがピタリだ。
ザメルとともに温泉地にいる三百名の古参兵が動かせればそれが一番いいのだが、百五十名もの元オルガリア軍の兵士が混在している状況では、それは危険すぎた。したがって、現状で動かせる最高の精鋭で三十名を組んだ編成といえる。
「ムスク将軍、君がここにいるのはいただけない」
フレスはこの提案に難色を示した。ムスクが唸る。
「指揮官として、そこにいるべきかと思いますが」
「君には別の仕事を任せたい」
「うむぅ、ではどこに?」
「村にいる待機部隊の統率にあたってほしい。いつ出動すべきか判断を下すのは重大な決断だ。前線の三十名の命を預かることになる。君しか務まらない」
「その役割は軍師殿にお任せしようかと思っていましたが」
フレスは首を振った。
「確かにそのほうがいいかもしれないが、私がポプリ様の近くにいないのは不自然だ。特に、今回はコロン様が城に残られる」
「ああ、たしかに……しかし、危険ですよ?」
当然の指摘をされるが、そこにリッシュが口をはさむ。
「その点は心配ない、軍師殿がいるということは、私も近くにいるからな!」
「そうなると、その場にはリッシュと軍師殿、それにエカルがそろうことになりますな。残りのメンツはククラン、カルバン……」
ムスクは自然に編成を変更し、それからふと呟いた。
「正直言って、この作戦はかなりリスキーではないですか? ここにいるうちの、私以外の三人が危険にさらされる。もしも失敗してしまえば、我が軍を統率できるのは私一人になってしまいますぞ」
うむ、とフレスは頷いた。確かにそのとおりである。
しかも、盗賊たちは橋の下見に来た途中を襲ってくるはずなので、いくら警戒していても不意を突かれる形になる。むしろ、油断しているそぶりをしなければ盗賊たちが食いついてきてくれないかもしれない。
危険な戦いになることは間違いなかった。
「もっと情報があればいいのだがな。前にも言ったかもしれないが、時間がない。壊滅は無理としても、一人でもいいから構成員を捕まえて締め上げ、アジトの場所を吐かせれば我々の勝ちと言っていいだろう」
「それもそうですな」
いったん諦めて、ムスクはもう一度地図を見つめた。やはり、どうにも策は浮かばない。
「とりあえず、出発の準備をいたしましょうか。明日には出発したほうがいいでしょうから」
「ああ。もうポプリ様のほうも準備をされている」
「では、糧秣についてですが……」
話がまとまったところで、話題は食料の輸送や移動ルートのことに移っていった。
こうなってくると、リッシュは話に完全に参加できない。内戦の時から細かいことをあまり考えてこなかったからだ。
「安いコーンの粉を買い集めてるが、品質があまりよくありません。兵士たちからの評価も芳しくないですな」
「今回は小麦を持っていく。金貨一万枚を見込んで買い足したから、余裕ができている。あとは前回の遠征で使った調理用荷車を持っていけばいい。あれはムスク将軍も承知だろうが、現地でパンを焼き、調理が可能だ」
「あれはよかったですな。それなら兵士たちの士気も保てるでしょう」
「五百人の兵士たちはそれでいいだろう。ポプリ様も食事にわがままを言う方ではない」
「うまくやって、途中の町での食料補給はせずに行きたいところですな。そうすればより早く到着できます。緊急なら、個人で買い物するくらいは認めるかもしれませんが」
その話の中に、ドレスのままのエカルが飛び込んでいく。
「それは急ぎ過ぎじゃないですか? どうせなんやかんやで忘れものとか、途中で買い物することになる気がします」
難しい話か、とリッシュは会議を聞き流していた。
ぼんやりとその様子を見ていると、目の前にオレンジ色のドレスが揺れている。エカルが身を乗り出して地図を指さしているから、尻がリッシュの目の前にきているのだ。
「だから、ここでちょっと買い足せばいいんですよ。補給しないんならここまでに減ってるでしょう」
「むしろそれは迷惑をかけるのでは……」
「金を落とすのに迷惑なわけないでしょう。なんなら、先に伝えておけばいいんです」
小さな体で地図の奥の方に手を伸ばしているから、エカルの体が完全に机の上に乗っている。足が浮いていた。
丸い尻があまりにも目の前に見えていたので、リッシュはなんとなく、それを触ってみた。ポンと手を置いて、撫でてみる。瞬間、
「うひゃあ!」
と目の前の尻が飛び跳ねた。
まじめな会議をしていたフレスとムスクは、突然の悲鳴に目を丸くする。
「お前、何してんだ!」
エカルが振り返って、悪鬼のような形相でリッシュを睨み下ろしたが、彼女はまだぼんやりとしたままだった。
「え、ああ……。なんか、目の前にあったから」
「そんな理由で尻をさわるんじゃない!」
それでもリッシュは両手を軽く上げて、「ああ、でもやわらかそうだったし」とよくわからない言い訳をしている。エカルはそれを見て、無言で距離をとった。
「何をやっている」
フレスは呆れたように嗜めの言葉を発した。
「外に出たら、この服を着たエカル殿には最大の敬意を払ってくれ。でなければ、全てがばれてしまうだろう」
「ですな。リッシュ、いくら戦友でもそのようなことはいけませんぞ」
ムスクからも追い打ちを喰らって、リッシュはようやく頭を下げた。
「す、すみません。なんかちいさくてやわらかそうで、触ってみたくなりました」
堂々とそんな理由を述べるさまに、フレスは言葉が出ない。かわりに、彼の隣に避難してきていたエカルが口を開いた。
「お前そんな理由でポプリ様にも同じことをしてんじゃないだろうな」
「それはさすがにない。あの、すまなかった。軽率だった」
あらためて謝ったリッシュに、フレスは顔をしかめる。
「エカル殿がポプリ様の代役をするということは、兵士たちにも内密にしたほうがいいかもしれませんね」
「ええーっ」
エカルが非常に嫌そうにフレスの顔を見上げた。
「そんなことしたらとんでもなくめんどくさくないですか? 私とポプリ様が同時に外に出れなくなりますよ。ドレスに慣れなきゃいけないのに」
「大丈夫でしょう、ポプリ様はあまり外出なさらないですし。それより本物のポプリ様に今のようないたずらが万一でもされたら」
「そうかもしれませんが、私がこの服でうろうろしてたらどうせばれますよ」
そう言って、エカルはオレンジのドレスをつまんで見せる。それを見て、フレスはふと思いついた。
「なるほど。確かにそうですね」
「でしょう」
「それならいっそ、こういうのはどうでしょうか」




